◆君臨者

 それは、数百年ぶりの旅禍の出現により"戦時特令"が出た日の出来事だった。

「うー……やーっと終わったぁ」
 筆を置き、私はぐっと背を伸ばした。

 私は五番隊第三席、副隊長補佐の飯島小春。
 入隊してすぐに入れられたのは十一番隊だったんだけど、あそこ男ばっかだし戦闘大好きだしってことで私の肌に合わなくて、すぐに人事異動をお願いした。
 そしたら五番隊に入れられて、頑張って頑張って、気がつくと第三席まで上り詰めていた。
 上位席官になれたことは嬉しいんだけど、なんだか微妙な感じ。
 というのも、私よりも何期も下の後輩雛森桃があっさりとトントン拍子で今の五番隊副隊長だもん。
 こつこつ頑張ってきた私ってなんだったの?って感じ。
 やっぱり才能ってあるんだなぁ。
 たった一つの差なのに……それはあまりにも大きい。

「部屋に戻ろう。いつまでもここに居た藍染隊長に怒られちゃうよね」
 私は首を横に振って筆を片付けた。
 灯りを消し、外へ出る。
 少し風が強いけど、物凄く静か。
 旅禍がいるとは思えないくらい……。
 嵐の前の静けさって奴かな。
「でも、それじゃぁなんかあるみたいだよね」
 思わず苦笑を浮かべながら、私は隊舎の方に向かって歩く。

「おや?」

「!?」
―――ビクッ
 思わず反応してしまうのは、もう中間管理職の定めって言うか……。
「あ、藍染隊長!?」
「静かに。皆寝ている時間だよ」
 苦笑を浮かべる藍染隊長に、私は慌てて両手で口を塞いだ。

 あれ?
 いつもなら隊長はもう部屋で休んでいるはずの時間なのに……

「飯島くんはどうしてこんな時間に?」
「えっと……眠れなくて」
「嘘は駄目だよ」
「嘘じゃ……」
「それだったらどうして隊服のままなのかな?」
「うっ」
 服装でバレルか、流石に。
 がくっと私は項垂れ、怒られる覚悟を決めた。
―――ぽすん
 頭に大きな手のひらが乗っかった。
「早く部屋に戻りなさい」
「藍染隊長はどうされるんですか?」
 思わずそう聞き返した。
 なんだか聞かなきゃいけない気がした。
「私は用事があるからね」
 改めて藍染隊長を見てみれば、死覇装に五番隊隊長の証である白い羽織を羽織っていた。
「私は駄目で藍染隊長はいいんですか?雛森副隊長泣きますよ?」
 あんなに純粋な子を泣かしちゃ可哀想ですよ。
 私はからかいを交えてそう言った。

「泣くだろうね」

 くすり、と藍染隊長が笑った。
 それは僅かな歪みを孕んでいるようだった。
「……藍染……隊長?」
 何時もの笑顔。
 だけどなんで?
 目が……



 笑ってない。



 嫌な予感に、思わず一歩後ろに下がった。
 多分、本能的な動き。
「小春は悪い子だね」
「あ……っ」
 圧倒的な霊圧に中てられた訳ではない。
 だけど、
「おいで」
 これは毒。
 とても甘美な、けれど毒。
「は、い」
 わかっていても、飲まずには居られない毒。

 私は不安に駆られながらも、操られるように藍染隊長の後ろを歩いた。





 辿り着いたのは東大聖壁の前。
 そこには今は三番隊の隊長を務めている市丸隊長がいた。

「……あれぇ?」
 市丸隊長は私の姿を認めると首を傾げた。
「小春やないの」
 馴れ馴れしい呼び方。
 でもそれは昔同僚だったから。
 上司となってからは言い直してといえなくてずっとそのままだった。
 久しぶりに聞く。
「藍染隊長、なんで小春つれて来たんですか?計画になかったやないですか」
「気が変わったんだよ。ほんの少しね」
 会話の意味がわからない。
「まぁ、ええですけどね」

 あれ?
 藍染隊長の手に、藍染隊長が見える。
 幻覚でも見てるのかな。
 目を擦ってもう一度見た。
 だけどそれは幻覚などではなかった。

「飯島」

 藍染隊長がいつもの笑顔で私を呼んだ。
 私はそのことに僅かにほっとして、少し気を緩ませてしまっていた。
「借りるよ」
「あ」
 藍染隊長は私の腰に差していた斬魄刀を引き抜いた。
「擬装の方は任せたぞ、ギン」
「はい、藍染隊長
 藍染隊長は、もう一人の藍染隊長を置き去りにし、私の斬魄刀を市丸隊長に渡した。
「君はこっちだ」
「藍、染、隊長……どうして……」
 腕を無理矢理引っ張られ、口を押さえられた。
「んん」
「今すぐ静かにさせられたい?」

 殺される。

 言い表しきれないほどの恐怖に、私は瞠目した。
 咄嗟に藍染隊長の服を掴み、首を横に振った。
 死にたくない。
 死ぬとき苦しかった。
 だからもう死ぬのなんてイヤ。
「静かにしていられる?」
 今度は縦に首を動かした。

 努力人間の私が逆らえるはずなんてなかった。
 逆らうには私はあまりにも半端なこの生に執着していた。



 泣いたって時が戻るわけじゃない。
 って言うか、涙なんて当の昔に枯れ果てた。
 あの時も、今も、昔も。
 私は藍染惣右介と言う男から逃れられることなんて出来なかった。
 敬愛していたあの頃の藍染惣右介がいなくとも、私は彼に染められた。
 これから先、それは変わらないだろう。
 いや、変えることなんて出来ないだろう。
「行くぞ、小春」
「……はい、藍染さま」
 愛すことは許されない。
 私はただ、隷属し続けなくてはいけないのだ。
 あの日……気づいてしまったあの日から、この君臨者に―――



⇒あとがき
 いや、ぶっちゃけ何がしたかったのか自分でもわかりません。
 とりあえず短編書こうって思って、檜佐木夢書こうって思って、なぜかこうなった。
 ……って、修兵くんでてないよ!?
20050827 カズイ
20070509 加筆修正
res

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