◆鉄の乙女
「……テの……バカぁ!!!」
大きな叫び声と共に響く小気味よい音。
「ぐあっ!」
殴られた本人は誰よりも打たれ強いのだが、それすら忘れ少女は走って行った。
「普通、殴るか?グーで」
ひりひりと痛む頬を撫で、男は立ち直る。
男の名を、フォルテという。
* * *
―――チーンッ
泣きながら鼻をかみ、少女が再び話を続けようと顔を上げる。
「でね、フォルテったら、ケイナケイナって……目の前に私がいるのに、ふざけんじゃないわよ。はんっ!」
「……リディア姉さん、頼みますから泣くか、笑うか、愚痴るかどれか一つにしてくれませんか?」
額を押さえながらシャムロックは目の前の姉を見つめた。
年は、道場でも敬愛していたフォルテと同じ28歳。
そのはずだが、年相応の落ち着きを感じさせない行動と異常なまでの童顔で、弟であるシャムロックよりも年下に見える。
それどころか一緒に旅をしているミニスと変わらないのではないか?と時々疑ってしまう。
「無理に決まってるじゃない!」
胸を張ってきっぱりと言うリディアに、再びシャムロックは重く溜息をついた。
どうしてこんなことになったのか、と思うが仕方がない。
先に出会ったのはたしかに姉のほうだが、フォルテが普段からかまっているのは記憶を失っているという同行者のケイナだ。
閉じこもって育った姫よりも、外で一緒に旅をしていたケイナのほうが仲がいいのはわかりきっていたことだ。
「大体ねぇ、いきなり婚約解消しようだなんて、ふざけるにもほどがあるのよ……」
目に一杯涙を溜め、リディアは力一杯机を叩いた。
一応誰が聞いているかわからないので、婚約解消の部分の声は小さい。
机にかすかにヒビが入って見えるのはこの際見なかったことにしようと、シャムロックは目をそらした。
「って、婚約解消!?」
―――ガイーンッ
「声がでかい」
お盆がシャムロックの頭を直撃するが、リディアは何もなかったかのように優雅にお茶を飲んでいる。
「鉄の乙女と呼ばれるリディア姉さんを振るなんて、命知らずな」
「……シャムロック?」
「ごめんなさい」
「別にいいわよ。……元々親同士の決めた結婚だとしても辛いわ」
「どうしてそうなったんですか?」
「わかんないわよ。突然言われて、ついカッとなって即グーで殴ってきたわ」
「……普通、好きな男をグーで殴りますか?」
「私は殴る」
「……でしたね。……で、リディア姉さんはそれで納得したんですか?」
「するわけないじゃない」
唇を尖らせたリディアのその向こう側に見慣れた姿が近寄ってきていた。
口元に人差し指を立て、指示する姿はすこし間抜けだ。
「リディア姉さん、はっきりいったらいいんじゃないですか?」
「なんて?」
「いやなら、いやだって」
「フォルテが嫌がってるのに言っても無駄じゃない」
「嫌がってはいないぞ?」
「へ?……きゃぁぁぁ!」
間抜けな声を発したリディアはくるりと振り返りフォルテの姿を映した瞬間悲鳴を上げた。
そして勢いよく逃げ出そうとした。
「待て、リディア」
「ひぃぃぃ!離せぇぇぇぇ!」
「……あのなぁ、そこまで潔癖なのに無理に俺たちの旅について行きたいなんていうんだよ」
鉄の乙女=潔癖で身持ちの固い箱入りお嬢様。
そんなリディアがフォルテに旅についていきたいと言っていたなどシャムロックは初耳だった。
トリスの護衛獣であるあの可愛らしい少年召喚獣・レシィにですら怯えるくらいなのだから、ローウェン砦がああなる前から居るこのゼラムに居続けるものだと思っていた。
「だ、だって……フォルテが、ケイナケイナって……」
「だから、あいつとはそういうんじゃないっていってるだろう」
「でも〜」
夫婦喧嘩は犬も食わない。
(邪魔者は退散しよう。きっと、すぐにフォルテ様に丸め込まれて終わるんだし)
そう考えたシャムロックはそっと2人の側を離れたのだった。
⇒あとがき
ぐおっ!ウルトラスランプ!!
帰ってきて私の雀並みの文才ー!!(雀に失礼です)
20040105 カズイ
20090713 加筆修正