◆メサイヤの娘

 貴方の傍に居る人は貴方のスベテを知っていますか?
 貴方は貴方の傍に居る人のスベテを知っていますか?

 答えは当然Noだ。

  *  *  *

「飯島さーん」
 店長に声を掛けられて、私は時計を見る。
 ああ、もうこんな時間だ。
「お疲れ様。ごめんなさいね、藤丸さんが急に病欠になったからって」
「いえ。それよりもこれ学校には……」
「勿論内緒よ。だからお給料もこっそりね」
 ウィンクする店長にくすっと笑い、私は奥へと入って行った。
 私の学校はある一定の条件をクリアすればバイトをすることができる。
 ただし、時間制限がある。
 今日はその時間を三十分ばかりオーバーしているのだ。
 でも急な病欠だから仕方が無い。
 私はタイムカードを押して、ピンチヒッターで慌ててきたらしい男性従業員にすれ違いざまに挨拶を交わしつつ私はロッカールームに入った。
 ロッカールームは男女共有だけど、着替え用の仕切りが二つあって、私はそこに制服を持って入った。
 紺色のベーシックなセーラー服だけど、リボンは無くて、変わりに二列ボタンを留める場所があって、ちょっと複雑な形に一見見える。
 だけど実際留めるのは片側だけで着替えるのは簡単だ。
 同色のスカートをはいて、ジーンズを脱いだ。
 ロッカーにバイト用の服を片付け、靴を運動靴から学校指定の革靴に履き返る。
 鏡で前髪を整えて、鞄を肩にかけてすぐにロッカールームを出た。
 裏口から出て、空を見上げる。
 ふわりとした月明かり。
 家に帰るのは億劫だ。

「……綺麗」

 静寂の闇。
 世界を放棄できたらどんなに楽だろう。
 無理だけど。
 自嘲しながら、私は歩き出した。
 私の居場所ではない飯島の家に。

 私はいわゆる貰われっ子って言う奴だ。
 11の時に貰われたのだから、当然両親がまったく血の繋がらない人だということはわかっている。
 大事にしようとしてくれていることも。
 だけど、私にはあの家はとても居心地が悪かった。
 学校も、バイト先も。
 どこも私の本当の居場所じゃない気がしてならない。

 思い出すのは辺り一杯の向日葵と、差し伸べられる真っ白な子どもの手。

 君は誰?
 どうして私に手を差し伸べるの?
 そして―――そこは何処?

―――プップー!!!

 大きなクラクションの音にハッと顔を上げた。
 視界に入ったのは、強い光。


 ア ノ 日 ノ 光 ト 同 ジ 光 ! ?


  *  *  *

「……っ」
 どうやら意識が飛んでしまっていたようだ。
 重たい瞼をゆっくりと開き、世界を視野に入れる。

 目に入ったのは戸惑った表情の銀髪の青年。
 吸い込まれそうなアイスブルーが光を背に受けている所為で影を作っている。
 太陽の当たる場所で見たらきっと綺麗だろう。

「ほら見ろ。お姫様のお目覚めには王子様のキスだろう?」
 その声に、色の白い頬が瞬時に朱に染まった。
 声の主は誰だと首を動かすと、そこには老人のようではあるけれど美しい白髪を揺らす男の人が居た。
 年はきっと30は越えてると思うけど、若作りなのか、本当に若いのかは判断しかねる。
 くつくつと笑う姿は上品で、位の高さを思わせる。
「っ……ふざけないで下さいアルバス!」
 銀髪の青年が怒鳴った。
「突き飛ばしたのは貴方でしょうが!」

 状況を軽く整理すると、とりあえず白髪のアルバスさんとやらが銀髪の青年を突き飛ばしたようだ。
 そしてその拍子に私にキスをしたと。
 ……あのさ、怒るべきは私でない?

「いい年をして君も純だねぇ」
「あなたは年の割りに落ち着きがないですね!」
 嫌味ったらしい反論を聞きながら、私は欠伸を一つした。
 どうにも眠い。
 けど眠るわけにはいかない。
「おやおや、お姫さまはまだ眠たいようだね」
「生憎お姫様になった覚えはありませんが?」
 ゆっくりと起き上がり、二人を見据える。
 二人の服装は少々奇妙だった。
 ルルーシュさんとやらは黒いハイネックに黒のズボン。その上から白衣を着ている。
 銀髪の青年は一瞬コスプレを髣髴とさせる何処のともわからない軍服のような服を着ていた。
「そうかい?だったら砕けた言葉で話そうか」
 楽しそうに、アルバスさんとやらは私に歩み寄った。
 白衣のポケットから小さなペンライトのようなものを出すと、私の頬に手を添えた。
 診断かなにかだろうと大人しくしていると、案の定目の下の肉を少し下向きに引っ張られ光が当てられる。
「気分はどうかな?」
「正常と言えばよろしいですか?」
「なら良かった」
 もう片方も見た後、アルバスさんとやらはペンライトを仕舞った。
「私の名はアルバス・グランノース。あっちはレイド・シュルティエ。私の幼馴染だ」
「レイドです。先ほどのは事故ですから忘れてください」
 優しく微笑む姿はきっと世の女性の8割は一発で落ちるであろうほど美しかった。
 ちなみに私は8割の側。
 成人男性の癖に可愛いすぎでしょ、この人。
「私は飯島小春です。あの……お国はどこですか?」
 随分と流暢な日本語を話しているようですけど。
 私は素直にそう聞いた。
 すると、アルバスさんは表情を笑顔のまま変えなかったけど、レイドさんが目を一杯に見開いた。
「あの……」
「ああ、すまないね。少々思考が止まってしまったよ」
 笑顔のままですかい。
「ここはエリア11と言って、神聖ブリタニア帝国の属領だ」
「はぁ」
 属領だなんて、えらい物騒な。
 って言うかブリタニアなんて国あったっけ?
「日本という国はブリタニアに負けて属領になった。もう7年前のことなんだよ」
「え?そんな……だって私、ついさっきまで日本の女子高生で……バイトの帰りで……トラックに……?」
 あれ?
 可笑しい。
 トラックが私を跳ねる前に何があった?
 強い光に目を閉じて、気がついたらここにいた。
 なんて非現実。
 気がついたら異世界でしたなんて漫画の世界よ?
 現実に起こるはずなんて―――

「ななねん、まえ?」



辺り一面の向日葵

差し伸べられた白い手

黒髪の少年

強い閃光




「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 頭が痛い!
 壊れてしまいそう。
 狂ってしまいそう。
 私は頭を抑え、ベッドに倒れこんだ。
「おい、君!?」
 呼吸が出来なくて、苦しくて、私は何かを強く掴んだ。
 柔らかな感触。
 何かなんてわからない。
 ただ縋りたかった。
「っ」
 爪が食い込む。
 血が―――
「落ち着いて、ゆっくり息をして!」
「か、はっ……ひゅ……っ」
 だめ。
 出来ない。
 首を強く振ると、唇に柔らかい何かが触れる。
「アルバス!?」
 噛み付くように触れて、無理矢理息を吹き込まれる。
 苦しさが少し和らいで、身体の力が抜けた。
 少しずつ、息が出来るようになって、全身の力が抜けた。
「すまなかった、医者として身体が動いてしまった。許して欲しい」
 優しく、唇を拭う大きな手。
 貴方が謝る必要なんて無い。
「……め、なさ……」
 ひゅっと息が抜けながらも、謝った。
 私が強く握っていたのはアルバスさんの左手だった。
 後がつく位赤くなった上に、爪が食いこんだことで血が流れている。
「こんなものは治療すればすぐに直るさ」
「ご……な、さ」
 傷に手を伸ばそうとしたけど、力が入らない。
「もう謝らなくていいから、もう少しお休み」
 大きな手が、視界を覆う。
 暗闇が怖い。
 訳の分からない何かが怖い。
「っ」
「ああ、すまない」
 ぱっと手が離れ、息を吐き出す。
 私の身体に布団を掛けなおし、額に優しく唇を落とす。
「お休み、小春」
 酷く安らぐ声と、襲いくる睡魔に私は目を閉じた。

  *  *  *

 名を呼ばれたために生まれた安堵に少女は安心したように微笑み、ゆっくりと目を閉じた。
 柔らかな黒髪も、さっきまで怯えていた瞳も、全てイレブン―――日本人特有のものだ。
 日本人にしては肌の色は白いけれど、それでも彼女は私と違う。

 小春と名乗ったこの少女はこの屋敷の庭で倒れていた。
 発見したのは、この屋敷の主である私だ。
 様子を見に来たというレイドに屋敷の中にある研究室を追い出され、庭を散歩していたお陰で見つけたのだ。
 一見してすぐに彼女がイレブンだということがわかったが、生憎私はイレブンだとかそう言うことで邪険に扱うことはしない。
 現に私が作った病院には名誉ブリタニア人の医師や看護婦も少なくない。

 お陰で純血派には睨まれているが、大した事ではない。
 どうせブリタニアでの私は奇人扱いだ。
 ちなみに友人のロイド・アスプルンドは変人扱い。
 いや、実に小気味いい響きだよ。奇人と変人の友人なんて。

「珍しいな」
「ん?」
「アルバスがそこまで人に優しくするの」
「ああ……そうかもしれない」
 何しろこの20年間優しくする相手が居なかったのだから。
 優しくしている自覚すらなかったよ。
 こんな風に優しく髪を梳いていると言うのに。
 嗚呼、やっぱり私はやっぱりあの日に壊れてしまったようだ。
「レイド、この子はここを日本と言った。それなのに私たちがブリタニア人だとわからず、ブリタニアと言う言葉にも反応をしなかった」
 軍人のレイド、お前ならば気づいただろう。
 この少女の矛盾に。
「生憎と私の専門分野かは怪しいから、二つの推測をどちらかとも断定することが出来ない。彼女は7年間の記憶を失っているという説。この場合何故ブリタニア人を知らなかったのかという疑問が残る」
 そして、もう一つ。
「彼女は別世界の人間であるという説」
「まさか」
「でもしっくり来る。……大体、ブリタニア人であっても誰が好き好んでこのグランノース家の屋敷に近付きたがると言うんだい?」
「あ、それもそうか」
 レイドはぽんと手を叩き、納得したようだ。
「……あっさりと納得されるのもなんだかねぇ」
 苦笑を浮かべ、もう一度彼女の髪を梳く。
 ゲットーの人間がこんな風に髪を綺麗に整えられるわけが無い。
 服だってこんな小奇麗で、どこの所属かわからないものを着れるはずが無い。
 彼女が名誉ブリタニア人で無い限り。

「君は何者なんだろうね」

 君のことがもっと知りたい。



 皇歴2017年。
 世界は終わらない殺し合いを続けている。
 何も変わらない世界が、もうすぐ変わろうとしていた。

 皮肉な運命の糸が今、複雑に絡み合う。
 エリア11と呼ばれる大地で。



⇒あとがき
 キャラはなんか影だけ出てますね。うふふふふ。
 アルバスは初期ルルーシュのちょっと年とったかもな感じです。
 そして記憶は本物のルルーシュ。
 夢主はアルバスの家を拠点にルルーシュの反逆のお手伝いをすればいいのさ。
 ま、でも結局これ以上書くの面倒で放置してたもの引っ張り出しただけですけどね(^p^)
20070423 カズイ
20090325 加筆修正
res

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