◆ウェヌスの雷

 空はどんよりと曇り、今にも雨が降りそうだった。
 いつ降るか分からない空を時折見ていたが、まさか帰りの間際になってこんな土砂降りになるとは思っても見なかった。
 大きめの緑色のストライプの傘が強い雨の所為でバシバシと音を立て、何時もなら張りのある姿を撓らせた。
「うへぇ」
 思わず顔をしかめながらも濡れて困るものだけビニールに包んで突っ込んだ雨に濡れたらきっと悲惨な状況になる校則違反の青いバックを掛け直した。
 足取りは早いようで、ゆっくり慎重に。
 じゃないと履きなれたスニーカーだけじゃなく、靴下までぐちゃぐちゃの気持ち悪い状況になってしまう。
 大きく出来た水溜りを避けながら人気の少ない小道を進む。
 入り組んだ場所にある我が家へ向かう近道は一応学校側からは危ないから通るなと指定されているし、大好きなお父さんにも心配だからと普段は通らないのだけれど、こんな雨の日くらいは無視だ。
 低く唸るような音に雷の訪れを感じながら、私は一度足を止めて遠くの空を見上げた。
 次の瞬間、眩しさを覚えるほどの強い稲光が走った。
「1、2、3……」
 小さく数を呟き雷鳴を待つ。
 今の光具合、もしかしたら近いか、大きいのかもしれない。
 だが10を数え終わっても20を数え終わっても雷鳴は響き渡らなかった。
「……つまんなーい」
 私は再び足元を見つめ、そして固まった。
 数メートル離れた場所に人が浮いていた。
 生きているか死んでいるか分からないが、ぐったりとした様子なのは間違いない。
 目の錯覚か!?と目をごしごしと擦る。
 その間に水が弾ける音と人が地面に落ちる音がした。
「うっ……」
 小さなうめき声、私は崩れ落ちた人に歩み寄った。
 ぴったりとした青と灰色のスーツ。
 深い緑を思わせる髪色。
 顔には目と鼻と口が……じゃなくて、眼鏡と右目に額から頬にかけての細長い傷痕。
「……朝比奈省吾?」
 いや、見覚えあるんだけど……どんな夢を見ているんだ私。
 首を傾げ、思わず頬を抓る。
 やはりそこに痛みはあって、夢であるはずがなかった。
 手を伸ばしてみると雨によって少しひやりとしたが、彼の頬は暖かかった。
「えーっと……とりあえずここはお持ち帰りすべきかな?」
 鞄の中をもう一度確認して、私は傘を閉じた。
 冷たい雨に打たれるのは寒いではなく痛かったが、朝比奈らしき人間の腕を持ち上げ、自分の体よりも大きな身体を背中に背負った。
 意識のない人間はやはり重くて、先日授業で習った老人を運ぶ時のコツを思い出しながら背中に背負ってみた。
 だが残念ながら、やはり重い。
「バレーの支柱にくらべたら軽いって」
 そう自分に言い聞かせ、制服が濡れるのも、髪が雨に晒されるのも、スニーカーが靴下までぐちゃぐちゃになるのも全部諦めて私は家へと急いだ。

  *  *  *

「だーこらしょ」
 ごろんと玄関先の床に男を転がし、私は靴と靴下を脱いで、スカートの水気を絞って落とした後、すぐに脱衣場へと急いだ。
 髪の水気を絞り、制服を軽く拭いた後、バスタオルを抱えて男の身体を拭く。
 とは言ってもパイスーはやはり水を弾くようで、主に必要なのは顔とか髪だろう。
「……っ……?」
 彼の眼が不意にゆっくりと開く。
 夢見心地な、とろんとした視線。
「おはよう」
 そう声を掛けると、彼は眼を一杯に見開いて飛び起きた。
 空手……ああ、いやいや柔道か?とにかく構えを見せた彼に私は思わずカラカラと笑った。
 なんだかその姿が滑稽だったから。
「目が覚めてくれたら後は楽だね。パイスーがいくら撥水製でも水被ってないわけないもん」
 はいっとバスタオルを彼に渡した。
「私は飯島小春。お兄さんは朝比奈省吾であってる?」
「……君は、何者かな?」
 バスタオルに不思議な顔をしたかと思ったら、自分の名前をいい当てられて驚いたのか、いきなり玄関先の床に叩きつけられ、どこに隠していたのかよくわからないナイフっぽいのを首筋に当てられた。
「痛いんだけど」
「質問してるんだけど」
 無駄な押し問答をする暇が惜しい。
 あっさりとそう判断を下し、私はうーんと唸る。
「そうだねぇ……言うなれば、傍観者……かな?」
「傍観者?」
「そう……私は無力」
 思わず目を伏せる。
「私に文章能力がないばっかりに自分の力では藤堂さんとルルちゃんをくっつけられないと言う無力な存在なのよっ!!だから藤ルルサイトを片っぱしから巡るしか私には出来ないのよっ。って言うか藤ルルまだまだ少なすぎだこんちくしょー!!!」
「……………………………は?」
 たっぷり間を取って、朝比奈氏は間抜け面を晒した。
「なんで突然藤堂さんの名前が出てきて……って言うかルルちゃんって誰?それに意味がわからないんだけど」
「ちぇー、この朝比奈普通すぎ。ツマンネ〜」
「何か言った?」
「……イエ。ナンデモアリマセンコトヨ?」
 唇を尖らせると、朝比奈がひと文字ごと区切るように言いながら私の頭をぐりぐりと床に擦りつけた。
 私マゾの気ないんでやめてください。
 普通に痛いです。
「先に言っておくけど、私が知ってることはほんの一部だし、私の主観が入ってる。それは先に判ってくれる?」
「なんとなくさっきの台詞で察したから構わないよ」
「んじゃとりあえず下りろ?成人男性の体重を仮にも花の女子高生に乗せないでくれる?ナイフっぽいのも退けて。じゃないと警察呼ぶから」
「え?」
 力が緩んだところで自力で抜け出す。
 ま、おかしな単語を二つほど言いましたが、そこは後で説明しよう。

「まず先に言っておく。ここは正真正銘日本……まぁ正しくは日本国らしいだけどさ。兎に角エリア11なんて名前でもないし、合衆国日本で超合集国の日本領でも生憎ない」
「どういうこと?」
「この世界には神聖ブリタニア帝国って"国"が存在しない」
 朝比奈の顔が驚きを精一杯現している。
「ま、驚くのは無理ないだろうね。残念ながら世界地図の形はほぼ一緒でも、その中身はまぁったく違うんだよね。EUはちょっとよくわかんないけど、中華連邦なんて国は大昔に改名しちゃってるし、ブリタニアがないんだから当然エリアはぜーんぶなし。って訳で勢力地図が違うんだな」
「……だとしたら何故君はそれを知ってるの?」
「いわばこの国は神の国、だからじゃない?朝比奈のいた世界のね」
「俺の居た世界?」
「私は―――私たちはそれをギアスと呼んでるね。私が知ってる朝比奈省吾は醤油が好きな顔に傷のある飄々とした男で、四聖剣の一人だ。それ以上はあんまり詳しくないけどね」
「どんな覚え方、それ」
「だってそんなものよ。ギアスの主人公は貴方でも藤堂さんでもないもの」
「そうなの?」
「あたりまえじゃない。それよりも大きな存在がいるでしょう?ゼロって言う」
「ゼロ……」
 その名前に朝比奈の眉間の皺が深くなる。
「その表情で大体わかった。朝比奈、あんたゼロがやったこと藤堂さんに報告した後、死んだでしょ?フレイヤで」
「なっ」
「知ってて当たり前。言ったでしょ?私は傍観者だって」
「だったらゼロがやったこともわかってるんだろう!?」
「そうね……あれは確かに傍から見れば酷いことかもしれない。でも無抵抗だったら殺しちゃいけないの?例え人を殺した人でも私は武器を持っていませんって言われたら大切な人を殺された人は復讐をしてはダメなの?」
「……え?」
「ゼロに、零番隊に殺された子どもたちも含めたあの施設の人達は人道を外れた実験を繰り返してた。あそこはブリタニアが犯した非道の真実―――暗殺者みたいな世界の闇が生まれる場所」
「なっ!?そんな話木下は」
「知るはずないじゃん。ゼロは言ってないもん」
「言ってくれなきゃわかるわけないだろう!」
「言っても信じた?最初から疑ってるのに……ゼロは所詮記号。あなたたちはそれを利用していたんでしょう?どうして都合のいい時だけ彼を悪いと判断したの?その理由を聞かなかったの?聞いてもすぐには答えられない問題だけど、ゼロは懐に入れた人間にはとても優しい。きっといつかは話してくれたと思うよ?」
「でも……」
「朝比奈は、ゼロが何歳か知ってる?」
「知るわけないだろ。顔も知らないのに」
「18歳だよ」
「18!?」
「ゼロになったのは17歳。ブリタニアに復讐を誓ったのが10歳頃。朝比奈はどうか知らないけど、藤堂さんは会ってるはずなんだよ」
「ゼロに?」
「ゼロの仮面を被ったブリタニアの少年―――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。朝比奈の感覚で行くと8年前に日本で日本人に殺されたはずのブリタニアの元皇子様。彼は枢木スザクの親友だった。……ねぇ、大人として情けなくない?ルルーシュがいくら覚悟していたとはいえ、子どもにすべての責任を押し付けて、その上でのうのうと生きてる人たちなんて」
 朝比奈の表情は明らかに困惑と言ったものだった。
 それでも私は言葉を続ける。
「ルルーシュは死んだよ。世界中の憎しみを一身に集めて、新しいゼロと言う記号に選んだ親友に世界中の人たちの目の前で胸を一突き……ゼロは英雄になって、ルルーシュは魔王として死んだ。世界はたしかにルルーシュが望んだ世界になった。皆が明日を望める、話しあいと言う選択肢を選べる世界に出来た」
 もう出ないと思った涙が頬を伝って落ちた。
「たった一人でも、もっと早くルルーシュを信じて動いてくれたらルルーシュも優しい世界に居られたかもしれないのにっ」
「……それは、俺を恨んでるってこと?」
「朝比奈だけじゃない!皆そうだよ!ルルちゃんのしたことは確かに酷いことかもしれない。でも……ルルちゃんはただ優しい世界が欲しかっただけなんだよ!」
 脳裏を過るたくさんのシーンに、私は朝比奈の胸を叩きながらわんわん泣いた。

 物語が終焉を迎えて、数日以上。
 からっぽになっていく自分の胸に気づいていたけど、そこから私は目を反らしていた。
 その結果がこれだったらしい。



⇒あとがき
 なんか朝比奈に文句言ったらちょっと落ち着いたんで、尻切れトンボでとりあえずここまで。
 続くって書きたいところですが、なんか書く気が失せちゃったんで……さーせん(´・ω・`)

 元々なんで朝比奈は!?って思って書き始めたんですが……TURN25で私の何かがぷっつんいっちゃったらしいです。
20080930 カズイ
res

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