17.SOS

「あら、華織。忍たまの敷地内にいたのね」
 ちょうど会計委員会に参加しに行くところだった様子の初江が忍たまの敷地とくのいち教室の敷地を遮る門の所に居るのを見つけて私は歩調を早めた。
「初江ー!!」
「ど、どうしたの華織っ」
 勢いよく飛びつき、慌てる初江の肩口に額をぐりぐりと押し付ける。
 これじゃあ私は椛みたいだ。中身は彼女よりも随分と大人のはずなのになんとも情けない話だけど、まだ頭が混乱している。
 初江は私がいつもと様子が違う事に気づいて、とんとんと落ち着くように私の背を軽く叩いてくれる。
 心音に近いリズムで叩かれる心地よさに私は目を細め、少しだけ落ち着きを取り戻した。
 手には風呂敷に包んだ元本があるけど、これを直に図書室に届けに行けるほど私はまだ落ち着いてはいなかった。
「少しは落ち着いた?」
「……少しだけ」
「そう。じゃあ長屋に戻りましょう?送るわ」
「ごめんね、初江……委員会に行くところだったんでしょう?」
「いいのよ。委員長たちには後で謝れば済む話だもの」
 本当に大丈夫だと言う安心感を与えてくれる落ち着いた笑みを浮かべ、初江は私の手を引く。
 私はその手に導かれ素直に歩き出す。
 くのいち教室の敷地は忍たまの敷地と比べると手狭で、あっという間に長屋に辿り着いた。
 気を使ってくれたのか、初江は私と椛の部屋ではなく初江と委員長の部屋へと案内してくれた。
「あら、華織……なにかあったの?」
 慌てて立ち上がり、心配そうに尋ねてくる委員長に私は思わず目を潤ませた。
「どうしよう委員長ぅ」
「な、何!?本当に何があったの!?」
「図書家族見てのほほんとしてたはずなのにお付き合いすることになっちゃったんだけどどうしたらいい!?」
「……は?」
「しかも次の休みに一緒に市に行くことになっちゃったし、うああああ!どうすればいいんだよ本当!!」
「つまり、華織は長次に告白されたと言う事?」
「のおおお!!!中在家くんちがーう!」
「え?まさか初対面で能勢くんに!?なんて羨ましい!!」
「ちょっ、委員長、妄想して悶えないで!不破くんだよ!?」
「不破!?」
「二年の時以来ずっと避けてたのに何でこうなるの!?意味わかんないんだけど!!」
「確かに思わぬ伏兵って感じね……」
 委員長が腕を組み、唸る。
 でしょでしょ!?予想外過ぎるでしょ!?
「取り敢えず座って落ち着きましょう?」
 初江がそう言うので、私は初江が用意してくれた座布団の上に座った。
「私、もしかして騙されてる?過去の復讐かな?」
「いや、それはないでしょ。復讐しても倍返しされるっていい加減理解してるでしょうし」
「それもあるけど、不破の場合本気だと思うよ?」
 初江の言葉に私と委員長は目を丸くした。
「華織が椛と一緒になって不破くんを避けるようになってからたまに私の所に来て華織の事聞いてきてたもの」
「ええ!?」
「不破ってよっぽどの被虐趣味?鉢屋じゃあるまいし」
「いやいや委員長。それ委員長の妄想」
「でも実際そうでしょ?悪戯しては罰を受けて、悪戯しては罰を受け……良く飽きもしないものだと思うわ」
「まあ、確かに」
「こらこら、話が反れてるわよ」
 初江が苦笑しながら話を戻す。
「多分不破は嬉しかったんじゃないかしら」
「嬉しい?」
「だってあの日……四年ろ組がくのいち教室を始めて訪れた日、私、不破のこと気付かなかったのよ?」
「確かに。華織が罠に掛けて目を回してるところを見て初めてこんな子居たかしらって思ったわね。とても影が薄いようには見えないんだけど……なんでだったのかしら」
 それは恐らく忍術で言う所の遁甲術に類似する不破くんが生まれ持つ能力の一つの所為だろう。
 隠に限らず、妖怪には人に気配を覚られないようその気配を消す能力がある。それは生まれ持った力であって、調節は出来るらしいけど、特に名はないらしい。
 例えば部屋の隅にそっと控えているお梅さんが今まさにその能力によって私以外の人間に姿は見えていない。
 私は見鬼の力を持っているけど、委員長も初江も見鬼の力がないためお梅さんの姿を目にすることはできない。
「でも、私が不破くんに気づいたのは偶然だよ?」
「それでも不破にしてみれば嬉しかったんじゃない?じゃなきゃ私に華織の事あんな風に何度も聞くわけないわ」
「え?」
「最近姿を見かけませんがお元気ですか?とか、今野先輩が僕を避けているのはやっぱり三反田先輩に嫌われてるからでしょうか、とか……多分不破くんにとってこの四年間は悩む時間だったんじゃないかな?」
「それにしちゃあ長すぎでしょ。流石迷い癖の不破ね」
「迷って迷って、その結果で告白したのだとしたら、ちゃんと返事をしてあげなくちゃ失礼だわ」
「ん?でも華織は返事したのよね?」
「それが告白聞いてないんだよぉ。ちょっとぼーっとして、よくわかんないまま返事して付き合う事になっちゃったんだよ!」
 だから困ってるんだよと訴えれば、委員長と初江は顔を見合わせて溜息を吐いた。
「とりあえず華織はどうしたいの?不破の告白を断りたいの?」
「ううっ」
「委員長、そこから聞くべきじゃないわ。不破の事、華織はどう思ってるの?」
「どう……うーん……」
 不破くんの事は別に嫌いじゃない。
 って言うか私が元々忍たまで好きだったのは五年生だったし、某雷蔵夢サイトには更新の度に胸をキュンキュンさせていた覚えがある。
 でも実際の不破くんと忍たまの雷蔵は別物で……って言うか不破くんは轟隠だ。そして私は隠の華。
 不破くんは本当に嬉しくて私を好いてくれたんだろうか。それとも僅かに香る隠の華の匂いに誘われて?
「嫌いではないけど、不破くんが本当に私を好きかわからないし、どの道不破くんの事は好きになっちゃいけないよ」
 だって、隠にとって人は餌だもの。
 好きになると言う事は食べられる覚悟をしろと言う事でしょ?
 そんなの無理だ。私には多くの未練が積もり積もっているんだから。
「忍の三禁を気にしてる?」
「それはない」
 くのいちを目指すものにとって、忍の三禁は一度経験しておくものだ。
 溺れない限界を知らねば、男を落とすための手管が掴めない。
 だからこそ私たちは色を知るし、酒を飲むし、欲だって持つ。
 それにもうじき色の実習が始まる。四年に入って本格的な座学が始まり、いつ実習が行われてもおかしくはない。
 シナ先生は時期にと言っていたけど、その時期にがいつなのかは明確に言葉にされなかった。
「次の休みに市に行くんでしょ?」
「うん」
「だったらその時に考えてやればいい」
「そうね。今、華織の中にある突っかかりをなしにして……不破自身を見て考えなさい。何時もみたいに投げないで、ね?」
「う、そう言われると投げたくなる」
「駄目。不破がちゃんと華織に誠意を見せたなら、華織も誠意を見せなくちゃ。たとえ告白を聞いていなかったんだとしてもね」
「痛いとこつかないでよ初江〜」
「大体不破のどこが不満なのよ。普通に男として見て悪い奴じゃないでしょ?顔も悪くないし、性格温厚。成績は迷い癖を除けばい組に並ぶ優秀っぷりじゃない」
「別に不満はないよ」
 不満がないのが、逆に困ってるんだけど。
 まあ休み当日になってから考えよう。物事はなるようにしかならないんだし。



⇒あとがき
 この夢主は考えを投げ過ぎですね。
 考えるだけ時間の無駄!と言う思考は考えを投げるって意味で設定したはずじゃなかったのに気付いたらこんなことに……まあいいか。なるようになる……よね。
20110429 カズイ
res

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