◆バレンタインデー

 Q.貴方にとってバレンタインとは?
 A.世の中の女子たちが競い合うように野郎にチョコレートをあげて告白するという菓子メーカーに踊らされた仰々しい行事。

 私の中ではそう言うイメージなのだが……


「これは?」
「「「「飯島先輩、受け取ってください!!!」」」」
 黄色い悲鳴が入り混じった中でたくさんの女子達が私に可愛くラッピングされた贈り物を突き出している。
 それがバレンタインチョコなのだと言うことはわかる。
 悪いがそこまで鈍い思考回路は持ち合わせていない。
「……私の視力が間違いでなければ君達は女子だ」
「女以外の何者でもないですよ」
「男はチョコを贈らないですよ」
「ああそうだな。贈るなら薔薇か本が妥当……じゃなくて、私も生物学上は女だ」
「知ってます」
「じゃあこれはなんだ」
 世に言う友チョコは友人に渡すからこそ友チョコだ。
 周りを取り囲んでいるのは見知ってはいるが名前までは知らない女子達。
 しかも普通科に限らず音楽科の生徒まで紛れている。
 学科ごとに制服が違うのだから丸わかりだ。
「もしかして梓馬に渡してほしいのか?」
 ふと女子生徒の人気筆頭株でもある幼馴染・柚木梓馬の存在を思い出した。
 一つ年上の梓馬は現在三年生で仮卒中だ。
 海外留学が決まっている梓馬は当然学校にきていない。
 自宅へ行くという考えはファンクラブ辺りに(いろんな意味で)もみ消されるだろうからまずないだろう。
「違います。飯島先輩にです!」
 青いタイをした生徒が私にチョコを押し付けきゃーっと黄色い悲鳴を上げて立ち去っていった。
 他の生徒達も同様に去っていくのを私はただ声を掛けるまもなく見送るしかなかった。

 腕の中のプレゼントの山は一歩間違えば間違いなく崩れ落ちそうなほど不安定だ。
 正直嫌がらせか?とも思う。
「……どうしたものか……」
 困った。
 甘いものは嫌いではないし、別にいい。
 だが一ヵ月後のお返しはまず無理だろう。
 プレゼントにはどれも名前はなさそうだし、さっきの少女達の顔は大体覚えているが、所属クラスまでは流石にわからない。
「……うわ、すごいなぁ。飯島」
 同じ部活の生徒が通りかかったことをとりあえずは幸運に思うことにした。
「なんだ、土浦か」
 土浦とはサッカー部で一緒なのだ。
 ちなみに土浦は選手で、私は当然ながらマネージャーである。
「ちょうどいい、手伝ってくれ」
「おう。……律儀に全部受け取ったんだな」
 俺は全部断ったぜと言う土浦に私はため息を吐いた。
「押し付けられただけだ」
 とりあえず貰ったものはすべて教室に運んだが、その教室もすでにすさまじかった。
 机の上に山のように詰まれた贈り物の数々。
 授業をまともに受けることもままならず、同情した先生たちからは紙袋を渡される始末だった。

 私は嘗て目立った覚えは無いのだが……なぜだ?
 コンクールには参加したが梓馬に伴奏を頼まれて伴奏をちょっとしたくらいだ。
 ピアノのレベルなら再びサッカー部に戻った土浦の方が断然に上だ。
 梓馬の影響か……おこぼれか。どちらも変わらないが、後者はイヤだな。



 増えてしまった荷物を見たキャプテンにも同情され、今日は早々に帰ることとなった。
 電車通学だったため、少し時間を置いて駅へと向かうと、電車は程よくすいていた。
 駅から数分歩いたところで、うちの道場の奥に自分の家と同時に正面の家から出てくる人を見つけた。
「……風邪引くぞ、梓馬」
 薄着で外に出てとこちらに向かってくる梓馬を見ながらため息を吐いた。
 もう内定しているとはいえ一応身分は受験生だろう、お前は。
「すごい荷物だね」
「全部私のだ。梓馬のファンたちは今年のバレンタインは控えるそうだ。変わりに卒業式になにか盛大にする予定らしいがな」
 ちなみに情報元はファンクラブのメンバー(クラスメート)だ。
 どうでもいいのだがしっかり耳に入るのは何故だろうな。
 ちなみに紙袋の数は六つ。普通科の一学年分の女子の総計といったところだろうか。
「よかったな。バレンタインは苦手だろう?」
「あぁ」
 甘いものは隙だが、チョコレートはあまり沢山食べる気になれずいつも大半は捨ててしまう。
 お返しを気軽にして相手にその木があるように見せないことなどの駆け引きはいつもより面倒くさい。
 確か毎年そんなことを言っていた気がする。

「ところで勉強はどうしたんだ」
「息抜き中」
「なら紅茶くらいだそう。……ついでに少し持ってくれ。さすがに疲れた」
「はいはい」
 上品な苦笑を浮かべる梓馬は結局全部持ってくれた。
 こう言うところ打算がなければいい男なんだがなぁ……
 裏の顔も知っている分自分は少々損をしている気がするのは気のせいだろうか。

 梓馬を家の中に招き入れ、そのまま台所へと向かう。
 母は買い物にでも言っているのか姿は無い。
 適当に荷物を置いて私は紅茶を二人分淹れた。
「小春は誰かにあげたのか?」
 その紅茶に口をつけながら、不意に梓馬が言った。
「なにを」
「小春が最近お菓子作りに嵌っているって小母さまから聞いたからな」
「嵌っているだけだ。誰かにやるつもりは毛頭無かった」
「無かったってことはあげたのか」
「サッカー部の部員全員にクッキーだけは置いてきた。後うちの門下生用に母にも預けたな。日頃世話になっているんだ当たり前だろう」
「……ふぅん」
「なんだ、お菓子ほしかったのか?」
 不安そうな梓馬の生返事に私は目を瞬かせた。
「サッカー部は部員が多いからクッキーにしたが、親父殿と兄上用にプチケーキを焼いたんだ。ラッピングしてないやつがあるからいるか?茶菓子にはなるし、もって帰るなら今からでも」
「いらないよ」
 にこっと微笑む梓馬に私は眉間に皺を増やした。
 私と二人の時に外用の笑顔をする時は大体梓馬の考えは読めない。
 そもそも読もうと考える時点で間違いなんだろうがな。
「はい」
 すっと梓馬から差し出されたのは長方形の長いもの。
 プレゼントなのは間違いないだろうが、生憎今日は私の誕生日ではなくただのバレンタインデーだ。
「バレンタインって海外じゃ男性から贈るものだって知ってた?」
「知識としてはな」
「だから、ね」
 にこりと微笑まれてプレゼントを押し付けられた。
「誰かに渡してほしいのか?」
「違うよ。小春にあげたいんだ」
「私に?何故?」
「小春が好きだから」
「……は?」
「そのままの意味だよ」
 私と梓馬は幼馴染であって、そんな雰囲気など今まで微塵も無かったんだぞ。
 私をからかうつもりなのかと構えていると梓馬は机越しに私の唇をさっと掠め取った。
「知ってたか?俺はずっと前からお前のこと好きだったんだぞ」
「っ!?」
 かあっと頬が熱く染まる。
「そろそろ戻るよ。じゃあね」
 立ち去る背中を見つめながら、唇に指を当てて、顔の熱が引くのを静かに待った。

「……どうしろと?」

 残されたプレゼントには梓馬と私の名前が刻まれた指輪を通したペンダント。
 嫌がらせにしては凝りすぎていて、本気にしてはちょっと……恥ずかしいものだった。
 だって梓馬とおそろいだったんだぞ!?


 イメージ変わった年のバレンタインデー。



⇒あとがき
 2004年のバレンタインデー小説を使いまわしの使い回しです。
 一応2008年版アレンジはしました(笑)
 ちなみに初稿はメルマガ用でしたのでもっと短めでした。
20040207 カズイ
20080214 加筆修正
res

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