◆同族嫌悪

 柚木梓馬という人はどこか普通の人とは違うような気がする。
 和樹は親友だって言ってるけど、少し考えてしまう。
 分け隔てなく誰にでも優しいけれど、完璧すぎて怖い。
 昔の私のように敵を作りたがる臆病な人間とは違うけれど、どこか違う。
「そんなにいじめてほしいのか?小春」
 初めて彼のこんなもうひとつの側面を知ったとき、裏切られたと思った。
 なんていうか、私じゃなくて他の人が。
 香穂子はこんな彼を知ってるんだろうか。
 ……いや、多分知らないだろうな。
 最近気づいたけど香穂子は根っからの親父趣味っぽくて、金やんしか目に入ってない。
 それに、柚木先輩とは公言して回るほど仲良くないみたいだし。
「……別に、そういうつもりじゃないですけど」
 押し問答。
 いじめと呼び出しって言葉がある種のトラウマの私にとって、彼は一緒に居るとストレスが溜まる人。
 コンクール参加者の中で本当は一番近づきたくなかった。
 そんな私の気持ちなんか彼は知らない。
 和樹にも口止めしてるから絶対に言ってないはずだ。
 それに私の方が本当は年上だってことも、彼はまだ気づいていない。
 ただ会話するのもどうかと思い、リードを口に加えた。
「無視する気?」
 ため息をついてリードから口を離した。
「……話をするというなら聞きますけど、練習したらどうですか?柚木先輩!」
 べーっと子供のように舌を出し、再びリードを口にくわえた。
 虚をつかれたらしい彼は黙り込んだ。
 私は彼にちらっと視線を送ってエンターテナーを吹き始めた。
 兄弟って言うのもあって割りと選ぶ曲が和樹と被るってしまう。
 同じ火原だからといっても、周りはすぐに兄弟だとかは考えないみたい。
 フェミニストの和樹と四六時中いたら疲れるし、女子生徒の嫉妬が一斉に向かってきそうで怖い。
 和樹もそれがわかってるから距離を置いてくれている。
 その分家で甘えたり泣いたり、我が弟ながら感情豊かな奴だ。
 ピアノ伴奏をしてくれてる須賀川くんは一応和樹の紹介だしってことで兄弟ってことは話してるけど、私の方がお姉さんだとは言ってない。
「……むかつく」
 一通り通したところで、彼はそう呟いた。
 リードから口を離すと同時に眉を寄せた彼は詰まらなさそうにしていたが、何かを思いついたように突然普段の猫かぶりに戻った。
「なんですか?」
「別に、何もないけど?」
 くすくすと笑いながら彼は私に近づいてくる。
 反射的に後ろに逃げる。
「なんで逃げるのかな?火原さん」
「……何を企んでるんですか?」
 そういうとさらに楽しそうに私の顔を無理やり上げさせた。
 次の瞬間、私は思わず目を見開いた。
 楽器を持っているから強く抵抗できないけれど、彼は私の唇に自分の唇を重ねている。
 つまりキスをしていたと言うわけ。
「……んっ……」
 自分の声じゃない、鼻から抜けるような声に自分で驚いた。
 次第に深くなり口内に舌が侵入している。
 抵抗したいけど、どんどん力が抜けていくようで、彼が支えてくれなければよろめきそうだ。
 ようやく開放された私は楽器をかばいながらへたりとその場に座り込んだ。
 不覚だわ。立てない……
「……したに……」
「何か言った?」
「別に、何も言ってません」
 誤魔化しつつ、考える。
 私が彼を苦手と意識するのは、多分近い存在だからなのかもしれない。
 本当の自分を隠す。
 ……私と違って、まだだれも本性を知らない彼。
「……演技、ね」
「だから何なんだよ」
「……今は内緒です」
「なんだ?小春、またしてほしいのか?」
「遠慮します」
 理由がわかると自然と笑みがこぼれた。
 彼に抱いてたのはおそらく同族嫌悪と言う奴だと言うことに気がついたから。
 そして彼がからかう相手が自分だという嬉しさ。
 端から狂っているのだから、これ以上狂いはしないだろう。
 私は青い空を見上げた。
 演技ではない笑顔で。



⇒あとがき
 ススメというこそこそ書いて遊んだ連載の番外みたいなやつです。
 本編は逆ハのような変な話で、あくまで自己満足中です。
 柚木も書きたくなったから。そんな理由で書きました。
 掲載するころにはネタバレ解禁かな……
20031026 カズイ
20090713 加筆修正
res

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