19.待ち合わせ

 いくら忍たまだからで済まされてしまう時代錯誤な部分があっても、やっぱり時間と言うものは時計が存在していないためそこまで細かく定まってはいない。
 授業に関しては事務員さんがその都度半鐘台へと上がり、鐘を鳴らす事で授業の始業と終業が分かる。その時間も正確にはまちまちだ。
 約束の刻限、とは言ったものの、今日は休日なので鐘が鳴るのは夕方に門を閉める前の一度だけ。
 そんなわけで、約束の時間と言うのは人によっては少し早い場合がある。
 女の子は支度に時間が掛かる生き物ではあるけれど、あまり長く待たせるのは良くない。
 私は手早く着替えと化粧を済ませ、初江に制服を返すとすぐに正門の方へと急いだ。
 化粧が崩れるのも着崩れを起こすのも嫌でただの早歩きだったけど、正門前にはまだ不破くんの姿はなくて、私はほっと胸を撫で下ろしながら歩調を緩めた。
「……げっ」
 正門の前に居た三人組の一人が嫌そうに顔を顰めた後、慌てて口を押えた。
 その動作を疑問に思った二人がこちらを振り返る。
「あ、今野先輩」
 声を上げたのは能勢くんの方だ。
 川西くんは数馬と同じ保健委員だけど、日中会いに行くと数馬が怒るので実際に会ったのは今日が初めてだから、驚いたように池田くんと一緒に能勢くんを見ていた。
 二人とも私は見たことがあるけど、二人が私を見るのは初めてだろう。
 くのたまの食堂のお手伝いは漸く二年生がお手伝い当番の輪に加わることになったばかりのため、まだ私たち五年生くのたまにまで当番が回ってきていない。
 確か来週辺りが当番だったはずなのでもうちょっと先かな。
「久作、くのたまの先輩と知り合いなのか?」
「この間委員会で会ったんだよ」
「「委員会で?」」
 仲良く首を傾げる池田くんと川西くんに私はくすくすと笑った。
「私はくのたま五年生の今野華織。能勢くんと同じ図書委員なの」
「あ、久作と同じ一年い組の川西左近です」
「左近!相手はくのたまだぞ!?」
「はっ、そうだった!」
「心配しなくても今野先輩は他のくのたまほど酷くないって」
 そりゃあ君らに余計な事したら委員長が煩いしね。
 ……いや、こうして喋ってる時点で委員長が喧しそうだけど。
「で、君は?」
「……池田三郎次」
「川西くんに池田くんね。三人は誰か待ってたの?」
「一年は組の時友四郎兵衛を待ってるんです。今日は一緒に市に行くんです」
「そうなの。私も市に行く予定よ」
「そうなんですか?じゃあ、もしよかったら一緒に……」
 にこりと笑みを浮かべて誘ってくれる能勢くんに私は申し訳ないんだけど苦笑を浮かべた。
「あ、もしかして誰かと約束を?」
「うん。ごめんね、また今度誘ってちょうだい」
「はい」
 残念そうに眉尻を下げる能勢くんに可愛いなあ!と心の中で叫びながら私はよしよしと能勢くんの頭を撫でた。
「久ちゃーん」
「久ちゃんゆな!!」
 ぱたぱたと元気な足音と共に現れた時友くんはにこにこぶんぶんとこちらに向けて走ってくる。
 こちらに気づいてだろう呼び声に能勢くんが吠える姿は子犬が怒っているようで全然怖くなくて、寧ろ微笑ましい。
「あ、くのたまの先輩だ。おはようございます」
 ぺこりと丁寧に頭を下げる時友くんに私は「おはよう」と返した。
「あれ?誰かくのたまの先輩を誘ったの?」
「んなわけないだろ!」
 すかさず突っ込みを入れた池田くんに時友くんは大きな目をぱちくりと瞬きさせた。
「あれ?もしかしてくのたまの先輩じゃなくて忍たまの先輩の女装だったの?」
「なんでそうなるっ」
 頭を抱えた池田くんに私はくすくすと笑うしかなかった。
「正真正銘くのたまの先輩よ、時友くん」
「あれ?名前……」
「能勢くんから聞いたの。私はくのたま五年生の今野華織よ」
「一年は組の時友四郎兵衛です」
 ふにゃりと警戒心の欠片もない笑みに釣られるように私もにこりと笑った。

「今野先輩!」

 不意に目の前に現れた不破くんに一年生四人が驚いて目を丸くした。
 私も突然の登場に少し驚きながら、私服姿の不破くんを見た。
「遅くなってすいません!」
「能勢くんたちと喋ってたから平気だけど、どうしたの?」
「色々あって、その……」
 ちらっと不破くんは能勢くんたちを見る。
「兎に角ここから離れましょう!」
「え?ちょっと、本当に何が……」
 不破くんは私の身体をひょいっと抱え上げ、能勢くんたちに向けて「ごめんね!」と声を掛けて走り出した。
 私は咄嗟に不破くんの首に捕まり、その後ろを追いかけてきた雑鬼たちの姿に目を丸くした。
 楽しげな顔で追いかけてくる雑鬼たちを囃し立てているのはこの忍術学園の雑鬼たちの親玉―――犬神だ。
 あの犬神はこの辺りの山の神の息子で、見た目だけなら成人男性だけど、中身がまだまだ子どもなのか悪戯好きなのだ。
 悪戯と言っても普段は己のテリトリーである山に入った生徒を気まぐれにからかう程度なんだけど、今日は恐らく椛に唆されたのだろう。
 何だかんだで菫隠である椛は犬神からしてみれば位の高い隠なのだからその言葉にころっと騙されても可笑しくない。
「……不破くん」
「はい?追いつかれそうですか?」
「いや、ちょっと止まってくれる?」
「でも今止まったら……」
「いいから」
 不破くんは少しペースを落とし、私に負担を掛けないように足を止める。
 私は懐から急造の札を取り出し、地面に叩きつけた。
 墨で書くには乾く時間が惜しかったので、代わりに蝋を使って作ったので、一見すると何も書いていない様にも見えるこの札は結界札だ。
「えーんがちょ!っとね」
「?」
「簡単な結界よ。椛が何か仕掛けてくるだろうことは予想済みだったしね。さ、行きましょう」
「え、でも……」
 ちらりと不破くんは地面に置き去りになっている札を見つめた。
「大丈夫よ。しばらくはそのまま持つし、どうせ雑鬼たちはある程度学園から離れたら追いかけてこれないんだから」
「へえ……」
 感心した様子で札のある位置で何もないはずの場所に弾かれるように転び、困惑した様子の雑鬼たちに犬神が唇を尖らせる。
 心底詰まらないらしい。
「あんまりおいたしてると送り犬に怒られるわよー」
 私はひらひらと犬神に手を振って、歩き出した。
 不破くんが慌てて私の後を追いかけ、横に並ぶ。
「さっきはいきなりすいません」
「平気よ。能勢くんたちも市に行くって言ってたし、また会うでしょ」
「え、でもさっきの結界、通れるんですか?」
「能勢くんたちがあそこを通る頃には結界の効果は切れてると思うわ。部屋を出る前に簡単に作ったものだし」
「今野先輩、すごいんですね」
「べ、別に大したものじゃないよ」
 にこりと手放しで褒める不破くんに私は思わず頬が赤くなるのを感じ、ぷいっと横を向いた。
「これくらい数馬も作れるもの」
「三反田先輩は作れないんですか?」
「使う事は出来るけど作る才能はないみたい」
「そう言うのって才能が必要なんですか?」
「椛、あれで字が汚いのよ」
「……あ、そっちですか」
 苦笑する不破くんに私はくすりと笑った。
 椛は耳で聞いて覚えて覚えられるタイプだったから昔から書き取りの手習いをサボることが多かった。
 だから私や数馬と比べると識字率が低いし、字が汚い。
 それも一つの芸当だとシナ先生は言うけど、静かに怒って椛はよく書き取りの補習をさせられることがある。五年生にもなって全く……
 私がこの世界に来て早いもので7年。
 筆で字を書くことにも随分慣れたし、元の世界に居た頃じゃ考えられないくらい字が上手くなったと思う。
 元の世界に戻ることが出来ないならこの世界で生きようと、随分と必死に駆けてきた年月にしては短いようで長かった。
 忍術学園に入学して四年と少し。
 私の記憶にある通りではきっとないかもしれないけど、後半年と少々すれば物語の中心人物である彼らが入学してくることだろう。
 斉藤タカ丸、樋屋奇王丸の二人を除いた生徒は順に入学して来ていたし、今年は彼らを苛めることになるだろうくのたまが一年生として入学した。
 後半年と少々。
 不破くんは人ではないけど、渦中の人間だ。きっと騒ぎに巻き込まれていく事だろう。
 私に告白する時、轟隠としての力が微力に溢れていた不破くんが無事に彼らと共に残りの二年間を過ごせるのだろうか。
 そう考えると妙なざわめきが胸を過るのを感じながらも、不破くんとの他愛のない会話を楽しんだ。



⇒あとがき
 一度書いたものを久しぶりに最初から書き直しました。
 後3話くらいで終わればいいんですが、なんだか終わる気がしないよ\(^o^)/
20110511 カズイ
res

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