11.穴掘り師匠

 不破くんを避けるのは案外と簡単な事だった。
 そもそも学ぶ敷地が違うのだから、こちらからあちらに行かない限り、あちらはこちらに簡単に入ってこれない。こちらの手引きがない限り、一切だ。
 忍たまの競合地域と違い、くのたまの競合地域は味方のためのサインなど用意していない。
 各自が仕掛けた罠をそれぞれの情報ルートで仕入れ、一切かからないよう常に情報収集に怠らない精神を磨くためだと先輩たちは言っていた。
 当然一年生のうちはどうしても罠に掛かってしまうんだけど、一年間そう言う殺伐とした生活をしていればくのいち教室とはこう言う場所なのだと言う心構えと腰を据えた肝が出来上がるらしい。
 どんなに大人しく見えても、私たちは身の内に毒を飼う。それがくのたまと言う訳だ。
「今野先輩」
 ぱたぱたと走り寄ってくる少し大人びた後輩くのたまの姿に私は首を傾げた。
 彼女は確か一つ下の学年の美土里ちゃんだ。去年、中途半端な時期に転校してきたときは何事かと思ったけど、その名字にも当時は酷く驚いたものだ。
 彼女の名字は錫高野。なんとあの風魔忍術学校の錫高野与四郎の実の妹なんだとか。
 まあその所為で色々あったらしく、委員長が同じ委員会繋がりと言う事で色々面倒を見ているようだ。……殆ど突っぱねられているようだけど。
 上級生たちが感づいたように、恐らく下級生では委員長と私だけが彼女の心の傷に気が付いているんだと思う。
 委員長が同じ、とは言わないけど委員長も似たようなものだ。
 二人とも男が怖いのだ。そう思ってしまう事が彼女たちの身に起こったのだろうから仕方ないんだろうけど……
「何か用かしら?」
「昨年のくのたま教室見学の際、柳田先輩を抜いて成績が上位だった今野先輩にご意見を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
 事務的に告げる美土里ちゃんに私はぱちぱちと瞬きを数度繰り返した。
 上級生のくのたまが監視に着くことはもちろん言う気はないけど、意見を頂きたいとはどういう事だろう。
 少なくともくのいち教室見学は中日を過ぎ、明日は残すところ一年は組だけだ。正直な話、今更?って感じがしなくもない。
「今野先輩は一年い組の綾部喜八郎をご存じでしょうか?」
「一年生の中でもとびっきり美少女顔の?」
「……とびっきりかは知りませんが、多分」
「い組ならもう終わったでしょ?」
「終わりました。彼、落とし穴に落とされたのに「おやまあ」の一言で済ませたんです。それが皆悔しかったみたいで……私が代表して今野先輩にご意見を」
「つまり、今後のためってことかあ。いやあ勉強熱心だね」
 あははと笑いながら、私は脳裏に最近忍たまの敷地内に忍び込んだときに見かけた綾部喜八郎を思い出す。
 苛められていない時の久々知くんと同じで無表情が常で、加えて無感動な気のある彼はどこか人とは違う印象があった。
 穴掘り小僧の異名がまだない所を見ると彼はまだトラップの魅力を知らないのかもしれない。
 現代での彼のイメージが強すぎるためか、彼をどう罠に仕掛けるべきかが中々浮かばないし、どうにか罠に仕掛けても、彼が何かしら反応を返してくれるようには思わなかった。
「手ごわい相手を無理に落とすより面白い事なら考え付くんだけどなあ」
 例えば原作通りの天才トラッパーを目指させるとか、ね。
 彼の落とし穴は忍たまホイホイ。上手くいけば自分の手を汚さず忍たまを苛められるまたとない機会だ。
「?」
「まあ、美土里ちゃんたちは明日の対は組作戦に集中してなさい。上手くいけば面白いことになるから」
 ふふふっと怪しく笑い、私は美土里ちゃんに背を向けて歩き出した。
 機嫌の良さから零れる鼻歌に私が通り過ぎる場所に居た忍たまたちが恐れを抱いていたみたいだけど、私は気にせずにお梅さんにお願いして聞いた綾部くんの元へと向かった。

  *  *  *

 人とは難しい生き物だと思う。僕には何とも理解しがたいけれど、理解しなければ世の中渡っていけないのだと両親に放り込まれた忍術学園。
 入学してまだ一月と立たないのに僕は早々に孤立をしたらしい。
 別にそれを寂しいとは思わないし、一人の方が楽だから好きでそのまま一人でいると、必ずと言っていいほど同室の平滝夜叉丸と言う奴が絡んでくる。
 煩いし面倒くさいし、殆ど彼の言葉を右から左に流しているんだけど、彼は僕の世話を焼くのを使命だとでも思っているのか、飽きもせず世話を焼く。
 だから僕も三日も過ぎたころにはされるがまま、なすがままに成っていた。
 多分それじゃあいけないんだろうけど、面倒だし、まあいいかで済ませていた。
 でもその一人が今ちょっと問題になっていた。
「……出れない」
 いつもより遠く見える丸く区切られた空を見上げ、僕はぽつりと呟いた。
 昨日、山本シナ先生に招待されて、一年い組の全員でくのいち教室の見学へ行った。
 くのたまは僕らに対して容赦なく悪戯を仕掛けてきて、僕もその被害に遭った。
 被害と言っても落とし穴に落ちた程度なんだけど、僕はその落とし穴の中で妙に気分が落ち着くのを感じた。
 普段から感情の起伏が小さいとよく言われていたけど、実際感情の起伏はそう大きくはない。
 自分自身でそう感じる位だったのに、と思い自ら競合地域の落とし穴の中へ落ちてみた。
 ひやりとした土の中はどこか湿った空気を漂わせていて、どちらかと言えば気味の悪さを覚えるものなんだろうけど、しばらくじっとしていると昨日と同じように確かに気分が落ち着いた。
 こんなに居心地のいい場所があったのかと思うと、まあしばらく出れなくてもいいかと言う気になってその場にすとんと腰を下ろした。
 地べたは地上に比べると少し湿っていて、少し気持ちが悪かったけど、しばらく座っているとそう気にならなくなった。
 ぼうっともう一度空を見上げると、光が少なくなっていて首を傾げた。
「見ぃつけた」
 よく目を凝らせば、にぃと笑うくのたまの姿があった。
 昨日見たくのたまよりちょっとだけ大人っぽいから、多分上級生だと思う。くのたまは僕らと違って皆制服が一緒だから区別が分からない。
「塹壕の中は楽しい?」
「ざん、ごう?」
 これは落とし穴ではなかったのだろうか。思わず首を傾げると、彼女はふふっと楽しげに笑った。
「一人用の塹壕、所謂蛸壺と言う奴だよ。まあ落とし穴でも間違いないけどね」
 まるで僕の考えを読んだかのような答えに僕は目を丸くした。
「別に綾部くんの考えを読んじゃいないよ。ただ知らなければ落とし穴と考えるだろうと思ったからだよ」
「どう違うんです?」
「知りたい?」
 きっと彼が知ったらくのたまに教えを乞うなんて!と怒るかもしれない。
 でも僕にはくのたまに対する恐怖は元々あまりなかったし、それ以上に何故だかその人に惹かれた。
 もっと一緒に居たい。きっとこの人は僕が欲しいと思っていても気付いてないなにかを知っていると感じたからだ。
「はい、知りたいです」
「契約成立だね。まずは私の愛用の踏助くんを紹介してあげよう。ほら、手ぇ貸して」
 差し伸べられた手に僕は驚きながらも、立ち上がって手を伸ばした。
「……そう言えばどちら様で?」
 引き上げられ、僕はそう問うてみた。
 綾部くんと名を呼んだのだから、この人は僕の事を知っているみたいだけど、僕はこの人の事を知らない。
「私はくのいち教室三年の今野華織よ」
「一年い組の綾部喜八郎です。ご教授お願いします」
「任せて!」
 ぺこりと頭を下げれば、今野先輩は至極楽しそうに私の手を引いた。
 泣きぼくろが印象的な、変な先輩。
(でもすごく綺麗な人)
 これが、僕と穴掘り師匠―――華織先輩との出会い。



⇒あとがき
 とりあえず綾部の話、どうしてもやりたかっただけ。
 綾部と言うと何となくvs豆腐のイメージが強いんですが、あえてのvs雷蔵さまになるように頑張りたいと思います\(^o^)/
 って言うか夢主は忍たまホイホイのホイホイされる率が高い保健委員に数馬が入ることをうっかり失念していますね。あははは!
20110426 カズイ
res

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