◆そして修羅が舞い降りた

 無性に泣きたくなった。
 特に何かあるわけでもないただの作戦会議の真っ最中。
 内側から襲うそれに、思わず仮面の口元を押さえた。
「ゼロ?」
 それでようやく俺のの異変に気づいた幹部たちはゼロに一斉に視線を向ける。

 席の数も座っている人も数が足りないなんてことがないその席で俺は立ち上がった。
 嘘だと正直思った。
 誰一人欠けていないはずなんてない。
 なのに欠けている。
「―――飯島春哉」
 震える声が一人の名を紡ぐ。
 この場に居るはずのない少年の名を―――
「……ゼロ?」
 近くにいたカレンが私の言葉を掬い取ったのか、首を傾げて不思議そうに立ち上がった俺を見上げる。

「呼びましたか?ルルーシュ」

 くるりと振り返り、柔らかく微笑む。
 飯島春哉。
 忘れはしないと誓ったはずの少年の名前。
 でも忘れてしまっていた彼の名前。
「ゼロ、どうかしたんですか!?」
「会議中に転寝してたのかよてめぇ」
「ちょっと玉城!ゼロがそんなことするわけないでしょ!」
「第一さっきまで普通に返事返してたしねー。で、結局どうかしたの?ゼロ」
「少し思い出したことがあってな。悪いが会議は一時中断だ」
「だが話が中途半端になるぜ?」
「とてもじゃないが、これ以上は話せる気分じゃない」
 普段なら上手く出てくる言い訳も、出てきやしない。

  *  *  *

 飯島春哉は俺―――ルルーシュ・ランペルージにとってただのクラスメートだった。
 名誉ブリタニア人の癖に周りによく溶け込んで、馬鹿をやってはクラスに溶け込んでいた。
 ハーフなのか元々外見では一瞬どちらなのか分からないのも功を奏していたのかもしれない。
 だけど彼は俺と同じように周りに嘘をついていた。

 あれは忘れもしない、シャーリーの父親の葬式の日。
 寮生ではなかった彼はその日の葬儀に顔を出した後、ぷつりと学校に来なくなった。
 そこで俺は彼が俺と同じように周りに距離を置いていたのかと気づいた。
 いや、気づいたと言うのは違ったな。思いこんでいたんだ。

 黒の騎士団にいつの間にか入団していたあいつは器用に幹部の近くまでやってきて、俺の目に留まる場所まで来た。
 ゼロの親衛隊、零番隊の副隊長。
 変装も何もしてないくせにカレンは何故か春哉に気づかなかった。
 得も知れぬ不安に駆られ、確かめる術もないまま―――気づけば俺も春哉を忘れていた。

「まぁ、所詮自己満足ですけどね」

 日本人の癖に俺よりもがっしりした体格で、俺の髪をくしゃりと撫ぜる。
 人を殺すのもKMFに乗るのも本当は怖いくせに俺を守りたいからと戦場へ行く。
 思えばあいつは変な奴だった。

「僕はね、ルルーシュの支えになってあげたいんですよ」

 甘い言葉で俺を包んで、あいつは俺を抱いた。
 男同士なのに、一つ一つ丁寧に壊れものか何かを扱うような動作で。
 甘やかされていたと言う自覚はある。
 それでも温もりを知ってしまった俺はすべてが怖くなった。

「ごめん、ルルーシュ―――俺の所為だ」

 結局、あいつは嘘を吐いていた上に、記憶を消した。
 学園でも、騎士団でも、俺の前でも。
 思い出した今、憤りで腹の底から怒りが湧いてくる。

「なんだルルーシュ。早かったな」
「―――ゼロだ」
「この部屋には誰もいないのだから構わないだろう」
 ソファの上で黄色いぬいぐるみを抱え、C.C.は鼻で笑った。
 春哉が使った力。
 記憶を消すなんて芸当、俺の知る限り方法は一つだ。
 それは俺がこいつに与えられたものと同じギアスだ。
「C.C.、お前は知っているな」
「何の話だ。大体会議は長くかかると言ってたんじゃなかったのか?突然戻ってきて」
「飯島春哉のことだ!忘れたとは言わせないぞ!!」
 入ってきた扉を握った拳で打つ。
 C.C.を仮面越しに睨むように見れば、C.C.は目を盛大に見開いていた。
「……思い出したのか?あいつのことを」
「何故春哉にギアスを渡した!」
「違う。私は春哉にギアスを与えていない」
「じゃあ何故春哉はギアスを使えた!どうして学園の皆や俺や黒の騎士団の誰も覚えていないんだ!いないことが当たり前すぎるっ」
「確かにあいつが有していた力はギアスだが、私は与えていない。あいつははじめから持っていたんだ」
「はじめから、だと?」
「そうだ。あいつは―――」

「ゼロ!!」

 C.C.の声を遮るようにドンドンッと扉が強く叩かれる。
 声の主はカレンだ。
「どうした」
 扉を開ければ、切羽詰まった顔のカレンがいた。
「大変なんです!ブリタニア皇帝がっ」
「皇帝が?」
 カレンはゼロの部屋の中にあるテレビを見つけると、電源を入れた。
 LIVEと左下に書かれた映像はブリタニアの皇帝の椅子だった。
 その椅子に居るはずの男の姿はない。
 代わりにいるのは椅子の前に立つ、血まみれの刀を持った少年。
 足元にはいくつかの躯が転がっていた。
「っ」
 思わず引きつったような声を出しそうになったが、どうにか堪えた。
『はは……ははは……ははははは!』
 壊れたように笑う少年は、ブリタニア人のようでもあるし、日本人のようでもあった。
 向かってきたラウンズを躊躇なく斬り伏せる。
 なんとも残虐なLIVE映像だ。
 切ってしまえと思うのに映像は途切れる事はない。
「……やはりあいつは未来も過去も知っていたのか」
「どういうことだC.C.」
「私が知るか。―――ただ、あいつはよく言っていた。お前に優しい世界を与えたいと」

 "そのためなら修羅の道さえも厭わない"

「……馬鹿か、あいつは」
「違うな。あれは大馬鹿と言うんだ」

 画面の向こう、狂気に笑む赤い修羅。
 凶弾に倒れても起き上がる―――彼の"拒絶"の力。
 嘗て生きていた世界を拒絶させ、友や恋人の記憶を拒絶させ、死すら拒絶させる。
 そんな死ねなくなった修羅の双眸は赤く、よく見れば二対の鳥が飛んでいた。

「行くのか?」
「行くさ。あの大馬鹿は一度灸を据えるべきだろう?」
「そうだな」
 くくっとC.C.は笑った。
 LIVE映像はようやく途切れ、混乱が世界を襲った。
 僅かな瞬間も逃さぬよう畳みかけ、そして春哉に会おう。
 誰もそんなこと望んでないのだと頬をひっぱたいてやらねば気がすまない。

 そしてここにも修羅が舞い降りていることなど、春哉は知る由もないだろう。



⇒あとがき
 えっと、なんでこんな話になったんだっけ(;´д`)
 書き始めた時は女主だったんですけど、途中からこう二転三転した上に空中三回転半ひねり入っちゃった感じ?
 ……どんなだよって感じですね。
 とりあえず男主は再会したルルちゃんに頬をひっぱたかれた挙句にゼロの命令を受けたカレンにフルボッコされると思われます。

 それで、この男主は何者だい?(シュナ様風)←おい執筆者!!
20080909 カズイ
res

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