04.噛みつかれた指先

 休日とは言え、朝6時には起きる癖を付けている私は、彼らより先に目覚めると、静かに扉を開いて隣のダイニングキッチンへと向かった。
 1LDKのダイニングキッチンなんて狭いもので、だけど色々と自分なりに手を加えたキッチンで朝ごはんの準備をする。
 朝は基本トースト派だけど、和食で過ごしてきたであろう彼らにそれは酷なことだろうと思い、普段はお弁当用にしか炊かないご飯を少し多めに準備していた。
 まあ子どもの食べる量なんだからこれで十分だろうと3合しか炊かなかったけど、昨日もそんなに食べてなかったし大丈夫でしょう。
 普段味噌汁を作る習慣はないけど、豚皮を食べるときにちょうどいいとインスタントの味噌汁があったので彼らが起きたらそれを出せばいいかと沸かしたお湯でコーヒーを淹れた。
 彼らが寝静まってから一人泣いたおかげかぐっすり眠れたような気もするけど、やっぱり睡眠時間が短かった所為か眠たい。
「……波留さん」
 扉を開けて平太くんがひょこりと顔を出した。
 昨日警戒心一杯だった平太くんが一番に起きてくるとは思わなかったので少しびっくりした。
「おはよう平太くん」
「お、おはようございますぅ」
 まだ少しおどおどした様子はあるけど、平太くんは挨拶を返してくれた。
 そのことに思わず笑みを浮かべると、平太くんは頬を赤くしながらトイレへと向かった。
 朝の生理現象だ。仕方がない。
「おはようございますぅ」
 続いて現れたのは伏木蔵くんで、眠たそうに眼を擦っている。
「おはよう、伏木蔵くん。眠いならまだ寝てていいのよ?」
「いえ〜。普段はもっと早く起きるんですよー」
「そうなの?」
「学園じゃないからつい油断しちゃいましたぁ」
 まだ眠いのかふにゃりとした笑みを浮かべた伏木蔵くんはとことこと私に歩み寄ってきてカップを見上げた。
「それなんですか〜?」
「これ?コーヒーって言って眠気覚ましの飲み物、かな」
「ふ〜ん」
「……飲んでみる?」
「いいんですか?」
「ちょっと待って。このままだと多分苦いから……」
 私は冷蔵庫から牛乳を取り出し、残ってるコーヒーに注いだ。
「あ、ちょっと入れすぎたかな?」
 まあでも砂糖を入れない分この位がいいかもしれない。
 砂糖を入れてしまうと後で残ったものを私が飲めなくなると言う申し訳ない理由ではあるけど、甘くないコーヒー牛乳になったそれを伏木蔵くんに渡した。
「飲みかけだけどどうぞ」
「ほええ〜」
 恐る恐ると言うように伏木蔵くんはカップを受け取り、口を付けた。
 最初は小さく舌を出してちろりと舐め、首を傾げる。きっと不思議な味がしたんだろう。
 改めて口を付けると、伏木蔵くんは二口、三口とこくこくと喉を鳴らした。
 これは気に入ったかな?
「どう?」
「おいしくて全部飲んじゃいました。ごめんなさーい」
「別にいいわよ。牛乳を入れたとはいえ伏木蔵くんは味覚が大人なのかな?」
「味覚が大人、ですか?」
「苦味って後天的に覚える味なのよ。だから普通子どもは苦手なんだけど……」
「ああ、そう言う理由ですかー。じゃあ平太は飲めないと思いますよー」
「うん、なんかそんな感じ」
「僕は委員会で苦ぁい薬湯とか飲んだりしますからなれてるんですよ〜」
「そりゃ嫌でも覚えるわね」
 顔を歪めた伏木蔵くんの表情によっぽど苦いんだろうなと私は思わず笑ってしまった。
「……何?」
 伏木蔵くんが不思議そうにトイレの方に視線を動かすから、私もその視線を動かしてみてみれば、いつの間にか隙間を開けていたトイレの戸が閉まった。
「……平太くん?」
 声を掛けると、平太くんが再びそろそろと戸を少しだけ開けてこちらを覗き見する。
「出てもいいですかぁ?」
 泣きそうな声に私は首を傾げた。
 伏木蔵くんは一拍置いて何故かけらけらと笑い出した。
「気ぃ使いすぎ〜」
「だ、だってぇ」
「何騒いでるの?」
 ひょこっと怪士丸くんが顔を出し、こちらを伺っている。
 その後ろにふと孫次郎くんが現れると、眠たそうな顔で怪士丸くんの背中に張り付いた。
「眠〜い」
「ちょっと孫次郎重いっ」
「孫次郎ったら甘えん坊さ〜ん」
「伏木蔵!笑ってないでどうにかしてよぉ」
「無〜理〜。孫次郎ものすご〜く朝弱いんだもん」
 怪士丸くんがぷるぷると前向きに倒れないように扉の取っ手にしがみついているのを見て私は思わず苦笑しながら歩み寄った。
「孫次郎くん」
「えーっと……波留さぁん?」
「そうよ。寝ぼけてる?」
「んーん?」
「……とりあえず顔洗いましょうね、孫次郎くん」
 まるで酔っぱらいのように寝ぼけている様子の孫次郎くんの手を引き、私はお風呂場の戸を開けるのだった。

  *  *  *

 昨日の夜、彼らが寝静まってからビールを片手に簡単に忍たまについて調べてみた。
 Wikiで簡単に調べられたんだけど、忍たまには原作と言うものがあるらしい。初めて知った。
 彼らの世界は私の知ってるアニメの世界より原作の世界観に近いのだと思う。流石に枠線を越えたりなんて非常識な事……彼らが出来るようには見えない。そもそも枠線ってどこ?って話だ。
 とりあえず忍術学園の一年生の中に彼らの名前はしっかりあって、容姿はわからなかったけど、伏木蔵くんが言ってた斜堂先生の謎は解けた。
 そう言う設定だったんだ、本当にって思った。正直な話。
 10歳にしてはちょっとしっかりした子たちだけど、なんとなくあの乱太郎たちの同級生なんだって思うとこれくらいがちょうどバランスがいいのかもしれない。
 とりあえず四人には寝る前に説明をしたけど、丁度この時期小学生は夏休みなので、親戚から預かっている子どもとして振舞ってもらう。
 仕事は定時上りにしてもらえば賢いこの子たちになら留守番を頼んでも大丈夫だろう。
 ただ、警戒するのに武器を取り出そうとする癖だけは控えさせないとなあ……
「それじゃあ出かけられるように適当に服を見繕ってくるから、少しの間留守番よろしくね」
「「「はぁい」」」
「……はーい?」
 元気のいい返事が二つ。恐る恐るな返事が一つ。
 チビに夢中過ぎて反応が遅れた上に疑問な声は孫次郎くんか。もー。
「鍵掛けて行くから、誰か来ても無視していいからね」
「わかりました」
「気を付けてくださいね」
「いってらっしゃぁい」
「あ、いってらっしゃーい」
 一応見送ってくれるらしい四人に自然と笑みが浮かび、私は四人の頭を順に撫でて行った。
「じゃあ、早めに戻るからね」
 そう言って家を出た。
 店が開くまでまだ少し時間があるけど、今から行けばちょうど開店時間位でしょ。
 玄関に鍵を掛け、早足でここから一番近くて、子ども服を扱っているお店に急いだ。
 四人とも髪が長くて、子どもと言う事でフェミニンルックでも問題はないだろう。
 女装したことある?と念のために確認したらあるって言ってたし、いつ帰れるかわからないんだから髪は切らない方がいいだろう。折角綺麗に伸ばしてるんだしね!
 四年生の斉藤タカ丸くんとやらが彼らの髪をあそこまで綺麗にしたのかと思うと感心する。
 反則的な物資のある室町時代とはいえ、現代人より綺麗な髪って羨ましい。
 ……私の場合は手入れ不足か。はあ。
 年齢なんて言い訳に出来ないんだから、気を付けておかなきゃね。

  *  *  *

「ただい……」
「うひゃあ!?」
 無事に四人分の服と靴を買って戻ってきた私が玄関を開けた瞬間耳に届いたのは誰かの驚き声。
 多分平太くんだ!
 私が荷物を放りだし慌てて部屋の中に入ると、涙を浮かべた平太くんがチビの居るゲージの前に居た。
 人差し指を立てた右手に目が行き、何となく状況を把握した。
 チビに触って見たかったのだろう平太くんはゲージの柵の隙間からその小さな指を差し込んで噛まれたのだろう。
 確か前に似たようなことをして元彼が噛まれていた。あいつが買ったはずなのにあいつには一切懐かなかったからなあ……
 私は平太くんに歩み寄ると血が出ている指先に気づき、慌ててぱくっと口に咥えた。
「!?」
 驚きに身を強張らせている平太くんには悪いけど、咥えた後で動物に噛まれた傷口舐めちゃったやっば!と微妙に後悔をしていた。
 だけど一先ず軽く血を吸い取って、近くに転がっているボックスティッシュを掴み、引き抜いたちり紙に唾と一緒にそれを吐き出した。
 そのティッシュは丸めてゴミ箱にぽいっと投げ入れ、固まったままの平太くんの脇に手をいれてひょいっと持ち上げるとダイニングキッチンへと向かった。
 先に平太くんの手を水道の水で洗って、手で水をすくって軽く口を濯ぐ。
「平太、大丈夫?」
 心配そうに顔を覗き込む怪士丸くんに平太くんはようやくはっと我に返り、おろおろと視線を彷徨わせ始めた。
 臆病な性格をしている平太くんの心臓にはあまりよろしくなかったかな?
「伏木蔵くーん」
「はーい?もしかしてこれの出番ですか?」
 わくわくと言った様子で救急箱を手に現れた伏木蔵くんに私の方が驚いた。
 伏木蔵くんは妙に楽しそうに救急箱を開いて差し出すと、どれを使うんですか?と言うように私を見上げてきた。
「えっと、消毒液がこの青いキャップのだからティッシュを持ってきて中の液が床に零れ落ちないようにして吹きかけてくれる?」
「はーい」
 ぱたぱたとティッシュを取りに戻っていく伏木蔵くんにそう言えば彼は保健委員だと言っていたことを思い出した。
 忍たまは割と室町にしては非常識なものが多いみたいだし、救急箱も彼らにしてみれば一般的なものなんだろう。
 そう言えば救急箱に関しては説明していなかったと今更ながらに気づきながら、なんとも言えない微妙な感情を覚えた。
「はい、平太くん、手を出して」
「はいぃ」
 びくびくした様子で手を差し出してきた平太くんの手を未使用のタオルで軽く水気を拭い去り、消毒を伏木蔵くんに任せて絆創膏を探った。
 小さい傷ではあるけれど、これから出かけるのだから絆創膏を貼っておいた方がいいだろう。
 確か前に指先用の絆創膏を買っておいたはずだ。……お、あったあった。
「……ありがとうございました」
「いえいえ。チビ、可愛い外見だけど結構こんな感じで凶暴な子だから柵から指を入れちゃだめよ?」
「はぁい」
「ほら、男の子がそんなに泣かないの」
 タオルで平太くんの涙を拭い、よしと立ち上がる。
 とりあえず着替えるのも出かけないとお昼がそれだけ遅くなっちゃう。早く準備しなくっちゃと一人決心をしていると、急に手を引っ張られた。
「ん?」
 なんだろうと思っているとぱくっと指先を噛まれた。
「ま、孫次郎くん!?」
 軽く甘噛みするように噛まれただけなので痛くはないのだけど、どうしたと言うんだろう。
 指先を噛んだまま眉を寄せた孫次郎くんに視線を合わせるように私は再びしゃがみこんだ。
「孫次郎くん?」
 どうしたのと言うように名を呼べば、孫次郎くんは上目づかいで私をじっと見た後、口を指から離した。
「……なんでもないです」
 孫次郎くんはふいっと視線を逸らして部屋の奥へと消えて行ってしまった。
 ……なんだったんだろう。
 首を傾げていると、伏木蔵くんがくすくすと笑いながらその背を追い、怪士丸くんと平太くんは不思議そうに顔を見合わせていた。
 孫次郎くん、何があったんだろう。
 私は噛みつかれた指先をじっと見つめた。



⇒あとがき
 うん、ごめん。私にも孫次郎の行動の意味が良くわからない。←
 本当ははちみつのついた夢主の手を伏木蔵が舐めるのを考えていたんですが、10歳児のする行動じゃなさそうな気がして止めました。
 うーん……でもそっちでもよかったかも。
20101128 カズイ
res

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