10.隠の華

 二年生に上がると忍たまと共同施設の一つである食堂の手伝いが始まる。その手伝いは忍たま一年生をどの程度いじめられたかで開始時期が違うらしい。
 ちなみに私たちは過去最高の、忍たま一年生のくのいち教室見学の翌日からお手伝いに加わると言う異例の早さだった。
 それもこれも最終日のは組に対するいじめっぷりがくのたま上級生たちのお眼鏡にかなったからだ。
 まあその前のい組とろ組のいじめっぷりも見事だったと最上級生の六年生が褒めてくださったのもいい思い出だ。
「あ、おはよう伊作」
 ふとカウンターに注文のあった定食を運んで行った初江の声が耳に届いて私は視線をちらりとカウンターに向けた。
 初江が声を掛けた善法寺くんは他に食満くんと中在家くんと七松くんの三人を連れていた。
 い組の二人はいないのかと思いながら私は手元の長ネギを刻むことに集中した。
「今日は初江ちゃんたちの担当なんだ」
「そうよ。まあでも今日は下剤入れてないから安心して」
「そう毎回入れられたらこっちはたまらないよ」
 苦笑を浮かべる善法寺くんに初江はくすくすと笑う。
 最初に出会った入学前で、それ以降の約一年間、顔を合わせることがなかったけど、初江は忍たまの敷地内によく顔を出しているので彼らと仲良くなったようだ。
 同じ忍たま敷地内に顔を出す委員長は本当に要件だけを済ませてすぐ戻って来る。
 一年生相手だろうと容赦ない委員長は当然他の忍たまに容赦などあるはずがなく、二年生以上の忍たまにも恐れられている。
 私は直接まだ二年生以上の忍たまに手を出していないけど、そんな委員長よりくのいち教室見学時の採点が上だったと言う事と、尾浜くんの怯えっぷりから勝手に恐れられている。
 うふふ、なにこの勘違い要素。もっとやれ!
「あ、中在家先輩」
 内心はにやにや、表面上はにこにこしていると、ここからは姿が見えないけど不破くんの声が聞こえて心臓がどきりと跳ねた。
 不運を撒き散らさないよう椅子に座って包丁を手に昼食用の大根の皮むきをしている椛も不破くんの声に顔を上げる。
 なにやらもそもそと口を動かしている中在家くんの姿は見えるけど、不破くんの顔は見えない。
「ああ、なんか気に入られちゃったみたいで」
 あっけらかんと答えた不破くんに何が?と思い、私は手を止めたままカウンターの方を見た。
 出入り口に何か引きずられているような足が見え、その制服の色が水色だと言う事に気が付いた。
「君は確か椛に潰されてた……」
「もみじ!俺、あの先輩嫌いだっ」
 怒った様子の声に椛が目を丸くし、眉を八の字に曲げた。
 苛めるつもりで苛めた訳ではなく、力を使った反則技に重ねるように不運に巻き込んでだったので申し訳なさがあるのだろう。
「もう三郎。三郎は別に苛められたわけじゃなくて、足元の草輪に気づかずに転んだ挙句、三反田先輩の不運に巻き込まれただけだろ?三反田先輩の事悪く言うなら剥ぐよ?」
「ヤダ!って言うかなんでそんなにあの女庇うんだよ」
「それは……」
 言いよどんだ不破くんに私は溜息を吐いて包丁を置いた。
「親同士が知り合いなのよ」
「「え?」」
 二人同時に声が上がるのを聞きながら、私は暖簾を避けながら出入り口から声を掛けた。
 不破くんの背にべったりと張り付いた不破くん。……いや、これは鉢屋くんか。一年生なのに本当変装術が上手いなあ。流石あの鉢屋三郎。
「どうも」
「あ、えっと……」
「あんたあの女と一緒に居た雷蔵を苛めた奴!」
「間違っちゃいないけど人を指差すんじゃないわよ」
 指してきた指を握って軽く反対向きに曲げようとすれば鉢屋くんは涙目を浮かべながら私の手を弾いた。
「なんだ、今野も居たのか!」
「私だけじゃなくて椛もいるわよ。見えなかった?」
「見てなかった!」
 きっぱりと答えた七松くんに呆れながらもう一度不破くんを見た。
 いつの間にか腕を抱え「うーん」と唸り始めていた不破くんに出た悩み癖!と思いながらも何に悩んでいるのかよくわからずに首を傾げた。
 悩み中の不破くんをじっと見つめ、その頬をつんつんと突く鉢屋くんは見ていて微笑ましい。
 とても忍たまで噂のいたずら小僧とは思えない光景だ。
「不破と三反田って知り合いなのか?」
「知ってるけど知らない」
 カウンター越しに問う七松くんに椛がそう答えると、七松くんは首を傾げた。
「なんだそれ?」
「名は知ってるけど、会ったことないもの。そっちも私の名しか知らないでしょ?」
「駄目よ椛。不破くん、何かに迷い中だから」
「……呆れた」
 椛は遠くで他にも何かぽつりと呟いたようにも見えたけど、良くは分からなかった。
「雷蔵?寝ちゃったのか?」
 問う鉢屋くんの声に私はじっと不破くんを見下ろした。
 本当に、くらくんそっくり。いや、くらくんが不破くんにそっくりなんだろうか……堂々巡りでよくわからない。
「華織、どうかした?」
「あ、うん……私、戻るよ。考えるだけ無駄な気がしてきたし」
「また投げたわね?もう。……まあいいわ。で、伊作たち、メニューは決まった?」
「え?あ、忘れてた」
「後ろ詰まってるから早くね。あ、君たちも早く考えてね」
 にこりと初江がその場を笑顔で収める。
 私が元の位置に戻ると、椛が手元から視線をそらさずに口を開いた。
「あいつとあまりかかわらないで」
「あいつって、不破くん?やだ、椛ったら嫉妬?」
「それもあるけど……あいつ、私たちとは違うもの」
 椛は眉根を寄せ、それ以上は口を閉ざした。
 人は自分と違うものを恐れる。
 例えるならば七松くんがいい例だ。
 彼は力が強いし、上級生にも負けない体力の持ち主だ。それ故にクラスの輪に馴染めず、同室の中在家くんですら手を焼いていたそうだ。
 心優しい善法寺くんが不運に負けずにその手を伸ばし、今の七松くんがある。
 どちらかと言うと私はそう言う人と違うものにこそ興味惹かれる。
 まあその場のノリもあるんだけど、昔っからそう。
 でも今回ばかりは椛の忠告を聞くべきなんだろう。

 鬼の最大の愛情表現は食肉。
 椛たち菫隠はその食肉行為をどちらかと言えば嫌悪するほどその本能がもうないらしいけれど、轟隠は違う。
 彼らは隠と名乗ろうともその本能を忘れてなんかいない。
 私の様に鬼が好む匂いを放つ人間なんて、愛情なんてなくったってぱくりといけてしまうらしい。

―――隠の華

 蒼珠さんは私のこの身体をそう呼んだ。
 餌―――鬼の目で見た人間の事らしい―――の中でも極上の血肉を持った人間なんだそうだ。
 椛や数馬と触れ合っていたことで菫隠の匂いが私の匂いを上手く隠しているけど、所有印のない私は危うい。
 不破くんが話で聞いた轟隠とどこか違うのは分かる。だけど、やっぱり食べられるのは嫌だ。

「ま、考えとくよ」
「考えないくせに」
「はは」
 唇を尖らせた椛に私はただ苦笑を返した。

 なんだか無性にくらくんに会いたくなった。



⇒あとがき
 いい加減タイトルの意味を説明しとこうかと。←
 取り敢えず成長編は後半戦に移動!どうしてもやりたかった綾部の話と数馬の話を続けて……お送りできたらいいな(遠い目)
 折角初江ちゃんも出したのでちゃんと美土里ちゃんも出したいと思います!
 歴代夢主は話数が少なかろうとお気に入りです。と言うか、連載のどこか話が繋がってるとか物凄く滾ります。
 忍たまの各連載夢はそれが顕著に現れてて読み手には申し訳ない作りになってます。本当にごめんなさいっ。
20110425 カズイ
res

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