◆罪の華

 薄闇の中、障子越しに淡い月明かりが部屋の中に届く。
 何時ものように目が覚めた私は、隣に眠る白哉さまの寝顔を見て、静かに起き上がった。
 布団の近くに脱ぎ散らかしてしまった襦袢に手を伸ばし、引き寄せた。

「……小春?」

 寝起きの掠れた声に、思わずぴくりと一瞬手が止まってしまった。
「起こしてしまい申し訳有りません、白哉さま」
 謝罪を口にすると、白哉さまは私の身体を引き寄せ、首元に唇を落とした。
 ちくりと痛みが走り、私は眉を寄せた。
 散々に弄ばれた身体が思わずそれに反応しそうになるが、私はそれ以降のことを腕を伸ばして拒絶した。
「なんだ」
「もうじき夜が明けますので……」
 白哉さまから離れ、私は襦袢に袖を通した。
 前を合わせ、兎に角見える限りの赤く鬱血した罪の華を隠した。
「失礼いたしました」
 私は深く頭を垂れ、白哉さまの部屋を後にした。
 廊下へ出ると淡く輝く月が廊下を明るく照らしていた。

 私がはじめて白哉さまに出会ったのはもう何年も前のことだ。
 それよりももっと昔、幼くして現世でその人生に幕を下ろした私は死神に魂送され、尸魂界へとやってきた。
 整理券を渡され、私は北流魂街へ行くはずだった。だけど、私を魂送した死神が私を迎えに来た。
 彼は私を四楓院家に預け、私は四楓院家の夜一さまにお仕えすることになった。
 夜一さまは大変変わったお方だったけれど、とても強いお方だった。

「……夜一さま」
 ぽつりと懐かしき名を言の葉に載せる。
 夜一さまが居なくなったことで、私は居場所を失った。
 そんな私を引き取ったのは、夜一さまが教育係を任されていた朽木家の白哉さまだった。
 当時の当主であられた白哉さまのお父さまの命により、私は朽木家で白哉さまの身の周りの世話をした。
 共に真央霊術院に入学し、共に護廷十三隊の六番隊に地位は違えど入隊し……その傍らで奥方を娶るのを見守りつづけてきた。
 私にとって白哉さまは夜一さま同様、仕えるべき相手。その方に淡い期待を抱くなど、もってのほかだ。
 ……そう……ずっと思っていた。
 だけど、奥方さまはお亡くなりになり、白哉さまはその遺言通りにルキアと言う少女を朽木家の養子にし、義妹として引き取った。
 そのことが私の感情を狂わせていた。
 あまりにも奥方さまに似ているルキアさま。
 彼女が私に私の醜い感情に気づかせてしまった。

 私は白哉さまに抱いてはならない"恋"と言う強い想いを抱いてしまった。
 気づいてしまえば後は落ちるだけ。
 酒に酔った白哉さまの戯れに私は否と言えず、今の関係を作り出してしまった。
 ほんの一度ならばと重ねた最後の願いだと思っていた行為。
 何度も続けばそれは私の罪だ。

「夜一さま……私は……私は、どうすればよいのでしょうか……?」
 一滴の涙が零れ落ちる。
 恋焦がれる白哉さまの腕に抱かれることは幸福だ。
 だけどそれに比例して怖くあり、また苦しくもある。
 もう、どうしていいのかわからない。

 気がつくと夜が明け始め、空がかすかに明るい光を帯び始めていた。
 私は少し早足に部屋へと戻った。
 自室に入るとすぐに濡れた手ぬぐいで身体を清め、死覇装に着替えた。
 眠いけど、今晩は白哉さまに呼ばれることはないだろう。
 仕事が終わったらゆっくり休めばいい。
 一度目を閉じ、私は詰所の方へと移動を開始した。

「あれ、飯島さん?」

 私のことをこう呼ぶ人は多いけど、この声はあまりまだ耳に馴染んでいない。
 最近六番隊に移動してきた副隊長の阿散井恋次くんだ。
「おはようございます、阿散井副隊長」
「朝早いんですね」
 死神歴が長いということからか、彼は私のことを"飯島さん"と呼ぶ。
 私は隊長補佐と言う意味ではある意味副隊長のようだけど、実際の副隊長は阿散井副隊長だ。
 そろそろ言い方を変えないと、他の人に示しがつかないような気がする。
 でも、前の副隊長も同じような感じだったけど。
「ええ。昔からそうなんです。よっぽどのことがない限り私がいつも一番乗りしていますよ」
「そうなんすか」
「阿散井副隊長も何時もアサ派このくらいなのですか?」
「あ、いや。今日はすっげー珍しい早起きっすよ」
「そうなんですか。早起きは三文の得とよく言いますし、何か良いことがあるといいですね」
「でもなんかこれ以上いい事があるとヤナ事起こりそうなんで勘弁かな」
 阿散井副隊長は苦笑を浮かべた。
 素直なところは彼のいいところだ。
「飯島さんもいいことあるといいっすね」
「私は……いつもこの時間だから」
 いい事なんて、ずっとない。
 これ以上の事は望んではいけないのだから。

「ま、いい事なんてその人の考え方次第っすもんね」
「?」
 突然何を言い出すのだろう。
「もう少し襟閉じたほうがいいっすよ」
 阿散井副隊長はとんとんと自分の首元を指差した。
「私ははっとして視線を落とし、阿散井副隊長の位置から見えてしまったであろう赤い痕を見つけた。
 襟を正し、慌ててそれを隠した。
「隊長っすか?」
「違います」
「……まぁ、そう言うことにしときますよ」
 納得できていないからだとばかりに阿散井副隊長は淡々と答えた。

「あ!そう言えば聞いてくださいよ、この間……」
 さっきの表情とは一転し、阿散井副隊長は突然つい最近九番隊と七番隊の副隊長と行った飲み会の話をしてくれた。
 突然の話の切り替わりと、その話題に私は思わず小さくとは言え声を出して笑い、後からきた隊員たちを驚かせた。
 


 きっとこの先も私は罪の華を咲かせ続ける。
 白哉さまが私に飽きるその日まで……
 私はこれ以上の関係を望まない。
 今この関係を幸せだと心に信じ込ませる。
 戻ってくることのないであろう夜一さまが帰ってくると信じるように。



⇒あとがき
 なんとなく片思い白哉夢です。ていうか、阿散井夢……?
 もっと長く書きたかったけど、空腹のために上手く脳が働いてくれません。
 うわーん!おなかすいたよぅ!!!(今現在の時刻、0時直前(笑))
20050828 カズイ
20070513 加筆修正
res

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