◆心臓発作-ハートアタック-

※リク作品

 拝啓、元の世界のお父さん、お母さん。お元気ですか?
 不肖の娘・小春は今見たくもないくらい良い景色の場所に居ます。
 それもコレもお母さんのお腹の中に運動神経というものを置き去りにしてきた所為でしょうか?
 ああついでに方向感覚というものも。
 愛猫のタマ。お前もきっとこんなにいい景色見たことはないと思うよ。
 崖の下なんて……

(見たくもねぇ!!!)

 力いっぱい断末魔のごとく叫んでやりたいところだが、生憎叫んだらどえらいことになるので、変わりに心の中で命一杯叫んでおいた。
 ちなみに最後のライフラインは私が捕まっている石壁くらいだ。
(死ぬ!絶対に死ぬ!!)
 そもそも何故こうなったか先に説明をさせてもらおう。



 学校の帰り道、いつものようにあまりの運動神経のなさすぎで石に躓いて転んだ私は気がついたら呉の国に居た。
 呉が三国志の国の一つだってのは知ってたけどさ、なんか妙なんだよね。だからタイムトリップじゃなくて異世界トリップ。世間一般で言うところの夢ってやつよ。
 なんかちょっと前に終わった鋼鉄三国志じゃねぇ?ってのは陸遜の登場でようやく気付いた。
 でもアニメ私見てなかったんだよねー……同じ時間でちょっと気になるアニメがね……ごにょごにょ

 とにかく!
 孫策さまのご温情と言うヤツで私は城で女官として働かせてもらえることになった。
 長くなるので諸々の事情は割愛させてもらう。
 運動神経はない代わりなのかはわからないけど、そこそこに人受けするルックスは孫策さまのお気に入りで、まぁそれを悪く思わない女官はいないってわけで……まぁ……いじめられてるわけですよ。
 しかも運動神経が壊滅的なまでに悪いから見事に罠に引っかかりまくりの最弱ヒロイン街道まっしぐら。
 普通さ、夢だったらもうちょっと運動神経アップとか特殊能力ありとかあってもいいと思わない!?
 ……でも現実は何にもできない最弱ッ子な訳ですよ。
 今日だってお使い頼まれたけどこれ絶対裏であの陰湿女官シスターズが絡んでるっつの!!
 そう……私、野盗っぽいのに追われて、逃げる途中でこの崖に落ちたのだ。
 どうにか完全には落ちてないけど、危険なのは間違いない。

 うう、ちょっと頑張れば足場が小さいけどあるんだよね。
 でもそこまでいける自信がない。
 なんたって私自身も胸を張っていえるくらい運動音痴だから。
「あー……短い人生だったなぁ」
 腕痺れてきちゃった。
「こらこら、小春。勝手に死のうとしないでくれるかい」
「え?」
 誰かの声が聞こえて視線を上げる。
 そこには苦笑を浮かべる諸葛瑾が居た。
 新人武官で、呉に救いの手を差し伸べた陸遜の師匠の兄ちゃんってことくらいは知ってる。
 孔明があんなんだったてのにもビックリしたけど兄弟がいたのもびっくりだ。
 ま、その辺りは置いておいて―――私たち接点なかったよね?なんで名前知ってるの?
「……野盗は?」
 私が撒けたとは思えないからどこかこの辺りに居ると思う。
 彼はそれを蹴散らしたと言うのだろうか。
「ん?その辺りに居るよー」
「げっ!ほんとに!?」
「ほんとに」
 ふふっと笑うと、彼は右手を胸の前から私の方へとぶんと動かした。
「わひゃー!?」
 なんか白い糸がこっちに飛んできた!!
 ビックリした瞬間、私はうっかり岩壁から手を離してしまい、今度こそ本当に死んだと思った。

「いったーい!!!」

 って、死んだ人間が叫べるはずないよね。
「……私、生きてる?」
 身体にワイヤーのような白い糸状のよくわかんないものがまとわりついてる。
 これが私の命を繋いでくれているらしい。
 不安定な足場……というかここ空中か。
 ぶらーんと存在する私は、自分でもとっても恐ろしい。
 でもそれ以前に白い糸が、身と言う名の肉に食い込んで痛い!!
「助けるんならさっさと助けてー!!」
 半無き、半狂乱で叫ぶ私に、「はいはい」と言い、彼はまるで大物でも釣り当てたかのように勢いよく私の身体を吊り上げた。
 こんな光景自分が体験するんじゃなくてどこかで見てたかったよ。
 きっと笑える光景だったはずだよ。

 でも笑えないのはそれを体験したからじゃなくて、木々の向こうにさっきの野盗とうっかり目があっちゃったからじゃないだろうか。

「ちょ、しょかっ〜〜〜〜!!」
 うっかり舌噛んじまった!
「わかってるよ、小春」
 ふふっと諸葛瑾が笑うと、私の身体に絡み付いていた糸が解けて空気が緊迫する。
「見つけたぞ!」
「やれやれ、護衛も骨が折れるね」
「え?」
 私の身体がふわっと浮き上がった。
 抱き上げられたのだと気付くよりも早く、諸葛瑾は地を蹴っていた。
 軽々としたその動きに驚きながらも、落とされないように私は必死に諸葛瑾に引っ付いていた。
「どうして周瑜提督が小春に遠方への使いを頼んだと思う?」
 目をぎゅっと瞑り、喋ったらまた舌を噛むと思っていた私は首をただ横に振った。
 それを見てたかどうかは知らないけど、諸葛瑾はまた笑った。
「確固たる尻尾を掴むためさ」
 急に立ち止まり、諸葛瑾は私を地に下ろした。
 なんだなんだと目を開こうとしたけれど、その視界は諸葛瑾の手に隠されてしまった。

 耳には確かな断末魔。

 ああ、目の前で人が死んだのか。
 生々しい音と感じた鉄錆びに似た匂い。
 背筋にぞっと悪寒が走り、身体が強張った。

 この世界に来て、少しは人の死になれたつもりだった。
 でも私は目の前で人が死ぬ現場はまだ見ていなかったのだ。
 真綿に包まれるように孫策さまに守られていたんだ。
 孫策さまだけじゃない。皆に―――
 女官たちのいじめなんて目の前に広がっているであろう光景よりは、絶対に可愛いものだ。

「―――大丈夫かい?小春」
「だ、じょぶに、見え、ます……?」
 歯が上手くかみ合わないくらい、私は震えてる。
「……そうだね」
 身体を引き寄せられて、ぽんぽんと頭を撫でられる。
 暖かな温もりと心臓の音に少しだけ気分が落ち着いた。
 ゆっくりとゆっくりと、髪を梳くよう動く手に私はじんわりとうかび始めた涙を堪えきれずに零し出した。

 怖かった―――女官たちのいじめに屈することが。
 怖かった―――野盗に追われることが。
 怖かった―――崖から落ちそうだったことだ

 怖い―――人が目の前で死んだことが。
 怖い―――殺したこの人……諸葛瑾が。
 怖い―――その諸葛瑾をかっこいいと思ってしまった自分が。


 なんか、よくわかんなくなってきた。

 私はゆっくりと、そのまま意識を闇に鎮めていった。
 目覚めたときにはすべて夢であればいいのに。
 そう願わずには居られない。
 けど、そうでなくてもいいかなと思う自分も居た。

 本当、よくわからないや―――恋って。



⇒あとがき
 三周年記念企画のリク作品(※)です。
 ちなみにタイトルの『心臓発作-ハートアタック-』は藍川さとるの『純情えれきてる』から引用させていただきました。
20080314 カズイ
※PC本館企画
res

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