06.生物と薬

 電車と少しバスを乗り継いで辿り着いた大型のショッピングモールは平日ではあるけれど夏休みと言う事で親子客が多いように見えた。
 伏木蔵くんたちは子ども用カートを特に必要としないので兎に角逸れないように気を付けつつ買い物をしなくてはいけない。
 必要なものは服に下着に靴下。それから靴。夏だからクロックスでもいいけど、やっぱりあった方が便利良いしね。
 日用雑貨は歯ブラシに歯磨き粉にマグカップ。少し数の足りない食器とタオルを買い足せば十分だと思う。
 歯ブラシに歯磨き粉は別にスーパーでも売ってるし、ここで買わなくてもいいわよね。シャンプーとかは買い置きがあるし、それ位かな。
 あ、後クッションが欲しいわね。床で寝ると疲れが取れないから敷きパットみたいなのがあればそれも買おう。
 それ以外は……本と暇つぶし用に何かを買えば十分かしら。
「ほええ〜……広いお店ぇ」
「これ全部お店なんですかぁ?」
「そうよ。色んなお店が密集してるショッピングモールって言うの。スーパー……えっと食べ物とかを扱ってるお店もあるんだけど、とりあえずあんまり重たくなるものは後回しにしましょう」
「動物見たいですぅ」
「じゃあペットショップに行きましょう。その後ドラッグコーナーに寄って、お昼ご飯をどこかで食べて、本屋を見に行って、ホームセンターと雑貨屋さんで買い物を済ませましょう」
「買い物は後でいいんですかぁ?」
 恐る恐ると言った様子で問うてくる平太くんの頭に私は手を置いた。
「荷物持ったままご飯食べに行くと邪魔でしょ?だから時間潰し。あんまり色々連れていけないから建物の中一緒に行動するけど平気?」
 目線を合わせる様に腰を曲げて言えば、平太くんはほんのり頬を赤く染めながらこくりと頷いた。
 照れてるのかしら?可愛いもんだわ。
「ふふ。それじゃあ行きましょうか」
 先ほどまでと同じように伏木蔵くんと孫次郎くんの手を引きながら、まずはペットショップに向かう。
「子犬!」
 入り口にある硝子張りの小さな広場でじゃれ合う子犬の姿を見つけた孫次郎くんが声を上げた。
 まだ遠目のはずなのに良くわかったなあと思いながら、早く早く!と言うように手を引く孫次郎くんに引きずられるように私はペットショップに小走りに向かった。
「可愛い……」
 硝子にぺたりと張り付いて子犬を見つめる孫次郎くんに釣られるように伏木蔵くんと怪士丸くんが硝子の内側を覗き込む。
 布地のペットベッドの上ですやすやと眠っているコーギー、ボールで遊んでいるチワワ、ぬいぐるみに噛り付いているポメラニアン、じゃれ合う二匹で豆柴。
「可愛いわね」
「はいぃ」
 子犬たちに目を奪われてしまっている孫次郎くんにくすりと笑い、他のこどもたちの所為で硝子ケースの中を覗きこめなくてオロオロしている平太くんに気づいた。
「平太くん、ちょっとごめんね」
「へ?……ひゃ!?」
 私は平太くんの小柄な身体をひょいっと抱え上げた。
 視線が同じ位になった平太くんは顔色を先ほどよりもより青くさせ、怖がらせたかな?と思っていると、またほんのり頬を赤く染めた。
「これで見えるでしょ?」
「は、はい……見え、ます」
 ちらりと子犬の姿を見下ろした平太くんは私の肩に乗せた手をどうしようと言うように少し握ったり、少し離したりとどうにも落ち着かない様子だった。
「平太くん」
「ふえ?」
「ぎゅー!」
「ひゃあ!?」
「あ、平太ずる〜い」
 呑気な伏木蔵くんの声を聞きながら、私は平太くんの身体を引き寄せて頬を摺り寄せた。
「波留さん、平太の顔が……」
 甥っ子や姪っ子と同じ扱いだけど、平太くんはちょっと遠慮をし過ぎだと思ったから、これくらいで丁度いい切っ掛けになればいいと思ったのだけど、どうやら刺激が強すぎたみたいだ。
 怪士丸くんに服の裾を引かれてまた身体を離すと、平太くんは顔色の悪さなど伺えないほど顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。
「あら」
「あらじゃないですよぉ。平太は初心だから波留さんはちょっと刺激的なんですよ〜。うふふふ」
 どこか楽しそうな伏木蔵くんに私は苦笑を返し、相変わらず硝子にぺたりと張り付いている孫次郎くんを見た。
「孫次郎くーん。子犬ばっかり見てるところ悪いけど、中に入りましょう?チビと同じハムスターやうさぎが中にいるわよ」
「うさぎ!」
 ぴくりと反応した孫次郎くんはきょろきょろと辺りを探る。
 その様子に思わずくすくすと笑いながら私は自動ドアの前に立った。
 入り口が分かった孫次郎くんは真っ赤になっている平太くんなど気にしていない様子でとたとたとペットショップの中へと足を踏み入れた。
「波留さん、うさぎは?」
「うさぎはこっちよ」
 私は先に歩き出し、店の奥にある小動物のコーナーを目指した。
 子犬のコーナーと同じように硝子張りになっている小動物のコーナーが分かった孫次郎くんはやはりいの一番に小動物コーナーの硝子の前にぴたりと張り付いた。
「うさぎ……蛇も居るっ」
「あれ?蛇も好きなの?」
「生物委員には青大将のきみこや蝮のジュンコがいますからぁ」
「へえ……」
 私は見る分には何の問題もないけど、爬虫類を飼いたいと思ったことはない。
「生物委員会で飼ってるの?」
「一応そうなってますけど、基本は伊賀崎先輩のペットでぇす」
「伊賀崎先輩?」
「僕らの二つ上の先輩なんですぅ」
「伊賀崎先輩は毒虫野郎って言われてるくらい毒を持った危険なペットが大好きなんですぅ」
 妙に嬉しそうに話す伏木蔵くんの様子に、伊賀崎くんがどれだけスリルな子なのかはわかった気がする。
「うさぎ、触れますか?」
「んー、どうだろ。すいませーん」
 私は近くに居たペットショップの従業員に声を掛けた。
「あの、うさぎ触ったりって出来ますか?」
「すいません一応商品なんで……あ、でも今だったら中央の催事ホールでペットふれあいイベントやってますよ?」
「そうなんですか?」
「先週の日曜からのイベントで、確か再来週までだったかな?時間帯によって触れないペットも居ますけど、うちに居る以外では亀やひよこが居ますね」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ごゆっくりお買い回りされてください」
 にこりと笑みを浮かべて頭を下げてくれた従業員の背を見送り私は腰をかがめた。
「そっち行ってみようか?」
「はいぃ」
「ドラッグコーナーはまだあとですかぁ?」
「うーんそっちもあったなあ」
 私は携帯を開き、時間を確認する。
「先にドラッグコーナーに寄って、それから行きましょう。お腹が空いてきたら移動でいいかしら?」
「それでいいですぅ」
 にこにこと微笑む伏木蔵くんに孫次郎くん、平太くん、怪士丸くんもこくりと頷いた。

  *  *  *

 立ち寄ったドラッグコーナーはショッピングモールの一角に組み込まれた小さなスペースだった。
 ドラッグストアがそのまま入り込んだ形ではないのでさして多い品数ではないんだけど、伏木蔵くんは楽しげにきょろきょろと棚を見て回る。
「何か気になるものでもある?」
「んーと……」
 きょろきょろと伏木蔵くんは辺りを見回し、キラキラした箱に視線を止めてそれを手に取った。
「これなんですか〜?」
 両手に抱え、頭の上に乗せた伏木蔵くんに私は思わず身体を強張らせた。
 なんだろうと言った様子で孫次郎くんと平太くんと怪士丸くんもじっとその箱を見上げる。
 薬剤師さんらしき人は丁度この棚から見えない場所に居るけど、棚の高さがそう高くないので、ぎょっとした顔でこっちを見ている。
 ああ、非常に居たたまれないっ。
「……伏木蔵くん」
「はぁい?」
「とりあえずその箱、元に戻して違う所見ようか」
「波留さんにもわからないものなんですか?」
「うん、なんて言ったらいいのかな……わかるんだけど……ごめんっ」
 私は伏木蔵くんの手から箱を奪うと、そっと箱を元の棚に戻した。
 確かに一見するとなんだかよくわかんないよね。横文字とか並んでるし。
「潤滑……あ」
 その中でも読めたらしい文字を口にした怪士丸くんが口元を手で覆う。
 怪士丸くんの反応に他の三人も何となく納得できたようで、私は申し訳なさばかり覚えて四人の背を押した。
「行こう、別の場所に」
「は、はいぃ」
「すっごいスリル〜」
「だねぇ」
「うう、すいませぇん」
 両手で顔を覆ってしまった平太くんと違い、伏木蔵くんも孫次郎くんも楽しそうだ。
 怪士丸くんは伏木蔵くんと孫次郎くんの反応が申し訳ないのだろうか、伏木蔵くんと孫次郎くんの耳を遠慮なく引っ張った。
 うん、怪士丸くんもちょっと落ち着こうか。
 でも早くこの場から離れたいのは確かだから、私は必死にコンドームの棚から目を反らした。



⇒あとがき
 ドラッグコーナーでなんかネタないかなと思ってたらコンドームの棚がやけに光って見えたんです。←
 前半はちゃんと普通の話だったのに、書いている間の期間が空くとテンションが可笑しいのモロバレですね。さーせん☆
20110521 カズイ
res

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