◆気遣い

「……けほけほ」
 あー喉がイガイガする。
 普段から気をつけてるつもりだったんだけどなぁ。
「風邪か?」
「ん〜、大丈夫だとは思うけど、和樹近づけさせないでね」
「おう!任せろ」
「……兄貴、ものすっごいノリノリに見えるのは私の気のせいかな?」
「気のせい気のせい♪」
 嬉しそうな兄貴に、私は思わず溜息を吐いた。
 このシスコンのレベルの上がり様はあのことの所為だろうけど、今はありがたい。
「小春。これ、お弁当とのど飴。気をつけるんだよ」
 そう言ってお父さんはニコニコとお弁当とのど飴を渡してくれた。
「ありがとう、お父さん。和樹に少しは早起きするように言ってね。じゃ、行ってきます!」
 鞄を持って私は家を飛び出した。

 喉から始まる風邪みたいだし、とりあえずは他の人にうつさないように気をつけておこう。
 電車は早めに空いてる時間に乗るから窮屈したことはない。
 駅を出てまだまばらな生徒の波を歩きながらいつも通りの道を歩く。
「おはよう、火原」
 ふと背中から声が聞こえ、振り返った。
「おはよう、月森君」
 同じコンクール参加者の月森君が私のそばまで近寄る。
 一緒に行こうということだろうか。
「割と早い時間なんだな」
「うん、いつもこの時間なんだ。早起きだからさ」
 あ、まただ。喉がイガイガする。
 んっと少しだけ喉を鳴らしてしまい、月森君の横を歩きながら少し距離を開ける。
「……火原?」
「あー……喉風邪だから風邪うつしちゃ不味いでしょ?コンクール中だから」
「……火原はすごいな。俺はそういう気遣いが苦手だ」
「違うよ。ただの自己満足。人の負担になりたくないの。だからあのときも……あ、ごめん。月森君には関係ない話だよね」
 思わず苦笑する。
 誰にも言うことはできないんだもん。三年前のあのことは……
「別に、無理に聞きたいとは思わないが……その……負担にはならないと思う」
「?」
「確かにコンクールの期間中だから風邪を引いたのは火原、君自身の責任だ。だが君がうつしたからうつされたと言っても、喉風邪ならたいしたことはない。うつったとしてもまだ時期はあるからすぐ治る。……日野や冬海さんは知らないが……」
「女の子より男の子のほうが体力はあるってこと?」
「そんなところだ。というより、俺が言いたかったのはあんまり離れて歩くと……」
 くんっと強い力で私の手を引っ張った。
 強い力で引っ張られただけで、握った手にはできるだけ力を入れてないみたい。
 すぐにして私の横を、自転車が通り過ぎた。
「危ないと言いたかったんだ」
 いきなりのことに思わず抱きしめてしまう形になっていた私を月森君は真っ赤になりながら離した。
 赤い顔を隠すように少し横を向いて、再び歩き出した月森君を慌てて追いかける。
「あの、ありがとう」
「……いや」
 真っ赤になる月森君がなぜかうれしくて思わずくすくすと笑うと、月森君はさらに耳まで赤くなっていた。



⇒あとがき
 ……似非月森
 むやみやたらに火原っちと兄弟。『同族嫌悪』と同じ設定?
20031030 カズイ
20090713 加筆修正
res

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