20.不破くんの過去

 特に目的はなくふらふらと市を見て回ると言う極々普通のデートコース……と言っていいのか正直わからないけど、まあそれなりに楽しんだと思う。
 流石に私服姿で半日以上ふらふらと遊んで回れば疲れるもので、私は不破くんと一緒に市から通り一本外れた場所にある団子屋さんに居た。
 通りから一本外れていると言ってもやはり人は溢れているもので、店の奥からでも通りに人がちらちらと歩く姿が目に付いた。
「んー、ここの御手洗団子おいしい」
「草餅もおいしいですよ」
 あまじょっぱい御手洗団子に舌鼓を打っていると、不破くんがニコリと笑って小ぶりの草餅を私のお皿の上にそっと乗せた。
 どうやらここは母と子の二人でやっている所為か全体的に小ぶりなメニューで女性客が目立つお店だった。
 まあ私たちみたいに明らかにデートです的な雰囲気の男女も何組か見かけたけどもね。
「……私、食い意地張ってるように見える?」
「あ、いえ。美味しそうに食べるからどうかなって……それに甘いものお好きなんですよね?」
「そうだけど……知ってたの?」
「前に食堂でおばちゃんに大福貰ってる時すごく嬉しそうだったので」
 こそこそと見てましたと申し訳なさそうに言う不破くんに私の頬がかあっと熱くなる。
 大福貰ったって言ったら結構前の話だ。確か去年と言うか一昨年?の話じゃなかっただろうか。
 喜八郎と一緒に泥を落としたけどやっぱりちょっと薄汚れた格好で申し訳なくて外で食べようとお握りだけ下さいと声を掛けたら、おばちゃんがそれだけじゃ寂しいからとくれたのだ。
 元の世界ほど頻度高く甘いものが食べられない時代だからこそ私は昔より甘いものが好きになったと思う。
 確かに嬉しそうに貰ったし、あまりに嬉しそうに頬張るものだから喜八郎がどうぞと一口齧った自分の分をくれようとしたから覚えている。
 うん、そうだ、あれ一昨年の話だ。喜八郎がまだ一年生だったから。
 あれは今思い出しても鼻血ものだな……喜八郎、一見すると美少女だし。
「不破くんがこう言う可愛いお店知ってたのは意外」
「あはは。ここは勘右衛門に教えてもらったんです。委員会の茶菓子の事もあって色々詳しいんですよ」
「鉢屋くんも同じ学級委員長委員会でしょ?」
「三郎はその……まあ、サボり癖が」
「……そんな感じかも」
「ですよね。美土里ちゃん絶対苦労してると思うんですよね」
「不破くんは美土里ちゃんと仲良いの?」
「程々にですね。三郎がいっつもペア組んだりしてるからそれで」
「ふうん」
 美土里ちゃんと鉢屋くんか……なんだか意外な組み合わせだ。
 パッと見お似合いなんだけど、美土里ちゃんと言えば善法寺くんとよく一緒に居るイメージがあるからだと思う。
 美土里ちゃんはちょっと善法寺くんに依存をし過ぎていると思う。
 あれじゃあ彼女が目指そうとしている立派なくのいちにはとてもじゃないけどなれない。
 きっかけが早く訪れる事を願うばかりだ。
「あ、草餅もおいしい」
 ぱくっとかぶりついた草餅は確かにおいしかった。
「それはよかったです」
 にこりと笑う不破くんに釣られて私もにこっと笑った。
 そうすると不破くんは笑みを返されたことで照れた様子ではにかんだ笑みを浮かべてちょっと俯いた。
 その仕草がどこかくらくんを彷彿とさせて私は思わずくすくすと笑った。
 静電気のように火花を飛ばしてしまう姿だとか、同じ轟隠だからだろうなとは思っていたけど、なんて言うか椛から散々聞かされた轟隠らしくない雰囲気だ。
「……あ」
「あ?」
「いや、ちょっと気づいたんだけど、不破くんってどうして擬態してるのに火花飛ばすの?」
 店の中のざわめきに溶け込むほどの声で私は不破くんに問うた。
「え?出ちゃってました!?」
「うん」
 こくりと頷けば、不破くんは如何しようと言う風に口元を押さえた。
「僕、実は擬態してないんです」
「え、でも……」
 ちらりと不破くんの額を見るけど、角らしきものは見当たらない。
「もしかして数馬と同じハーフ……えっと、間の子?」
「いえ、僕は先祖返りです」
「先祖返り?」
 言葉としては知っているけど、隠の先祖返りなんて初めて聞いた。
「三反田くんは多分特別なんです。普通人と交わると人の血の方が濃く現れるみたいで段々普通の人として生活が出来るようになるみたいで」
「じゃあ不破くんのご両親は……」
「普通の人だったそうです」
「……え?」
「僕、両親の事よく覚えてないんで」
「あ……ごめん」
「いえ」
 複雑な家庭事情に足を突っ込んでしまって申し訳なくて咄嗟に謝れば、不破くんは爽やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
 きっと不破くんの中で家族の事はとっくに整理がついているんだろう。
「6つくらいまでは両親が一応育ててくれてたんです。育てると言っても家の裏手にあった蔵に僕を閉じ込めて、日に二度、死なない程度に食事を届けてくれただけでした」
 その頃の記憶は完全に不破くんの中で過去のものなんだろう。
 不破くんはまるで他人事のように語った。
「たまたま今の父―――育ての親が僕の村に現れて、蔵の中に閉じ込められていた僕を連れ出してくれたんです」
「そっか……」
「だから実は自分と父以外の隠に会ったのは三反田先輩が初めてで」
「え?お父さんも隠なの?」
「はい。と言っても轟隠じゃなくて渡隠なんですけどね」
 苦笑して言った不破くんに私は目を見開いた。
 渡隠と轟隠。
 静電気の酷い髪と火花。
「もしかして、その渡隠って……志島さん?」
「父をご存じなんですか!?」
「う、うん……」
 心底驚いた様子の不破くんだったけど、菫隠の村で暮らしてるなら知ってても可笑しくないのかな?とブツブツと呟きながら首を傾げていた。
 うーんと腕を組んで考え込もうとした仕草は多分、昔と変わっていないんだろう。
「……くら、くん?」
「はい。……じゃなかったっ」
 不味いと言った様子で口を両手で押さえた不破くんに私はぽかんと開いてしまった口が塞がらない。
 ずっと行方を心配していたくらくんが目の前に居る?
 椛も数馬もこの事を知っていたんだろうか。いや、多分知っていたんだろうと思う。
 二人は私がくらくんの話をする事も、不破くんと接触することも反対していた。
 それは私が隠の華だからと言う理由だけではないことは薄々感じてはいたけど、ずっと言えずに居た。
 何故二人が……いや、多分多聞さんと蒼珠さんも同罪だ。何故皆私に黙っていたんだろう。
 家族になりきれないのは自分の所為だと分かっていたけど、なんだか裏切られた気がして悲しかった。
 けど哀しみと同時に胸の奥に強い歓喜が生まれていた。
 どうしてこんなに胸が震えるのかわからない。だけど私はどうやらくらくんが不破くんで、不破くんがくらくんである事を心底喜んでいるらしい。
「……あれ?なんだろうこの匂い……どこかで」
 すんと鼻を鳴らす不破くんに私ははっと口を押えて立ち上がった。
「ごめん!」
「え?今野先輩!?」
 私は僅かな荷物である巾着を片手に店を飛び出した。
 まるで冷水を浴びせられたかのように頭が急に冴えた。
 私は隠の華、不破くんは轟隠。
 餌と捕食者の関係は決して変わる事のない事実だと言うのに……

 どうして私の胸は、身体は、全身で不破くんを好きだと叫ぶのだろう。



⇒あとがき
 あは☆逃げちゃいました&実はくらくん=雷蔵さんでした。
 まあ予想ついてた方もいらっしゃるとは思いますがね。私の考える内容なんてこんなもんですから!←威張るこっちゃない
20110511 カズイ
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