01.小さな侵入者

 昔から真面目だと言われていたけど、そこまで真面目なつもりはなかった。
 どちらかと言えば責任感が強い、と言う方が私にはあっていると思う。だって私真面目キャラじゃ全然ないし?
 友達に誘ってもらった合コンで知り合った彼氏とは長くてもう5年も付き合っていた。
 こうなってくると結婚を視野に入れてもいいのかななんて思っていたんだけど、人生ってそんなに甘くないらしい。
 真面目と言うよりも責任感の強さと、断れない優柔不断さから私は5年も付き合っていた彼氏より仕事を優先した。
 たった一人になってしまった同期が一人で任された大事なプロジェクトの締切が三日も短くなり、別部署ではあったけど応援に向かった。
 翌日に今度は自分の部署で後輩がポカしたデータの修正に明け暮れて、草臥れたところに追い打ちを掛けるようにではあったけど上司に仕事を押し付けられ、気付けば一週間、彼氏をほったらかしにしてしまった。
 最悪だ、と思いながら彼氏に電話を掛ければ、出たのは見知らぬ女。後ろで慌てた声が聞こえたのだから間違いなく彼氏がそこにいるのはわかったから浮気だろう。
 ここで悲観するようなキャラでもない私は深呼吸を一つして家に帰るよりも前に彼氏の家に寄ることにした。
―――ピンポーン
 間抜けなチャイムの音を聞きながら、私はじっと汚い表札を見つめた。
 出てくる様子も返事もない。
 だけど人の気配はするし、足音経てずに玄関忍び寄って人の声を聴いてるんだから居るのは間違いないだろう。
「居留守つかってんじゃないわよ!」
 がんっと玄関の戸をヒールで蹴れば、慌てた様子で走る音が聞こえた。
「は、はいっ」
「……どうも」
 ようやく出てきた彼氏を見下すように見つめ、私は手を差し出した。
「?」
「携帯。電話番号消去するから出して」
「え?」
「仏の顔も三度まで。あんたも私に愛想尽きたんでしょ?なら新しい彼女と好きにすればいい。私自然消滅って嫌いなの。きっぱりすっぱり別れるために来たのよ」
「なっ……波留!」
「女々しい!とっとと携帯出す!」
「は、はいぃっ!」
 慌てた様子で部屋の中に戻っていく彼氏を見つめ、両腕を組んでいると不思議そうに隣の部屋の住人がこちらを見つめていた。
「……すぐ終わりますから、今見たこと記憶から消去してくれます?」
「ひいっ!」
 隣の部屋の住人は慌てて扉の陰へと引っ込み、私は小さく溜息を吐いた。
 部屋の中から携帯片手に戻ってきた彼氏の携帯を奪い、私のアドレスを削除したうえ、履歴関係を全部消去した。
 ついでに自分の携帯のアドレスも全部消去してその証拠を彼氏にぐっと見せつけた。
 奥から明らかに致してましたと言う雰囲気を漂わせる女が一人、恐ろしそうにこちらを見ている。
 私は文句を言いたいのをぐっと堪えて、にこりと微笑んだ。
「私の私物全部捨てていいから。それじゃあ、さようなら」
 二度と会いたくはないから目の前に現れないでくれると助かるわ。
 ひらひらと手を振り、扉を一方的に閉めた。
 エレベーターに向かい、一階へ降りるとそのまま何食わぬ顔で近くのコンビニに寄ってビールを3本購入した。
 彼、基、元彼の浮気はこれが一回目じゃない。
 仏の顔も三度までと言っただけあってこれで四回目だった。
「……馬鹿みたいに縋るんじゃなかったかな」
 最初の浮気の頃は若かった。失恋したばっかりの合コンで出会ったこともあり、別れたくなくて泣きじゃくった。
 二度目の浮気は浮気と呼べるのか微妙なラインだった。何しろお金を払って女の人を買っていただけに過ぎないのだから。
 三度目の浮気は割と最近。もうその頃には両親にせっつかれていたこともあり結婚を考えていたからつい許してしまった。
 こうなるってわかってたんなら許してずるずると付き合うよりも新しい恋でも探したほうが早かったのかもしれない。
 同級生は次々に結婚して行って、仲の良かった親友で独身なのはもうあと一人だけど、その子ももう結婚式までのカウントダウンを始めている。
 つまりは行き遅れ。負け犬。そんな30代手前のまだ20代な29歳。ある意味崖っぷちと言っていいのかもしれないけど、今回のこと結構堪えた。
「もう恋なんてやめちゃおうかな」
 適当に見合いして、相性のいい人と結婚して、それなりの家庭が築ければ両親も安泰だろう。
 彼氏よりも仕事を優先することを理由に浮気をするような恋人を作るよりも最初から結婚を視野に入れた見合いの方が楽なのかもしれない。
「……はあ、疲れた」
 家が近くなってきたところで少し肩から力が抜けて、弱音ばっかり零れていけない。
 怒るって疲れるから嫌いだ。
「ただいまー」
 いつものように玄関を開ければ暗闇の中、たった一人の家族が回し車を走る音が微かに耳に届く。
 その音にどこかほっとしながら、踵の低いヒールを脱いで玄関から続いているダイニングキッチンへと上がる。
 その奥にある扉を抜ければ寝室にしている部屋がある。
 手狭ではあるけれどこれが私の城である。
 一人暮らし用の小型な冷蔵庫の戸を開き、買い置きの6Pチーズのケースを掴むと、奥の部屋へと続く扉に手を掛けた。
 多分、そこまでは割と普段通りだったと思う。
 問題はこの後、

「あ、お帰りなさーい」

 にこりと笑顔つきで言われた久方ぶりに聞く「おかえりなさい」の言葉に私は扉に手を掛けたままぽかんと口を開いて固まってしまった。
 部屋の三分の一を占領するシングルベッドの上に座って朝ベッドに置き去りにしていた小説を開いている少年が一人。
 その後ろに隠れてびくびくとこちらを覗いている少年が一人。
 サイドボードの上に置いてあるハムスター用のゲージを覗き込んでいたらしい少年が一人。
 白いミニテーブルに肘をついてにこにこと笑っている少年が一人。
 全部で四人分、八つの瞳が私をじっと見つめている。
 四人ともがそうなんだけど、妙に顔色が悪く皆顔が青白い気がする。
 私に声を掛けたのは最後の一人で、愛想よく笑ってはいるけれど、皆私を見る目は不審者を見るそれだ。
 むしろ不審者は彼らの方で、年は恐らく小学校の低学年から中学年くらいだと思うんだけど、四人が四人とも忍者みたいな恰好をしている。
 しかもちゃんとした忍者っぽい服装ではなく、どう見ても忍べてない水色に○と#の模様が入った不思議な忍者の格好だ。
 その忍者の格好に私は見覚えがあったので思わず呟いていた。
「……忍たま乱太郎?」
 その言葉に四人とも目を大きく見開いた後、すっと目を細めて各々武器らしきものを構えていた。
 四人のうちの一人、本を手にしていた男の子の後ろに隠れていた子が手にしていた武器はよく漫画とかで見る苦無よりももっと不恰好なもので、だけどそれが苦無なんだろうことは理解できて眩暈がした。
「ちょ、ちょっと待って……思考をまとめさせて頂戴」
 テーブルの傍に居た子とゲージを覗き込んでいた子が持っているものはそれぞれ種類が違うみたいだけど手裏剣ではないだろうか。
 子どもが持つようなものではないし、とても年相応の警戒心ではない。
 これは目の前の現実を認めろと言う事なんだろうか。
「質問してもいいかしら」
「はーい?」
「……コスプレじゃないのよね?」
「こすぷれ?」
「ってなんですか?」
 武器を構えたままこてっと首を傾げる少年たちに私は痛む頭を押さえた。
「とりあえず座って話をしましょう。あまり認めたくない現実だけど」
 私は机の上に6Pチーズと買ってきたビールが入った袋を置いて、鞄を部屋の隅に置いて先に座っていた少年の向かいに座った。
「あなたたちもこっちに来なさい」
 他の3人も招き、狭くはあるけど5人で机を囲むこととなった。
 私は出かける前鍵を間違いなく掛けたし、ここはマンションの5階で、子どもがそう簡単に昇れる場所じゃない。
 家族でこの手狭な部屋しかないマンションに住む人は少なく、私の記憶違いでなければこの階にこの年の子どもがいる家はなかったはずだ。
「君たち名前は言えるかしら?」
「鶴町伏木蔵。乱太郎の同級生で、ろ組でーす」
 忍たまと言えば忍たま乱太郎と言うのが正しいタイトルで、その主人公乱太郎は忍術学園の一年は組だったはずだ。
 乱太郎の同級生と言う設定で衣装まで着込んで遊んでいると言うこの年の子にしては高度な遊び方が出来るはずもないだろうから、事実なんだろう。
 服もよく見ればそれなりに草臥れている。
「それ本名?」
 一応確認してみると伏木蔵くんはくすくすと笑った。
「本名ですよ。お姉さんはー?」
「あら、ごめんなさい。私は宮城波留、普通のOLよ。他の子も名前は言える?」
「伏木蔵と同じろ組の初島孫次郎です。このネズミはお姉さんが飼ってるんですよね?名前はなんて言うんですか?」
「ネズミって……まあそう違いはないけど、それはハムスターって言うのよ。名前はチビ。ジャンガリアンのメス。貰った時にはちゃんと小さかったのよ」
「へー」
 生返事ではあるけど、返してくれた孫次郎くんはじっとチビのいるゲージを見つめていた。
 どうやら生き物が好きなようだ。
「えっと……同じくろ組の二ノ坪怪士丸です」
 ベッドの上に座って小説を手にしていた少年はそう言うと、未だちらりと自分の背に隠れて視線をこちらに向けている少年に視線を向けた。
「平太、ちゃんと自己紹介しないと」
「うん……」
 少し顔を出してこちらを見た後、視線を彷徨わせながら少年は口を開いた。
「あ、う……ろ組の下坂部平太ですぅ」
 泣きそうにもじもじそう言った後、平太くんは再び怪士丸くんの背に隠れてしまった。
 極度の人見知りなのかしら?
「本当、不思議な名前」
「僕たちからするとお姉さんの方が不思議な名前ですよ?」
 伏木蔵くんはそう言って首を傾げる。
 時代の差って離れすぎると大きいものね。
 私は平常心を装ってコンビニ袋からビールを取り出すと、プルタブを引っ張ってまずは一気に仰いだ。
「……お姉さん?」
「波留でいいわ」
 350の半分ほどを一気に飲み、缶を机の上に置くと米神を指で軽く揉んだ。
「君らの同級生に"乱太郎"って名前の子、居るのね」
「僕と同じ保健委員の猪名寺乱太郎ならいますよー」
「……保健委員?」
「不運な生徒が選ばれるのが保健委員なんですー。すっごいスリル〜」
「そう、それはとってもスリルね」
 伏木蔵くんの不思議なテンションに思わず頬を引きつらせてしまった。
「波留さんは乱太郎を知ってるんですか?」
「まあ知ってると言えば知ってるんだけど……一方的に少しだけ、かな?名字がいなでら?って言うのは初めて聞いたわ」
「へ〜」
 これはさっきとは違う意味で飲まなきゃやってられないわ。
 私は再びビールを口にして、冷蔵庫から出してきた6Pチーズのケースを開けた。
 中には六つに分かれたチーズが一つ欠けて並んでいた。
「お、ちょうどいい数。食べる?」
「これ、食べられるんですか?」
 まじまじとケースの中身を見つめる伏木蔵に思わずくすりと笑い、1ピース手に取ると、赤いテープ部分を引っ張って中身を出してあげた。
「はいどうぞ」
「ほええ〜……いただきまーす」
「伏木蔵っ」
 平太くんが駄目だよとでもいうように声を掛けるのを無視して伏木蔵くんはチーズに噛り付いた。
「んん……これ、どこかで食べたことある気がする」
「チーズって言って、牛乳―――牛のお乳を固めたもの、かな」
「あー、これ醍醐なんだー。通りで〜」
「醍醐!?」
 怪士丸くんが目を瞬かせチーズに視線を奪われていた。
「伏木蔵、醍醐食べたことあるの!?」
「前に粉もんさんから善法寺先輩が貰ったっておすそ分けしてもらったんだー。でもこれより柔らかかったよ〜?」
 味は似てるかもとちまちま齧って食べる伏木蔵くんが可愛くて思わず頭を撫でた。
 しかし"こなもんさん"と"ぜんぽうじ先輩"って誰だろう。
「あ、三人も食べる?」
 自分の分を開きながら三人の顔を見れば、平太くんだけがいらないと言うように首を横に振っていた。
 私は孫次郎くんと怪士丸くんの分のチーズを開けて二人に手渡した。
 少し悩むそぶりを見せたけど、私と伏木蔵くんが食べる姿を見て恐る恐るぱくりと噛り付いた。
「あ、おいしい……」
「うん、おいしいね。平太はいらないの?」
「……いい」
 どうやら人見知りと言うより警戒しているらしい平太くんに無理をさせてもしょうがないだろうと私は残りの一口を口に放り込んだ。
「とりあえず状況の整理をしていきましょう。まずここは私の部屋。玄関は鍵を掛けていたし、外は五階……結構高さがある。君たちはどうやってここに来たの?」
「僕たちもよくわからないんですけど、多分、穴に落ちたせいだと思います」
「上級生が掘った蛸壺だと思いまーす。いつも落ちるのよりずーっと深くてすっごいスリルでしたー」
 怪士丸くんの推測に伏木蔵くんが感想の補足を入れてくれた。
 どうやら彼らの先輩が掘った穴に落ちたせいでここに来たらしい。よく見ると確かに制服が土で汚れているようにも見える。
 後で掃除しておかないとなあと、床の上に落ちている砂汚れを見つめた。
「穴に落ちて気付いたらここだった、ってことでいいのかな?」
「はい」
「学校にいたの?それとも別の場所?」
「裏裏裏山です。校外実習中だったから日向先生と一緒にいたんですけど、孫次郎が何かに気を取られて足を止めた内に置いて行っちゃって……慌てて戻ろうとしたら伏木蔵が穴に落ちそうになって」
「一番近くに居た平太が助けてくれようとしたんですけど、間に合わなくってー。怪士丸と孫次郎も巻き込んで穴の中にーって感じでした」
「そう」
「そう言えば孫次郎はなんで足止めたの?」
「ウサギが見えたからつい」
「孫次郎、生物委員だからね」
 そう言えばさっき伏木蔵くんが保健委員とか言ってたっけ。
 流石はアニメの世界……委員会とかあるんだ。
「怪士丸くんと平太くんも委員会に入ってるの?」
「僕は図書委員会で平太は用具委員会です」
「ふーん……保健に生物に図書に用具……割と普通なのね。委員会って他にあるの?」
「んーと、学級委員長委員会、作法委員会、会計委員会、体育委員会……です?」
「伏木蔵、火薬委員会が抜けてるよ」
「地味だからつい〜」
「まあ確かに地味かもしれないけど……伊助頑張ってるじゃない」
「あ、伊助が火薬委員なんだー」
「え?」
 怪士丸くんがいまさら?と言うように驚いているのに対し、伏木蔵くんはのんびりとそうかそうかと納得している。
 いすけくんとやらはこの子達のクラスメートか何かだろうか?
 とりあえずなんだろうこの子達、見てて飽きないなあ……
「えっと、話を戻すけど……つまりどうしてここに居たのかはわからないのよね?」
「はい。気が付いたらこの部屋にいて、どこだろうって思ってたら波留さんが帰ってきたんで……」
「そっか……うーん……どうするかなあ……」
 警察に後を任せたところであまり待遇はよくないだろうし、人としてそれはどうなんだと思う。
 忍たまの世界から子どもが四人来たんですけどなんて言ったところで私が病院行きだ。
 こうなれば私がこの子達が元に戻るまで世話をしなくちゃいけないわけだけど……一応仕事もあるのよね。
「さっき自己紹介するときに言ったけど、私OL……お仕事をしてるの。日中は家にいられないけど、それでもよかったら帰れるまでここにいる?」
「え?でもご迷惑じゃ」
「と言うかそれ以外選択肢がなくってさ……私の実家近くないし、こんな時に頼れる友達そんなに多くないしね」
 不安そうな顔をした怪士丸くんの頭を私は撫でた。
「幸い明日は休みだから、ここのこと詳しく教えてあげる。まずはお互いを知りましょう」
「いいん、ですか?」
「良いわよ。子どもは心配せずに大人の世話になっときなさい。とりあえずはお風呂ね。みんな泥だらけだもの」
 とりあえずビールを間違って飲まれないように一気に仰いで、立ち上がる。
「準備するからちょっと待っててね」
 四人の頭を無理やり撫でると、私はダイニングキッチンから続いているお風呂へと歩き出した。
 いつまで居るかはわからないけど、忙しくなりそうだ。
 思わずくすりと笑い、鼻歌を歌いながら私はガスのスイッチを入れ、浴槽の掃除のためにスポンジを握るのだった。



⇒あとがき
 一ろ夢書きたいーと思って悩んだ結論が逆トリップって私の頭は本当湧いてますね!
 上級生の逆トリの定番、苦無を突きつけるは一ろには無理だと思うんです。だって臆病っ子勢揃い。
 一ろ可愛い一ろ大好き一ろ愛してるー!!!
20101019 カズイ
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