09.もう一人の轟隠

 昨日はとても有意義な一日を過ごせたと思う。
 一応くのいち教室にとっては実習授業でもある忍たまのくのいち教室見学の結果は言わずともがな私が一番の成績だった。
 椛に手柄を取らせ、且つ尾浜くんへの三段攻撃と久々知くんへの精神攻撃が先輩たちに高く評価された。
 それに加えて私は五年生の先輩が授業監督も兼ねてこちらを見ていることに気づいたと言う事で総合一番だった。
 ちなみに反則技ではあるけれど、お梅さんにそれを指摘された椛も四年生の先輩に気づき、高い評価を貰ったけど、2B弾入りのビスコイトを本来狙ったはずの久々知くんが食べなかったことで評価が下がったらしい。うーん、不運!
 初江はとりあえず泣かせたけど最終的には懐かれたらしく、評価は一応合格と言う微妙な評価。
 委員長はターゲットの忍たまを池の中へと突き落とし、且つ上級生の監視に気づいたことで私に次いで二番目の成績で合格を貰った。
 今日は昨日合格を貰えなかった子が優先的にターゲットを選ぼうと言う話をしていたので、私はのんびりと誰が余るかを見ていた。
 狙い目だと思っていたぼさぼさ髪のどうみても竹谷八左ヱ門っぽい子は委員長に一番に拉致されて行ったし、どうしようかな見ているとお梅さんの木をじっと見上げている男の子がいることに気が付いた。
 ふわふわの髪を持つその子はどこか存在が薄らいで見えて、もしかしてお梅さんと同じ精霊かなにかだろうかと思ったけど、服はしっかり忍たま一年生の制服だった。
 私の記憶に残るくらくんよりも随分と短いけど、その髪のふわふわ具合が懐かしくて、私は誘われるようにその子の方へと歩み寄った。
「誰にも誘われなかったの?」
 そう声を掛けると、その忍たまはびくりと身体を震わせて私を振り返った。
 大きなくりっとした目は私を見上げ、驚いたと言うよりも信じられないと言う顔をしていた。
「どう、して……」
「?」
「あ、いえ……そんな人もいますよね」
 その忍たまは首を横に振り、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべて改めて私を見上げた。
「ちょっとこの梅の木が珍しいなと思ってみてたんです」
「まあ確かにここまで古いのは珍しいよね。この梅は岡本の梅なんだよ」
「岡本?」
「梅の名所よ。古い木だけどとてもきれいでしょう?」
「そうですね……もう、見納めでしょうけど」
 その忍たまはじっと花目が残りわずかな梅の木を見上げ、目を細めた。
 じっと見られている所為か、お梅さんがふわりと木の上に現れて照れくさそうに笑みを浮かべた。
 その姿が見えているのか、忍たまは優しげな表情で微笑んだ。
「……君、名前は?」
「僕、ですか?えっと……不破雷蔵です」
 きょとんとした顔で答えた忍たま―――不破雷蔵くんに今度は私が驚く番だった。
 そう言えば善法寺くんも黒髪だったし、不破くんが黒髪でもおかしくないんだった。って言うかさっきの竹谷くんっぽいのも茶髪だった。もっと早く気づけよ私!!
 いや、でも目の前の不破くんの違和感は多分それだけじゃない。
 私が知ってる不破雷蔵と違う不破雷蔵くん。……彼は本当に不破くんだろうか。
 そう思って思わずちらりと椛の方を見れば、椛はこちらに気づく様子はなく、どう見ても怪しい狐面の少年と一緒に居る。
「ねえ不破くん」
「はい?」
「あの子っていつも狐面を付けてるの?」
「あ、はい。僕と同室なんですけど、入学した時からああですよ」
 もう一度狐面の少年を見れば、椛を無視して何処かへと向かおうとしていた。
 椛はそこで焦ったのだろう。椛の意識が狐面の少年の足元にある雑草に向かう。
 不破くんが見鬼かもしれないのにと思った時には狐面の少年は椛の意思により草芽を結んだ雑草に躓き転んだ。
 無意識に近い形で力を使ったことに慌てたのだろう椛が狐面の少年に手を伸ばすとすかさず悪戯好きの雑鬼が椛の足元に忍びより、椛の身体がぐらりと傾いで狐面の少年の上にダイブした。
「ぐえっ!」
 昨日も聞いた蛙の潰れるような声がここまで届き、私は思わず額に手を当てた。
「あちゃあ……」
「……あの、先輩」
「ん?」
「あの人、もしかして三反田先輩ですか?」
「そうだけど……椛の事知ってるの?」
「あ、はい。えっと、父が昔随分お世話になったみたいで、ご挨拶しておいた方が良いかなって……」
 苦笑を浮かべた不破くんに私は首を傾げた。
「私も知ってる人かな?」
「え?えっと、三反田先輩のご実家の事なんで、その……」
 言いよどんだ不破くんに私は「ああ」と呟いた。
 感じた違和感はきっと不破くんが見鬼だからではなく、不破くんが人間ではないからだ。
「私、椛と同じ村の出身だよ」
「え、でも……」
 じっと不破くんは私を目を凝らしてみる。
 ふとバチッと不破くんの毛先の方で静電気が走るのを見て、私は瞬きをした。
 静電気と言えばくらくんだ。くらくんは雷を操る隠の一族で、確か一族の名前は轟隠だったはずだ。
 きっと不破くんもくらくんと同じ轟隠なんだろう。
「……甘い、匂い?」
 不意にすんと鼻を鳴らした不破くんが目を凝らすのを止めて首を傾げる。
 確かに私からは隠ですら酔ってしまう甘い匂いがするだろう。
 でもこの匂いは今は力の強い者でも微かにしか感じる事の出来ないものだから不破くんも疑問に思ったのだろう。
 気のせいかなと言うように首を傾げる不破くんに私はくすりと笑った。
「お梅さんが機嫌を良くして匂いを飛ばしてくれてるんじゃないかしら」
「お梅、さん?」
「この梅の木よ。椛がお梅さんと名付けたの。お梅さんと言うのが真名だから不破くんの場合はお梅ちゃんって呼んであげた方がいいかも知れないわね」
「あ、ですね」
 こくりと頷いた不破くんはやっぱり隠なのだろう。
 そして轟隠の一族の者の中でもきっと力が強いのだろう。
「先輩は菫じゃないですよね?」
 恐る恐る問う不破くんに私はこくりと頷いた。
「私は見鬼の力があるだけだよ。後は陰陽道を少しかじってるくらいで大した力もなく割と普通、かな」
「陰陽道……ああ、それで」
 多分多聞さん繋がりで菫隠の村に居るのだと解釈したんだろう不破くんに私は特に深く説明を付け加える事はしなかった。
 多聞さん以外の理由で菫隠の村に人間が居る理由を他の一族に簡単に説明するほど私は馬鹿じゃない。
 いくら椛や多聞さんの事を知っているようだとは言え、不破くんだって隠だ。
 隠に狙われやすい体質の私が轟隠みたいに穏健派ではない一族の者に知られるわけにはいかない。
 ただの居候の身分が一番安全だ。
 まあでも同じ轟隠でもくらくんは別かな。
 人間が怖いんだろうに私が起きるまでじっと見守っていてくれて、拙い言葉であんなに嬉しそうに喜ぶ姿は私の中に深く焼き付いている。
 ああ本当志島さん今どこに居るんだろう……
 少しぼうっとしてしまったけど、どこか遠くで聞こえた悲鳴に、今が授業中だと言う事を思い出して私は笑みを作った。
 どうやら不破くんは先ほどの悲鳴に気づいていないみたいだ。都合がいい。
「ねえ不破くん」
「はい?」
「立ち話もなんだから場所を変えない?」
「あ、そうですね。気が利かなくてすいません」
 しゅんとなった不破くんの手を右手で引き、私は昨夜の内に用意していた落とし穴の方へと向かった。
 私自身は落とし穴の丁度左端を通り、不破くんが落とし穴に落ちるように歩いた。
「そう言えば先輩……うわあ!?」
 まだ罠のサインを習っていないのだろう不破くんは導かれるまま素直に落とし穴の中へと落下した。
「う、わ……」
 落ち方がまずかったのかはよくわからないけど、不破くんはふらふらと落とし穴の中で目を回していた。
 零れる声に私は失敗したと後ろ頭を掻いた。
 さっき何か言いかけたけど、何だったんだろう。
 ……ま、いいか。時間は沢山あるんだし、そのうちゆっくり話せば。
 私はもやもやした感情を抱えながらじっと目を回す不破くんを見下ろした。



⇒あとがき
 雷蔵さんは結局落とし穴行きになりました。うーん、泣かせたかった気もするけど、まあ仕方ない。
 本当は鉢屋さんとも絡ませたかったんですが、鉢屋さんはくのたまを避けようとして失敗して椛の不運に巻き込まれる方が愉快だと思って諦めました。
 竹谷さんは委員長に焼きなめくじを出されて涙目に……って設定だけで結局書きませんでした\(^o^)/
20110424 カズイ
20110429 加筆修正
res

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