02.私の決意

 お風呂に湯を貼りながらふと彼らの年を考えてみた。
 10歳前後……平太くん見てると10歳以下な気もしなくないけど、おおよそ小学校の低学年くらいだろう。
 その頃にはもう親と風呂に入らず一人で風呂に入っていたような記憶がある。
 一人暮らしの部屋の風呂なんて小さすぎて一緒に入るにはきついだろうなと思ったけど、一人で風呂に入れるのも心配で腕を組んでうーんと唸る。
「どうかしましたぁ?」
 ひょこっと扉を開けてこちらを見上げて来たのは恐らく四人の中で一番しっかり者と言うか、まともと言うか……うん、そんな感じの怪士丸くん。
「ああ、お風呂どうしようかなって。皆、一人で入れる?入れないなら一緒に入るべきかなあと」
「へ?」
 怪士丸くんはぎょろりと大きな目を更に丸くして顔を赤くした。
 青白い顔が赤くなると普通の顔色になるわけではないらしい。……不思議だ。
「だ、大丈夫です!」
「そう?」
 私自身は小学校に上がるとすぐに一人でお風呂に入りたがったけど、甥っ子や姪っ子たちはやたら一緒に入りたがるので子どもと一緒にお風呂に入るのは慣れている。
 それに温泉も割と好きで学生の頃はよく友達と温泉旅行に出かけたもので、時には混浴にも挑戦した私は裸の付き合いにあまり抵抗がなかった。
 対して恐らく共同風呂には慣れていても異性との混浴には慣れていないであろう怪士丸くんは扉の陰に隠れながら答えてくれた。
「僕一緒に入りたいです〜」
「ひえぇえっ」
 扉の奥から挙手して宣言しているであろう声はまず間違いなく伏木蔵くんだろう。
 そして驚きの声を上げたのは平太くんで、孫次郎くんはちょっとよくわからない。
「じゃあ伏木蔵くんは最後でもいい?」
「大丈夫でーす」
「ちょっと伏木蔵っ」
 怪士丸くんも慌てて部屋の中に戻っていき、私は首を傾げながら部屋の中を覗き込む。
「別にいいでしょ?僕たち今10歳だもん」
 うふふと笑う伏木蔵くんに二人が言葉を失っていた。
 意味が分からず首を傾げていれば、孫次郎くんがようやくチビから視線を逸らした。
 チビの姿が見えないところを見ると、回し車が飽きて水飲んで小屋に引き籠ったんだろう。またしばらくしたら出てくるでしょう。
「お風呂ってこの子連れて行っちゃダメですか?」
「駄目です」
「そうですか」
 残念そうに再びゲージを見つめた孫次郎くんに私は苦笑を浮かべた。
「孫次郎くんと平太くんは一人で大丈夫?まあ二人で一緒に入ってもいいけど」
「一人で大丈夫です」
「あ、う……」
「平太、一緒に入ろうか?」
「う、うん……お願い」
 怪士丸くんの言葉に平太くんはこくりと頷いた。
「皆も波留さんと一緒に入ればいいのにぃ」
「なんか伏木蔵くん見てると一人でも平気そうに見えるけど……まあいっか。お風呂の使い方教えるから四人ともいらっしゃい」
「「「はーい」」」
「はいぃ」
 なんだかツアーコンダクターにでもなった気分だ。
 とりあえず四人を手狭な風呂場に案内すると簡単にシャワーの切り替え方を教えた。
 このマンションは都市ガスなので予め設定された温度のお湯が出るので四人の手を借りて温度に問題ないかを試しておいた。
「体を洗うのはこっちのボディーソープね」
「これがシャボンですか?」
「でもしんべヱが持ってたシャボンは四角、だったよぉ?」
 怪士丸くんと平太くんがボディーソープの容器を覗き込むので軽くプッシュして中身を手のひらに出した。
「ひゃあ!?」
「平太驚き過ぎぃ」
 くすくすと笑い、孫次郎くんは興味津々といった様子で私の手のひらを覗き込んでいる。
 シャワーのお湯を少し手に取り泡立てると孫次郎くんは目をキラキラと輝かせていた。
「孫次郎くん、使いすぎちゃだめよ?」
「はーい」
 孫次郎くんは少し残念そうに返事をした。
 ……言っておいてよかった。
「四角い石鹸もあるけど、私はボディーソープ派なの。これをこっちの身体を洗う用のタオルにとって揉んだら泡立つから、それで身体を洗ってね」
「いい匂い。これ桃の匂いですか?」
「そ。好きなのよ。で、こっちはクレンジングだから使わないでね。顔を洗うのはこっちね」
 チューブを手に取り、開けてみせる。
「押したら出るからあんまり出さないでね。えっと、センチって単位は使わないわよね?」
「使わないですね。長さの単位ですよね?」
「そう。そうね……皆の親指位の長さ出してあげれば十分かな。これはこの布につけて泡立ててね。綺麗に泡立つから」
「なんか変なの」
「うん、私もこれ名前は知らない」
 今度お店に行ったときにでも名前見てみようと心に決めながら、洗顔の泡立て用の布をちらっと見た。
「で、こっちがシャンプーとコンディショナー。髪を洗うものよ」
「こんでぃ……?」
「うーん、リンス……じゃないしなんて言えばいいのかなあ」
「あ、リンスなら知ってますぅ」
「知ってるの?」
 ……君たち昔の時代の人間よね?
「まああんまり深く考えないようにしましょう。使い方がわかるんなら説明は端折るわね。お風呂から上がったらこのタオルを上から使ってね。服は大きいだろうけど私ので一先ずしのぐとして、下着はちょっと諦めてね」
「大丈夫ですよぉ」
「お世話になる身ですから」
 なんてしっかりしてるのかしら。特に怪士丸くん!
 これで10歳なんて、うちの中学生にもなって甘ったれな甥っ子に見習わせたいもんだわ。
「私と伏木蔵くんは二人で入るから、最初に怪士丸くんと平太くんが入って、次に孫次郎くんね。それでいい?」
「なぁんにも問題ないですぅ」
「伏木蔵、色々言いたいことはあるけど……うん、もう諦めたよ」
「怪士丸、駄目だよ」
「はいぃ」
 伏木蔵くんの笑みに怪士丸くんは肩を落とし、孫次郎くんは意味の分からないことを言っている。
 平太くん、そこまで怯えなくてもお姉さんあなたのこと食べないからね?
「じゃあ服取ってくるから先にお風呂入っててね。あ、脱いだ服はこっちの籠に放り込んでおいてね」
「はい」
「はぃ」
「波留さん、僕も一緒にいきます〜」
「僕は順番が来るまでチビ見てる」
 伏木蔵くんと孫次郎くんが私の後について部屋に戻り、私はTシャツを入れている棚を開けた。
「それが服ですか?」
「うーん……基本、Mサイズだからなあ……ちょっと大きいかしら?」
 伏木蔵くんの身体に当ててみると若干どころか結構大きい気がする。
「……ま、いいか」
「うふふ、波留さんって意外と大雑把なんですねぇ」
「そう?……まあよく男らしいとは言われるけど」
 スーツ姿のまま風呂の掃除をしたからストッキングを脱いだ素足だし、シャツは腕まくりをして、髪は邪魔だからと後ろでくくっているだけだ。
 彼氏のいない頃にもう逆戻りしてる辺り、確かに自分はざっくりとしているのかもしれない。
 あまり自覚したことはないけど。
「さてと、服はこれでいいとして……皆はご飯は食べた?」
「食べてないです〜」
「そっか。うーん、なにかあったかなあ……」
 即席でできるものと言えば、お湯を注げばすぐに食べられるお吸い物と買い置きの漬物位だ。
 ご飯は残り物がタッパに入れてあるからいいとして、晩御飯にそのメニューはないな。
 豚肉と野菜が多少あるから簡単に野菜炒めにしてつければ上等でしょう。
「うん、そう言う事にしよう」
「何がですか?」
「晩御飯よ」
 風呂場の出入り口横に設置してある洗濯機の上に着替え用のTシャツを置き、冷蔵庫を開けた。
「ひやっこ〜い」
「冷蔵庫よ。食べ物が腐らないように冷やしておくためのものなの」
「へ〜」
 私は手早く豚バラ肉の入ったトレーと四分の一だけ残っているキャベツと一本そのまま転がっている人参を掴むと、冷蔵庫を閉めた。
 戸棚の上から吊っているネットに入れっぱなしの玉ねぎを一つ取ると、それらをシンクの上に転がした。
「何かお手伝いできますか〜?」
「そうだな……あ、机の上に置き去りにしてるビール―――私がさっき飲んでた奴ね?残り二本あると思うから、振らないようにして持ってきて冷蔵庫に入れてくれる?後チーズもね」
「はぁい」
 伏木蔵くんは返事をすると部屋へと移動する。
 とたとたと子どもの走る足音は微笑ましくて、思わず笑みが零れた。
 
  *  *  *

 裸を見られてきゃーきゃー言ってた怪士丸くんと泣きべそをかいていた平太くんと違い、孫次郎くんは平然と着替えをし、伏木蔵くんはわくわくと私が服を脱ぐのを待っていた。
 ……この子達、個性たっぷりだ。
「ほら、風邪ひくから先に入ってなさい」
 別に裸は気にしないんだけど、脱ぐのを見られるのは微妙に気になる。
 脱ぐと言ってもシャツとスカートと下着位のもので、後は先に脱いでしまっている。
 スカートは皺になるといけないから別に避けて、残りはすぐに洗濯してしまうのだからと四人の泥だらけの服の上……に置くのはちょっと気が引けて彼らが身体を拭いたタオルを下敷き代わりにして服を置いた。
「ひゃんっ!」
「伏木蔵くん!?」
 つるっと滑る音が聞こえて風呂の中を覗くと、椅子から滑り落ちたらしい伏木蔵くんが涙を浮かべて私を見上げていた。
「波留さぁん」
「……ど、どんまい」
 何故器用にも椅子から落ちたんだろうと思いながら、お風呂の中へ入って伏木蔵くんの身体を起こした。
「孫次郎くんが水かけなかったのかなぁ……」
 シャワーで一旦椅子を軽く洗い流して伏木蔵くんにもう一度座るように指示した。
「それもありますけど、多分僕が保健委員だからぁ」
「それって関係あるの?」
「ありますよぉ。さっきも言ったじゃないですかー。不運な生徒が選ばれるって」
「あー、そんなこと言ってたね」
 伏木蔵くんのキャラがあまりにインパクトが強すぎてうっかりしていたけど、そんなこと言ってた。
 と言う事は乱太郎も不運なのか……
 うーん、委員会自体なかった気がするんだけどなあ。
「よし、とりあえずシャンプーするか」
「はーい」
 不運って言うくらいだから普通に子ども相手するより気を使うべきなのかな?
 とりあえず、シャワーで伏木蔵くんの髪を濡らし、シャンプーを少量手に取った。
 頭皮近くから毛先にかけて先に泡立てておいて、目に入らないように下の方からマッサージするように指を動かす。
「くすぐったいですぅ」
「目ぇ開けちゃだめだからね」
「はぁい」
 伏木蔵くんの髪は男の子にしては本当長くて、結構さらさらしてて気持ちがいい。
 明日辺りいじらせてもらおう。そう思いながら、シャンプーを洗い流すべくシャワーを再び手に取った。
「波留さん波留さん」
「何?」
「今度は僕が波留さんの髪洗いたいですぅ」
「その前にコンディショナーね」
「はぁい」
 伏木蔵くんは大人しいもので、くすぐったそうにたまに身を捩る以外は甥姪たちのように手のかかる暴れると言う行動は一切なかった。
 コンディショナーまで終わると、伏木蔵くんは今度は自分が!と嬉しそうにシャンプーを手で泡立て始めた。
 身長差がどうしてもあるので椅子に座って頭を差し出すと、伏木蔵くんの小さな手が伸びてきて私の髪を泡立て始めた。
「おかゆいところはございませんかぁ?」
「え?なんでその言葉を知っているの?」
「斉藤タカ丸先輩って言って、髪結いの先輩が昔言ってました」
「へー……髪結いさんってシャンプーするの?」
「しますよ?」
 こてんと首を傾げている様が浮かぶ。
 俯いているから実際はわからないけど。
「一緒にお風呂に入るとたまーに洗ってくれたんですぅ。だから僕たち髪、綺麗にしてるんです〜」
「そうなんだ」
「斉藤先輩、髪綺麗にしてないと怖いんですよぉ」
「ふーん」
 すっごいスリル〜と笑う伏木蔵くんの様子を考えると、年下にも容赦ない怖さを見せてくれると言う意味で取っていいのかしら?
 のんびりと思いながらシャンプーの後、コンディショナーまで伏木蔵くんがやってくれた。
 その後は先に伏木蔵くんに顔と身体を洗わせて浴槽に浸からせ、私はクレンジングでメイクを落としきることにした。
 スッピンはそれほど悪い状態ではないし、子ども相手に抵抗感はない。
 身体を洗って狭い浴槽の中に入る。
 当然股を広げて間に伏木蔵くんと言う体制になるしかないけど、伏木蔵くんが妙に嬉しそうに私に背を預けてきた。
「どうしたの、甘えっ子さん」
「うふふ……波留さんやわらかいなーって」
「残念なことに必要な所以外に余分なお肉が若干ついてるからね」
「健康的でいいと思います。僕は波留さんくらい柔らかい女の人がいいですぅ」
 子どもだから許される発言ではあるけど、伏木蔵くん、君の将来がお姉さんは心底心配です。
「波留さーん?」
「なんでもないよ。ああもう好きなだけ堪能しちゃえよ」
「きゃー」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめてみると伏木蔵くんは楽しそうに笑った。
 お湯はとっても温かいのに伏木蔵くんは相変わらず青白い顔をしていた。
「ねえ伏木蔵くん」
「なんですか?」
「あのさ、なんで君たちそんなに顔色悪いの?体質?」
「それは僕たちろ組の教科担任、斜堂影麿先生の影響でーす」
「影響でそうなるものなの?」
「そうなりました〜」
 にこにこと笑う伏木蔵くんが嘘を言っているとは思えない。
 とりあえずその斜堂先生って言うのが原因なのはわかったけど、斜堂先生って誰だろう。
 なんかよくふらふらして「ゆらぁり」とか言ってた先生が居たような気がするけど、あの先生は別に顔色悪くなかったわよね。
「波留さんは僕たちのことどれくらい知ってるんですかぁ?」
「あんまり知らないわよ。乱太郎が忍術学校に通ってる一年は組の生徒で、きり丸としんべヱと仲がいいってことくらいかな。後は土井先生と女装の酷い先生がいたかなぁくらい……ああ、学園長先生と山本シナ先生、それからヘムヘムは覚えてるわね」
「へむへむ?」
 こてっと伏木蔵くんは首を傾げた。
「そう、ヘムヘム。……あれ?違った?二足歩行の犬で頭巾を被ってた犬」
 合点がいかないらしい伏木蔵くんに私の方が首を傾げたくなった。
「パラレルワールドって奴なのかしら?」
「ぱら……?」
「パラレルワールド。並行世界と言ってね、私の知ってる伏木蔵くんたちの世界と伏木蔵くんの実際の世界―――生きていた場所は正確には違って、偶然同じに見えているだけなのかもしれないってこと」
「じゃあ波留さんは僕たちのことわからないんですね」
「元々あんまり詳しいわけじゃないんだけどね。後でちょっと少し調べてみるわね。元の世界に戻る方法も探さないといけないだろうしね」
「……波留さん?」
 思わず伏木蔵くんを抱きしめる腕に力が入っていたらしく、私は慌てて腕の力を緩めた。
「ごめんね、伏木蔵くん」
「いいえ」
 伏木蔵くんは首を横に振ると、私の腕に手を添えて頬を腕に寄せた。
「ありがとうございます」
 お風呂の中と言うのもあるかもしれないけど、子どもの体温はとても暖かくて、私は少しだけ涙が出そうになった。
 きっとお風呂に入ったことでさっき飲んだアルコールが回って弱い私が顔を出してしまいそうになってるんだ。
 見知らぬ世界へと突然やってきてしまった彼らはどれほど不安な思いを抱えているのだろうか。
 10歳だと伏木蔵くんは言っていた。10歳なんて小学校4年生くらいじゃない。
 皆そうは見えないけど、不安じゃないはずなんてない。
 そう思うと弱い私なんか見せて心配させるわけにはいかないと私は一人決意を改めるのだった。
「絶対、元の世界に返してあげるからね」



⇒あとがき
 ……ショタコンですいません。でもオジコンでもあるんです。ここに雑渡さんを混ぜてみたい。←変態っ!
 本当はお風呂、平太を一緒に入れたかったんですが、平太は無理です。
 理由は次回!……書けたらいいな。
20101030 カズイ
res

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