16.事件発生!

 忍たまとくのたまの図書室の蔵書内容は大きく異なる。
 それは学ぶ分野の違いと、思考の違いによるものが大きいだろう。
 だけどやはり根底の部分に変わりはなく、予算削減のため共同で書籍を購入し、写本を作成していずれかの図書室で管理する事が何年か前からの通例となっている。
 コピー機も印刷会社もないこの時代の本は高い。
 活版印刷の技術は海外ではあるようだけど、日本で普及するにはまだまだ時間が掛かる様子だ。
 そのため写本と言う手段がとられているのだけど、写本には時間が掛かるし、本によっては虫食いがありそれの修復も含めると図書委員の時間はいくらあっても正直な所足りない。
 特に忍たまの図書室の蔵書はくのたまの図書室のそれを上回るため毎年管理の手伝いに行くことがあるけど、私は申し訳ないけどそれを断り続けていた。
 だけど今日、写本のための元本を受け取りに私は忍たまの図書室へ赴いていた。
「……今野か?」
 委員長不在により委員長代理となった中在家くんの声に私はこくりと頷いた。
 カウンターに座るのは中在家くんと、ぽかんとこちらを見ている一年生―――能勢くんだ。
 委員長に連れられて今年の新入生は隠れて見たけど、直接会うのは今日が初めてだ。
「先輩が頼んでいた元本を受け取りに来たんだけど、いいかしら?」
「……お前が来るのは珍しいな」
「まあ、たまには……ね」
「……良い傾向だと思う」
「そう?」
 こくりと中在家くんは頷き、席を立つ。
 恐らく元本を取りに行ったんだろう。奥の方に消えていくのを見送り、私はちらりと能勢くんを見下ろした。
「はじめまして。私はくのいち教室の図書委員の今野華織よ。中在家くんとは同じ五年生」
「は……はじめまして。一年い組の能勢久作です」
 思わず大きい声をあげそうになった能勢くんは一度慌てて両手で口を塞ぎ、小さな声で挨拶をしてくれた。
 私はふふっと笑い、能勢くんの頭を撫でた。
 既にくのたまの洗礼を受けている能勢くんはその動作にぽかんと私を見上げる。
「……くのたまは、怖い先輩ばかりだと思っていました」
「まあ、私も基本怖がられてるわよ。主に四年生、特に尾浜くんに」
「そうは見えません」
「まあ、どのくのたまも下級生には少し優しいのよ。怖がらせる必要が特にないから」
「そうなんですか?」
「他の子には内緒よ?じゃないと私の可愛い後輩たちが頑張ってる理由がなくなるもの」
「は、はい」
 口元に人差し指を立てて妖艶に微笑めば、緊張した様子で能勢くんは返事をしてくれた。
 それを横目に見ながら、戻ってきた中在家くんを見た。
「良い子が入ってよかったわね」
「……ああ」
 ぽそぽそと聞き取りづらい声だけど、このぐらいの距離で、この静けさなら十分聞き取れる声だ。
 多分初江なら外でだろうと中在家くんの声が聞き取れるんだろうけど。
「……この二冊で間違いないか?」
「ええ。ありがとう」
「返却は早い目に」
「わかってるわ」
 私はこくりと頷き、中在家くんが持ってきてくれた本を持ってきた風呂敷の中に包む。
 何かあってはいけないし、これは元本だからと丁寧に包み、腕の中に抱えた。
「ところで不破くんは……」
 ちらりと中在家くんが視線で示した先、本棚の陰に隠れてこちらを見ていた不破くんの姿があった。
 私と視線があうと、不破くんはびくりと肩を震わせて慌てて本棚の陰に隠れる。
 なんだかその姿がくらくんと被って私は思わず小さく吹き出した。
 中在家くんは四年生にもなってと言うように溜息を吐く。
 四年生でその隠れ方はどうかと思うけど、多分緊張してるか、椛が気合を入れて擦り寄っていた所為で近寄れないかのどちらかだろう。
「ちょっと匂いを落としてからにするわ」
「匂い?」
 首を傾げる能勢くんに私は「内緒」と言って笑う。
「仕方ないからまた今度の機会にするわって事」
「……そうか」
「ふふ、じゃあね」
 私はひらりと二人に手を振り、一度だけちらりと不破くんを見て、図書室を後にした。
 熊井先生には、不破くんの奇行をそのままお話しよう。きっとうまくお話にしてくださることだろう。
 私は少し上機嫌になりながらくのいち教室への道を急いだ。
「―――今野先輩!」
 ふと背後から不破くんに大きな声で呼ばれて、足を止めて振り返った。
 そんなに大きな声を出してどうしたんだろう。
 思わず首を傾げているうちに、不破くんは私の傍まで歩み寄った。
「あ、あの……少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
 尻すぼみになりながらの言葉に私は別に急いでないしいいかと首を縦に動かした。
 そうすると不破くんは嬉しそうににこりと笑い、歩き出した。
 今の笑顔からしてこれが鉢屋くんの間違いはないだろうけど、椛のマーキングが気にならないのかな?
 穏健派とは言え菫隠の方が轟隠より力が強いはずなんだけど……やっぱりちゃんとした所有印じゃないと不味いのかしら。
「今野先輩っ」
 立ち止まり、くるりと振り返った不破くんに私はびっくりしながらも「はい」と返事をした。
 やっぱり効果がない?
 華としての匂いは薄れてると思うけど、菫隠の所有印ってそんなにわかんないものなのかしら。
 緊張している所為か、不破くんの髪がバチバチと小さく爆ぜる。
 流石同じ轟隠。人間に擬態していてもくらくんと同じ光だ。
 そう、まるであの時の光のように―――
「……―――さい!」
「うん?」
 御免不破くん、あの光の事を思い出してたら意識がどこかに飛んでて話聞いてなかった。
 そう言おうかと思ったんだけど、不破くんの顔がものすごく嬉しそうだったので口を開けなかった。
 な、なんでそんな泣き笑いになった!?
「じゃ、じゃあ今度の休み、一緒に市に行きませんか?」
「別に良いけど……」
「やった!」
 嬉しさがメーターを振り切ったのか、不破くんが私の身体を抱きしめた。
 あれ?いつの間に背ぇ抜かれたんだっけ?と呑気に考えていると、不破くんが慌てた様子で私の身体を離した。
「すいませんいきなり。でも、嬉しくて。まさか今野先輩がお付き合いしてくれるなんて」
 へへっと笑う不破くんは可愛いんだけど……今なんて言った?
 お付き合い?
 ……私と、不破くんが?
 どう言う事!?誰か説明して!?



⇒あとがき
 急・展・開☆
 うん、まあこうする気はあったんですが、抱きしめるのは予定外です。
 小さかったはずなのに、避けてた間に大きくなっちゃってたとか胸きゅんなシチュエーションだと思うんですよね。
 ついでに匂い嗅がせてとかなんか色々考えたんですが、止めました。どう考えてもただの変態に……いや、BL好きの時点で変態なのか。
20110427 カズイ
res

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