15.友愛

「うあ、何これ可愛い可愛い可愛いっ」
 一人胸をきゅんきゅんさせ、写本を見つめて震える委員長の横に私はにやにやと笑いながらお茶を置いた。
 今委員長が読んでいるのは熊井先生の新刊である。
 私が数馬に癒されるべく夜、寝静まる前にこそこそと長屋を訪れては様子を見ている二年生の一年間を纏めつつ妄想を加えた最強の新刊だ。
 私も一人胸をきゅんきゅんさせながら写本を見つめて震えた。
 本当に熊井先生って数馬たちのこと一度も見てないはずなのによくわかってると思う。
 熊井先生は本当図書室に住まう妖怪ではないだろうかと疑いたくなるほど図書室から出てこない。だとしたら文車妖妃?しょこたん文車妖妃的な意味でね!
 先生と呼んではいるけど事務員と言うか専任の司書みたいなものだし、まあそんなものだろうとは思うけど、あの脳みその中は一体何が詰まってるんだろう。分けてほしい。
 自分の分と注いだお茶をこくりと一口飲み、机の上に置いて、私も自分の分の本を手に取った。
「華織も読書するの?」
「うん。双忍本まだ読んでないのあったから」
「退屈だわ」
「背中にならへばりついてていいよ」
「本当!?」
 目をキラキラさせながら嬉しそうに椛が背中に張り付く。
 双忍もいいけど図書夫婦もいいのよね。
 中在家くんには会うけど、不破くんが当番の時間は避けてるからセットで居る所って見たことないんだよね……
「ねえ椛」
「何?」
「そのまま擦りついて跡残しておいて」
「まさか……会う気?」
「熊井先生の新刊、是非とも図書夫婦が見たくなったからねっ」
「図書夫婦!?」
 ぴくりと委員長が反応して振り返る。
「どうせなら図書家族が良いわ!今年の新入生の可愛さ見た!?能勢くんのあの可愛さからは想像できない低い声!最初は吃驚したけどなんだか逆に癖になる部分よね!川西くんのあのツンデレぶりもびっくりしたけど、池田くんのやんちゃっぽい感じや、時友くんのあの癒し具合!!あー……いっそ今年の新入生本出してくれないかしらっ」
 委員長のショタコンエンジンに火が点いたらしい。
 いつもなら読み途中でもそこまでハッスルしないのに、今日は弾けてる。
 ……今年の二年生本で萌え滾った?
「うん、その辺りもついでに見てくるよ」
「ありがとう!期待してるわ!!」
 そう言って委員長は再び本に視線を走らせる。
 五年生に上がって、私たちくのたまの人数は一気にその数を減らした。
 元々行儀見習いの為だけに来る子が多いとそうなる事は良くあるらしいんだけど、私たちの学年はそれが顕著に現れた。
 本当に行儀見習いの為の子が多すぎたのだ。
 私に椛、それから委員長に、この場には居ない初江。残ったのは僅かにこの四人。
 行儀見習いの子の中には本当にくのいちを目指そうとしていた子も居たけど、家族に反対されて早期退学と言う形になってしまったらしい。
 少し寂しかったけど、実家が近い子はたまに休日に会ったりもするからそこまで寂しくはない。
 椛も委員長も初江もまだ居るんだもの。折角だからこの四人で仲良く卒業したいわ。
 例えその先が険しいいばら道なのだとしても―――

  *  *  *

「はあ……」
 深々と溜息を吐いた雷蔵に、べったりと張り付いている三郎がびくりと肩を震わせる。
 怒られるか!?と思っての反応だろうが、雷蔵は特に何も言わず、物憂げに勘右衛門が淹れたお茶に口を付ける。
「どうした雷蔵」
「ん……ちょっとね」
「今日文が届いていたみたいだが、それ関係か?」
「……うん」
「何?お見合いとか?」
 わくわくした様子で問う勘右衛門に雷蔵は緩く首を横に振った。
「お見合いじゃないよ。父さんがちゃんと挨拶に行ったかって今更連絡くれてさ……どう言いに行こうかと思って」
「挨拶って、誰に?」
「二年生の三反田数馬くん」
「それって確か保健委員の?」
「そう」
「あの椛の弟?」
「違うから知らなかったの」
 嫌そうに首を傾げた三郎に雷蔵はため息交じりに応えた。
 椛と言うのは三郎が嫌っている一つ上のくのたまで、一年の頃に散々な目に遭わされた事を未だに根に持っているらしい。しつこい奴だ。
 まあ一年生の時の恐怖を未だ根強く覚えてる俺と勘右衛門も似たようなものか。
 未だに俺たち今野先輩に会うと思わず身体がびくりと反応してしまうんだよなあ……
 特に勘ちゃんは今野先輩の容姿の美しさに一目惚れしたらしくて余計にショックが大きかったらしい。
 それは仕方ない。だって彼女はくのたまだ。あれが武器なのだから。
「三反田先輩の方は父さんに跡取り姉妹の妹の方だって聞いてたんだよ。でもまさかお姉さんの方に今年二年生になる息子さんが居るなんて思わないだろ?」
「なんだ、あいつの姉ちゃんってそんなに年離れてるのか?」
「今年26だからそこまで離れてないとは思うけど……」
「26!?おほー……って事は15の時の子か?六年生に子ども居るようなものだよな。女ってすげぇ」
 指折り数えた八左ヱ門に雷蔵は眉根を寄せる。
「昔会いに行ったときに居たとか書いてたけど僕会ってないしさ」
 唇を尖らせる雷蔵に、三郎が「雷蔵可愛い!」と言ってますます抱きついて流石に殴られた。
「大体連絡してくるのが遅いんだよ。今どこふらついてるか知らないけど、時間感覚がない所にまたいるんだろなあ……」
 がくりと雷蔵は肩を落とす。
 雷蔵のお父上は不思議な人らしい。
 一か所に留まるのが大嫌いで、他人と一緒に居るのが大嫌いで、時間に縛られるのが大嫌いと言う感覚の持ち主のため、各地の山奥に住み、何か月か毎に場所を変えて旅歩く、そんな人らしい。
 前に一度三郎が雷蔵の家に行きたいと我儘を行ったときにそう言う事情があるから無理なのだと明かしてくれた。
 だから雷蔵は長期休暇でも学園に残れるときは学園に残り、学園に残れない時は雷蔵のお父上が事前に保護者代理にと頼んでいたらしい三反田先輩のご実家から支援を受けて長屋を一月借りるんだそうだ。
 確かに長屋を借りた方が宿を借りるよりもよっぽど経済的だろうが、支援を受ける位なら三反田先輩の家にお邪魔になった方が良くないか?と思わなくもなかった。
 一度それを聞いたとき、雷蔵は困ったように眉根を寄せてそれ以上何も言わなくなったから深くは聞いていないが、何か事情があるのだろう。
「三反田先輩にも嫌われてるのにその上三反田くんに嫌われたら、僕ますます今野先輩に会えなくなるよなあ……」
 はあと溜息を吐いた雷蔵に俺たちはそれぞれ驚いた。
「会えないって……週に一回食堂の手伝いしてるから会ってるだろ?」
「僕だけ避けられてるの気付いてない?」
「う、まあ、そんな感じはしてたが……」
「くのいち教室見学の後、食堂で少し言葉を交わしたのが最後だよ」
「それって一年の時の話だろ!?」
「って言うか雷蔵、その頃から今野先輩に片思いして……」
 ごくりと唾を飲み込む三郎に、雷蔵はかあっと頬を赤くしながらこくりと頷いた。
「私そんな大事な事こと聞いてない!」
「い、言う訳ないだろ!?……恥ずかしいじゃないかっ」
「まあ確かに恥ずかしいな」
 苦笑して言えば、勘右衛門も「そうだね」と釣られたように頬を赤くしながら言った。
「そう言うもんか?」
 ただ一人あっけらかんと答えたのは八左ヱ門だ。
「俺はよくわかんねえなあ……」
「それは八左ヱ門だからだよ」
 呆れたように勘右衛門が言うのも仕方がないと思う。
 八左ヱ門は同じ生物委員のくのたまを好いている。本人に告げてはいないが、そう自覚した時から八左ヱ門はその想いを恥ずことなく打ち明けてくれた。
 友人の恋は確かに応援したいが、相手は可愛く見えてもやはりくのたまだ。あまり祝福は出来なかった気がする。
 情けない話だが、話を聞いた瞬間、脳裏に今野先輩と三反田先輩のくすくすと言う笑い声が呼び起こされて思わず身震いをしてしまった。
「でも今野先輩か……あの人すごいよね」
「何しろ実技だけなら柳田先輩の上を行く人だからな。唯一あの椛を抑えられる人でもある」
「三反田先輩だけじゃなくて善法寺先輩が実習で良く組むんだって。不運を補える能力があるからって」
「まああの三反田先輩と一緒に居ればそうなるわな」
 それだけ有名な三反田先輩の不運っぷりもすごいけど、有名な不運を補える能力も本当にすごいと思う。
 本人は小さい頃から二人の不運を相手にしているからと言っていたけど、それが三反田先輩と三反田くんの事なんだろう。
 保健委員に所属する生徒にとって今野先輩は崇めるべき存在らしいけど、俺はやっぱりただの恐怖の対象だ。
 豆腐をあんなことに使うなんて信じられない!



⇒あとがき
 後半は傍から見たらお前何でそれで夢主に怯えてるの?って感じの久々知さん視点でした。
 次回、夢主は図書夫婦を見れるのか!!……間違えた、雷蔵に会えるのか!!お楽しみに〜……とか言ってみたかっただけって言う、ね。
20110427 カズイ
res

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -