◆コアラになりたい女の子

「……えっと……小春?」
「コアラになりてぇ」
 僕と同じく、ココとは違う世界からやってきた彼女は突然そう呟いた。
 はっきり言って変だ。

  *  *  *

 彼女の本名は飯島小春。年は僕と同じ17歳。召喚されて一年が経つからもう18か。
 時期は違えど同じ世界から召喚されたもの同士ってことで紹介された。
 誰にって、ミモザとギブソンからだよ。
 なんでも二人の後輩が戦闘中、召喚に失敗して間違って召喚してしまい、そのまま戦いに巻き込まれたように見せかけて自分から敵に突っ込んでいったらしく、今に至る。
 正直、話を聞いたときは引いたよ。
 二人の後輩が召喚したのなら蒼の派閥にいるかと言えば、違う。
 彼女が今居るのここは間違いなくサイジェントのフラット。今の僕の帰るべき家だ。

「小春、これってどうするの?」
「これはこうして、こうすると……ほら、小川に戻るんだよ」
 すいすいと慣れた調子で赤い毛糸の輪を指先を使って器用に絡めていく。
「「「おー!」」」
 子どもたち三人はそれを目を輝かせながら見ている。
 それを横目に、僕は小春が届けてくれたギブソンの本を読み進める。
 それにしても綾取りか……随分懐かしいものを教えてる。
 今ではあんなだけど、幼馴染の少女―――橋本夏美も綾取りをしていた時期がある。
 大体、なにがどうなってあの破天荒な性格になったのか……まぁ、これは彼女の人権のため考えないで置いてやろう。

 この世界に住み始めて二年近くが経ち、サイジェントにある召喚術の関連書は大体読み尽くしてしまった。
 サプレスに関しての知識はクラレットの話やマーン三兄弟に借りる本、それに無色の派閥に残されていた本から情報を得ることは出来た。
 メイトルパに関しても、予想以上にミニスが知っているので、遊びに来たときにはいつも教えてもらったりしている。
 だが、小春が得意とするロレイラルと僕らが元居た世界の文化が似ているシルターンの二つはまだ未解明。正直手探り状態だ。
 後輩がロレイラルの召喚師だと言うことでその本を斡旋してくれているのがギブソンだ。その後輩と言うのがギブソンをとても尊敬しているようで、融通が利いたらしい。
 ちなみに僕はその後輩―――ネスティ・バスクと一度だけ会ったことがある。
 白すぎる肌に濃灰色に近い黒髪はとても映えていて、眼鏡が神秘性を持たせているどこか神経質そうな少年だと思った。
 ……少年と言うのは失礼かな。仮にも僕らより一つ年上なのだから。
 一度しか彼と会ったことがないのは、彼が今現在カスラと言われる現在を浄化するため大樹となっているからだ。
 彼がその路を選んだ理由はなんとなく想像できる。
 きっと守ってあげたいと思えるようになったんだ。妹としてではなく、対等な女性として。小さな肩に宿命を沢山背負った妹弟子のトリスに。
 小春は気付いていなかったようだったけれど、僕と会ったあの時点ですでにネスティはトリスをそう言う対象として見ていたようにも思える。
 ただそれを心のどこかで認められずにいただけで―――

「私、レイドに見せてくる!」
 すくっと突然フィズが立ち上がった。
「あ、俺も!」
 慌ててアルバも立ち上がる。
「わ、わたし、も!」
 二人が部屋を出て行く直前、ラミも慌てて立ち上がり、いつものように両腕一杯の人形を抱え走っていく。
 三人が部屋から居なくなると部屋は急に静まり返り、僕は再び本に視線を戻した。

 そっと僕の背に気配を感じる。どうやら小春は一緒に行かなかったようだ。
 なんとなくこの空気が心地よくて、僕は新しいページを開いた。
 次のページ、また次のページ。確か4ページほどだっただろう、そのくらい進んだところで後ろにあった気配が動いた。
「……えっと、小春?」
 小春の細くて白い腕が僕の腰辺りに背後から巻きつけた。
「コアラになりてぇ」
 ポツリと彼女は突然そう呟いた。
 あまりにも突然のその行動に僕は本の続きを読めなくなってしまっていた。というか、今まで読んでいた内容がすべて飛んでいってしまったようにも感じる。
 はっきり言って変だ。
 いや、彼女のおかしな言動は今に限ったことではない。だから落ち着け、僕。
「私のことは気にしないで、読書を続けて頂戴な」
 気にしないでと言われても……ねぇ?

 僕は本についていた紐を本の間に挟んでから本を閉じると、近くの床へと置いた。
 小春の腕をひとまず解こうと腕に手を伸ばすと、いやいやと子どもがそうするように僕の背中に小春の首が横向きに動くのを感じた。
「……小春」
「や」
 おそらくぷくっと頬を膨らませているであろう小春の表情が簡単に思い浮かぶ。
「そう、僕からの抱擁はいらないんだね」
 くすくすと笑いながらそう言うと小春はすぐさま僕から手を離した。
 振り返って彼女を見れば、小春は両手を広げ、ニコニコと笑顔で僕を待っている。
 うーん……自分で言ったこととはいえ、そのまま抱きしめてしまって良いものか。
「……冗談だよ」
 そう言うとがっかりした表情で再び背中に張り付いて来た。
「ねぇ小春。コアラ……は、まぁおいておくとして。なんで僕に抱きつくのかな?」
「……言わない」
 耳まで赤くしながらそう言うと、小春は口を閉ざした。
 理由は大体わかってるんだけど、ここまで来るとなんとなく小春の口から言わせたいと最近は思っている。
 小春も同じ考えなのか、二人きりになるといつもかまってオーラを僕へと放つ。
 パートナーのクラレットに言わせると、その様は飼い犬とご主人様らしい。
 果たしてクラレットの目には僕らのどちらがリードを持っているように見えるかは、正直わかったものじゃないけれど。

「この本もうしばらくは読み終わりそうに無いんだけど、今日はフラットに泊まっていく?」
「っ、いいの!?」
 そう、この目。
 機体に満ち溢れた真っ直ぐな瞳。
 多分僕が小春を好きなのは、小春が僕をこの目でいつも見てくれているからかもしれない。
 だから今はまだもうすこしこのままで。
 このコアラ状態の小春を構うことにする。
「ゆっくり読むことにするよ」
 くすくすと笑うと、小春の腕の力が増す。
 といってもまったく痛くはないのだけれど。
「ねぇトウヤ」
「何?」
「明日も部屋に来ていい?」
「今晩から来るかい?」
「いいいいいいいです!!」
 更に顔を赤くしながらもその腕は離さない。
 僕も無理には解かない。
 まだもう少し、このまま……



⇒あとがき
 第二回の投票(※)に参加してくださった方への御礼小説でした。
 が、今現在はフリーではありませんのであしからずー。
20041017 カズイ
20070829 加筆修正
※PC本館の企画投票
res

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -