◆知らぬが仏

 特に何かあるわけではなかったはずの普通の教室の中。
 次の授業の準備をしたり、僅かな休息を友人との語らいに利用したりと皆さまざまに動き出す。
―――ガラッ
 そんな中、一人の少女が教室に姿を現した。
 リディア・クロウ。アッシュフォード学園に通うこのクラスの生徒である。
 闇夜に溶けるような漆黒の黒髪を乱雑に頭上高く結び、大欠伸をひとつしながら教室の中につかつかと進む。
 顔はいたって平凡ながら、掛けている眼鏡と休憩時間に毎回文庫本に視線を走らせていることから彼女には文学少女と言う印象が周りによって植え付けられていた。
 そんな彼女の隣の席は病弱で有名なカレン・シュタットフェルト。残念ながらカレンと比べると印象が薄れるリディアはクラスメートにそれほど印象を与える人物ではない。
 だが今日は違う。彼女は二時間目が終わったこの不規則な時間に授業に現れたのだ。
 カレンとは違う理由ではあるが、同じく自宅通学の彼女は必ず朝から授業に参加していた。なのに今日は違った。
 それも彼女にしては珍しい大欠伸と言う行動までおまけに付いてくる。
 どうしたのだろうとカレンは彼女に声をかけるべく口を開いた。
「おはよう、クロウさん」
「ああ、おはよう」
 欠伸を噛み殺しながら、リディアはカレンの隣に座った。
「どうかしたの?」
「んー……ちょっと夜更かしをね」
 口ごもりながらそれだけ言うと、リディアは鞄から本を取り出すと、それを開いた。
 ぱらりとページをめくる途中、綺麗な白くて細長い指がその本を取り上げた。
 その瞬間、教室がざわめきに包まれる。
 それもそのはず、今まで接点すら見えなかったはずのクラス、学年―――いや、学園一の美少年ルルーシュ・ランペルージがその行動を起こした本人だったのだから。
「お前、またこんな本読んでるのか」
 ちらりと文面を見た瞬間ルルーシュの眉間の皺が深くなり、パタンと本が閉じられる。
「どんな本を読むかは個人の自由じゃないかしら?」
「リディアの趣味に口出しする気はないが、まさかあれもこれを参考にしたとか言うのか?」
「そうね、半分くらいは」
 本を取り戻したリディアは本で口元を隠しながらルルーシュから視線を反らした。
「やめろ」
 ルルーシュはリディアの本を掴むが、今度はリディアは本を離さなかった。
「いやよ。どんな本を読むかは個人の自由でしょう」
「それを実現しようとすることは個人の意思を尊重していないんじゃないか?」
「あら、自分だって楽しんだ癖に」
 リディアがにやりと笑うと、ルルーシュは顔をかぁっと赤く染め上げた。
「お前なぁ!」
「まぁまぁ」
 声を荒げるルルーシュをスザクが間に入って止めた。
「何があったの?ルルーシュ」
「くっ」
「なんでもないのよ、枢木くん」
 愛想良い笑みを浮かべてスザクをあしらうと、リディアは取り戻した本を広げる。
「その本、面白いの?」
「面白いから読んでるに決まってるじゃない。あなた馬鹿?」
「……えーっと」
 思いっきり馬鹿にしたようなリディアの態度にスザクは苦笑を浮かべるしかなかった。
「諦めろスザク。リディアの読書を邪魔すれば後が怖いぞ」
「だったらなんでルルーシュは声を掛けたの?」
「ああ、すっかり忘れてた」
 ルルーシュは思い出したと言うようにもう一度リディアの本を取り上げた。
「今日のこと忘れてないよな」
「忘れてないわよ。って言うかナナちゃんよかったの?咲世子さん今日買い物行くってさっき聞いたんだけど」
「だからその後になると言おうと思ったんだ」
「ああ、そう。了解したからさっさと本返して」
「没収」
「……ルルーシュ」
 リディアが席を立ち、這うような低い声が零れおちる。
 皆が戦々恐々と戦く中、飯島はにっこりと笑みを浮かべた。
 目は一切笑っていないが。
「今すぐこの場で奥歯ガタガタ言わされたぁい?」
「俺が悪かった!」
 ルルーシュは大慌てでリディアに本を返した。
 その顔がおびえていたのは言うまでもない。

「えーっと……何がどうなってるの?」

 真っ先に正気にかえることができたリヴァルが代表者と言うように聞いてみた。
「なんだ、リヴァル」
 突然声を掛けてきたリヴァルにルルーシュはそう問うた。
 なんだろうとリディアもリヴァルを振り返る。
「とりあえず……お二人はいつから仲良しになってるんでしょうか?」
 その言葉にごくりと誰かが息をのむ音が聞こえた気がした。
「いつからって……」
 リディアとルルーシュは顔を見合わせる。
「仲良くなったのは一昨日?」
「じゃないか?」
 何を思い出したのかくつくつと笑い、リディアはルルーシュに睨まれた。
「つつつつつ付き合ってるの!?」
 激しくどもりながら勇気を出したシャーリーにリディアは目を瞬かせた。
「…………付き合ってるの?」
 少し長い間を持って、リディアはルルーシュに問いかけた。
「俺に聞くな」
 眉間に皺を寄せたルルーシュにリディアは「あー」と微妙な声を発した。
「んじゃあ、付き合っちゃう?」
 冗談っぽいその言葉にルルーシュはリディアと同じように「あー」と微妙な声を発した。
「そうするか」
「ええ!?」
「付き合っちゃうの!?」
「僕今何が起こってるのかよく分からないよ」
 あっさりとした感じのルルーシュの声に、リヴァルは驚きを全身を使って表現してくれたし、シャーリーは泣きそうな声で叫ぶし、スザクは現実から目を反らして額を抑えた。
「じゃあ、私とルルーシュお付き合い始めましたんで」
 そう言うことでお願いしまーすとリディアは言うと、パンパンと手を叩いた。
「これでこの話はお開きねー」
「ああその前にもう一個確かめさせて!」
 リヴァルがずいっと机を跨いでリディアの耳元に口を寄せた。

「クロウさんってルルーシュともうやっちゃったの?」

 隣の席と言うことで聞こえてしまったのだろうカレンの表情がぎょっとしたものに変わる。
「ちょっとリヴァル」
 露骨すぎるわ!と大声を出して言えないカレンは頬を赤く染め、非難の目で睨むしかできない。
「だってさー、気になるじゃん!」
「それ答えていいよ」
「おいリディア」
 余計なことは言うなよとルルーシュの目が言うのでリディアはにっこりと微笑んだ。
「安心して、ルルーシュは童貞だし、私は処女よ!」
「へ、へー……」
 自信満々に言うリディアにルルーシュは頭を抱えたのは言うまでもない。
 リヴァルをはじめとしたクラス中の同情の視線をルルーシュは一心に集めることとなった。
 のちに下ネタ女王と呼ばれることとなる彼女の愛読書は口に出すのも憚られる内容の著書であることは言うまでもない事実である。

 事実は小説より奇なり。
 ルルーシュは確かに童貞のままだが、リディアに処女を捨てさせられたのが事実である。



⇒あとがき
 夢でも受に回ってしまったルルーシュ(笑)
 最初はちゃんとルル攻にするつもりだったんですよ?
 だって本来のタイトルは『彼と彼女の疑惑』で、書きだしは、

 それは一種の契約。
 互いにないものを求めあってぬくもりを確かめる行為。
 それによって生まれるものが愛と呼べるのかはその人次第であろう。


 とか言うエロ臭い気がする三行で……あれ?……これの所為かwww
20080524 カズイ
res

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