◆我が君〜魏編〜
遡る事千八百余年。
私が暮らしていた日本から見れば邪馬台国があったと言われるよりももう少し前。
明確に一つの国としてまとまっていない戦乱の世に三国志で有名な国の一つ魏があった。
魏・蜀・呉。
魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権。
蜀は一番よく取り上げられる国であり、諸葛孔明や桃園の誓い程度ならば私だって知っている。
だけど、他国の古い話。
中学を卒業したばかりの私にとってあまり関心の湧く話じゃなかった。
今まで受験受験受験って呪文かって言うくらい取り付かれてて、やっとそれから開放されたばかりで、遊ぶことに夢中だった。
こんなことだったら本を一杯読んで、掠りでもいいから三国志に触れていたらと思う。
「どうしたのじゃ?小春」
心配そうに御簾越しに声を掛けられ、私はぱっと顔を上げた。
「少し考え事を……すみません」
項垂れると行軍中と言うこともあり簡素では有るが他の兵に比べれば上質な食事がある。
ある日突然異世界に放り出されたのも声を掛けてくれた我が君があってからこそ。
それほど自分が可愛いというわけでも美人だと言うわけでもないことは百も承知。
でも我が君は私の目を気に入ってくださった。剣を握れると言ったとき、それにしてはとても綺麗な手だとも言われた。
これでも幼い頃から祖父に真剣を握ることを目的に剣を習っていたから肉刺だってあるし、同じ年頃の子たちに比べれば随分と固い手をしている自覚はあった。
それでも綺麗な手だと言ってくれた。
与えられた炎烈鎧も大事に使わせてもらっている。
正直、今日まで与えられた恩は返しても返しきれないほどだ。
俯いていると、すっと御簾が上げられ、我が君が姿を現す。
「っ」
その美貌がじっとこちらを見ている。
「あ、その……」
性格はいわゆるオカマだし、声も男の人にしては妙に高いし、美形は好きだけど観賞用だと思ってた私にとって、この胸に抱いた思いは今でも不思議でたまらない。
その細められた目が、私を見ていると知れるだけで頬が赤くなるのが分かり、また俯いてしまう。
「これ、小春。顔を上げぬか」
「……はい」
まだ収まらぬ赤みを気にしつつも、私は顔を上げた。
美しい中性的な美貌を持つこの方こそ、魏の国の君主―――曹操孟徳さま。
本当なら私みたいな小娘―――しかも異世界から放り出されてきた迷子の私なんて、会える人じゃない。
「そなたの目はやはり美しい……」
すっと静かな布ずれの音が聞こえ、私は身を固くした。
どうして今日に限って皆出払っているのだろう。いつもなら張遼たちの誰かが必ず一人は居たというのに……
とても気まずく、近づく我が君に私は臆していた。
初めて玉璽と対面させられたあの恐怖ほどではないけれど、それとは違う何かがあった。
僅かに背面へ逃げようとする私の手を掴み、逃すまいとする。
そして優しく笑う。
「何も怯えることなどないのじゃぞ、小春」
そっと触れる手が、指先が冷たくて、思わずぴくりと身体が震える。
冷たいのに、触れられた頬が熱く感じる。
「そなたは玉璽に選ばれた。その力は恥じることなどないのじゃ」
「我が君……」
「こう言っても翳りが晴れぬな。言葉では足りぬかえ?」
すっと細くてとても綺麗な指先が唇を撫でる。
怪しく引かれた紅が孤を描く。
「……ぁ……」
唇が触れるか触れないか……
私はきゅっと目を閉じた。
「ふ。……小春は初じゃのう」
甘い香りが私の身体を包む。
そっと触れた唇がとても柔らかくて、なんだか涙が出そうになった。
可愛くも無いし、美人でもない。
そんな私でも、剣を振るうことは出来る。与えられた炎烈鎧を手に、玉璽の力を手に入れられたから。
だからこの力で貴方をお守りします。我が君―――曹操さま。
⇒あとがき
書き直す前と比較。
……すっかり別の話だ。
そんでもって劉備の話とは打って変わってシリアス!
ギャグ・シリアスと来たから次は……ほのぼの?孫権ほのぼの?
20070529 カズイ
20080310 加筆修正