18.緊急事態

 あの日から丁度四日目の休みの日の朝、私は自分の部屋で襦袢姿のまま呆然と立ち尽くしていた。
「……やられたっ」
 思わず額を押さえても目の前の現実は変わらない。
 約束の刻限までにはまだ時間があるものの、もう少し早く目覚めなかった自分が恨めしい。
 昨日の夜、どの小袖を着ていくべきか考えるべく手持ちの小袖を並べ、ぐちぐちと文句を言う椛を無視して木賊色に卍崩しの小袖にしようと決めて就寝した。
 だけど今目の前には撫子色に花柄模様の制服すら姿を消した空っぽの葛籠があるのみ。
 恐らく葛籠の中身を持ち出したのだろう椛の姿はなく、お梅さんもその気配を断っていることから、お梅さんもこの件はグルだ。
 私は額から手を離し、とりあえず初江か委員長に小袖を借りようと部屋を出ることにした。
 初江と委員長の部屋は私と椛の部屋の隣にあり、その隣は私たちと同じく人数の少ない六年生の部屋になっている。
 嫌な予感しかしないけれど、私は初江と委員長の部屋に声を掛けた。
「初江ー、委員長ー……椛に悪戯されてない?」
「……されてるわよ」
 すっと小さく障子戸が開き、隙間から委員長がじと目で私を見つめる。
「!?……やっぱり?」
 一瞬吃驚してしまったものの、浮かぶのは苦笑だけだ。
 私が驚いたことに満足したのか、委員長が驚きながら障子戸を開いてくれた。
「外出するって言ってたから私の分の小袖はあるのよ。初江は制服だけ」
「おはよ。椛、ギリギリでやってくれたわね」
「流石に制服もないのはきついわ。この様子だと六年生や四年生もやられてるかもしれないわね」
「椛、不運が発動しなきゃ実技の成績、六年生以上の隠れ実力者だしね」
 お梅さんと一緒に居るのならまず間違いなく不運は回避されている事だろう。
 他にも式神札がいくつか見当たらなかったし、勝手に使われてるかもしれない。
「下級生は無事かもしれないけど丈がなあ……」
「制服でよかったら貸そうか?流石の椛も忍たまの小袖は奪ってないだろうし……」
「初江あったまいー!!御免一寸貸して!誰かから小袖奪ったらすぐに戻って来るから!!」
「善法寺とか食満なら丈も近いし、真面な趣味してるんじゃない?」
「そうだね。ありがと委員長!急いで行ってくるね!!」
「気を付けてね」
「もち!」
 私は初江から制服を借りると、一旦自分の部屋に戻って初江の制服を身に纏った。
 私服で髪を結う気はなくて、取り敢えず櫛だけ通して部屋を出た。
 くのいち教室と忍たまの敷地を結ぶ門を潜る時間が惜しくて罠を回避しながら垣根を越え、五年生長屋の中で一番遠い場所にある善法寺・食満部屋の戸を蹴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
「何事だ!?」
「ぐっもーにーん!くのたまの気配も読めない忍たまども!!」
「鬼かお前は!!おい、大丈夫か伊作!?」
「だ、大丈夫……寧ろ戸の方が被害が大きいと言うか……」
 ははっとから笑いを浮かべる善法寺くんは障子部分の木枠を頭から被った可哀そうな状態である。
 間を衝立で仕切っていたことで助かった様子の食満くんの方はと言えば、壊れた戸の存在に気づき、さあっと顔を青くする。
「ま、また修理……」
「うん、留三郎の心労の方が大きいね」
 苦笑する善法寺くんは流石に不運委員五年目、随分と肝が据わってきた様子だ。
「で、何か用事?」
「冷静なのは庄ちゃんだけで十分よ、善法寺くん」
「しょうちゃん?」
「取り敢えずどっちか今すぐ小袖を寄越せ」
「流した!?って言うか寄越せって何!?」
「椛が私の小袖全部隠したのよ。小袖だけじゃなくて制服もね。ちなみにこれは初江の制服ね」
「初江ちゃんの?じゃあ初江ちゃんに小袖も借りればよかったじゃないか」
「そう言ってもね、初江も委員長も、恐らくはくのいち教室の上級生は全員被害に遭ってるはずよ」
「不運なのに?」
「今日の椛は多分不運じゃないわよ」
 学園に居る雑鬼が今日は恐らく椛の味方だろう。
 何しろお梅さんはあれでこの学園に住まう雑鬼の大半の姉貴分だ。その姉貴分を従える椛が本気になったら逆らうはずがない。
 忍たま長屋にある椿に宿る古山茶の小波ちゃんは数馬が椛に習って従えているけど、小波ちゃんは雑鬼を従える力はないし……親玉は親玉だし……
「まあ、今日に限ってはあいつらもグルかも」
「あいつら?」
「まあいいじゃない。兎に角小袖を寄越しなさい」
「別にいいけど……もしかして華織ちゃんと不破が付き合う事になったって噂本当なのかい?」
「本当だけど、何?噂になってるの?」
「なってるんだよ。ってそうか……それで数馬が不機嫌だったのか」
 納得した様子の善法寺くんに私は苦笑するしかなかった。
「数馬も心配性だもんなあ……そこまで心配しなくたってすぐに片付けるってのに」
「え?」
「あーこっちの話。で、急いで貸してくれない?その不破くんと逢引の予定なのよ」
「ええ!?それは急がなきゃ!!」
 ずぼっと戸から抜け出すと、慌てて立ち上がり、一度転がりながらも慌てて善法寺くんは葛籠を引っ張り出してくれた。
 恐らく授業で使うのだろう珊瑚色の小袖はどちらかと言うと私の好みではないけど、彼にしては珍しい錆浅葱色に袖と裾の方に少し業平格子があしらわれた小袖はなんだか妙にしっくりきた。
「それは?」
「あれ?これ留三郎のじゃない?」
「あ?ああ。ねぇと思ったら伊作の葛籠の中にあったのか……」
 食満くんのか、納得した。
 って言うか善法寺くんの女装用の小袖は如何してそんなに可愛い系ばっかりなんだろう。
 小袖に限らず珊瑚色だとか曙色だとか石竹色だとかピンク系ばかりが目立つのは何故だろう。アニメの罠?
 割とこの世界、原作ベースだと信じてたのに、こういう所は裏切られるのよね……何が起こってるんだろう、この世界は。
「食満くん、これ借りてくわよ」
「別に良いけど……よ、汚すなよっ」
「あーら、足が滑った!」
 私は食満くんが盾にするかのように己の身体を隠していた衝立を蹴り飛ばした。
「何すんだよ!」
「留三郎が下世話な心配するからだろ」
 流石の善法寺くんもこれにはじと目で食満くんを睨む。
 恥じらいながら汚すなって……思春期の男の子だなあ、本当。
「それじゃあ、小袖とついでに組紐も借りていくわね」
「うん、いいよ」
 どうぞと一緒に組紐を渡してくれた善法寺くんから錆浅葱色の小袖を受け取ると、私はにこりと笑って見せた。
「次に食事に下剤を入れるときは一回だけ二人の事見逃してあげるわ」
「一回と言わず今後一切入れてくれるな!」
「嫌に決まってるじゃない」
 食満くんの切なる願いをバッサリと切り捨て、私は二人の部屋を後にした。
 約束の刻限まで残り僅か……急がなくちゃ!



⇒あとがき
 こっそり妖怪が一匹増えちゃいました。
 そのうち不破さんにも一匹従えさせたいんですが……まだ何を従えるか決めかねてます。
 でも早めに従えとかないと後半天女様が来てから大変だぞ、あばばばば。
20110504 カズイ
res

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