◆間接キス
ハイネ・ヴィステンフルスと言う男はとんでもない男だと私は思う。
FAITHと言うだけで特別師しているメイリンやルナマリアの気が知れない。
上着を脱ぎ、アンダー一枚でボトルを口に咥えて揺らしながら、手はキーボードの上を滑らかに滑る。
FAITHが三人も居るこのミネルバでの戦力の中心は、当然アスラン・ザラとハイネ・ヴィステンフルスの二人だ。
一応シンやレイもいるけど、それとは比にならない実力と経験値が彼らにはある。
不意に視界に手が伸び、口に咥えていたボトルを取り上げられる。
「お行儀悪いぜ、リディア・クロウ」
にやにやと笑って、ボトルを弄ぶのは誰でもない、件のハイネ・ヴィステンフルスである。
第二次ヤキン・ドゥーエ戦を生き抜いたのは何も彼とアスラン・ザラの二人だけではない。
私―――リディア・クロウも、ジュール隊の一員として戦争に参加していた口だ。
その頃の彼とは一切会っていない。
けれど、私は彼と同期の緑。戦力的にはやや劣るものの、赤に負けない実力はあると思っていた。
それすら打ち砕こうとするのがハイネだった。
滑り込みでも赤を着ることの出来た後輩のシホや、完全なる実力で赤を着ることが出来るルナマリアが羨ましいと思うのは今や彼の所為だ。
私の自尊心を再起不能なまでに貶めたのが彼なのだ。
思い出すだけでも苦すぎる思い出だ。正直二度と会いたくはなかった。
「あなたには関係ありません」
嫌味のように敬語を使ってボトルを奪い返そうと手を伸ばしたけれど、ハイネは私からボトルを引き離したのだった。
いくら第二次ヤキン・ドゥーエ戦を生き残ったと言っても、一兵卒の私の戦歴はどうしても劣ってしまう。
だから私はFAITHにも選ばれなかったのだ。
その代わりといってはなんだけど、このミネルバへパイロット兼プログラマーとして転属されることとなった。
殺されても文句の言えなかった私を含むジュール隊を生かしてくれたでゅランダル議長には感謝している。
けど、ハイネと同時期同じ場所への転属なんて信じられない!
「な〜リディア。お前さぁ、もう少し肩の力抜こーぜ」
「お行儀悪いと言ったのはあなたではありませんでしたか?」
営業用笑顔とでも言うような丁寧な笑みを貼り付けた後、ボトルを諦めて私はキーボードを打つ指を再び動かしはじめた。
ハイネの相手を一々していたら仕事にならないのはわかっていたことだしね。
「リディア」
名前を呼んだところでどうせ大した用事じゃない。
構うだけ損をする。
そう思って無視を決め込んでみたけど、なんだか嫌な予感がする。
「あんま無視すんなよ。つまんねぇ」
挑発に乗っちゃだめよリディア。何度この手に騙されたことか!
あの卒業テストの前日、ハイネが呼び出しなんかしなかったら私は風邪を引かずに赤を着れたかもしれなかったのに。
言い訳なんかしても無駄だってわかってる。でも、騙されるのはもう嫌。
「……リディア」
それでも、優しく名前を呼ばれると反応してしまうのは病気なのだろうか。
綺麗な顔で甘く微笑むハイネに無駄に心臓が跳ねてしまう。
「えらいえらい」
そう言いながら、ハイネは私の頭を撫でる。
……一生掛かったってハイネの考えてることなんて私には理解はできないだろうけど。
思わずため息を吐くと、ハイネはにやりと笑った。
さっと嫌な予感が走った。
「ハイネ!」
ハイネは私がさっきまで口をつけていたボトルに口をつけた。
私はとっさにキーボードを上げてハイネからボトルを奪う。
「な、何してるのよ!」
「間接キス」
私の腕を掴んだハイネは、奪うように唇を重ねてきた。
近づいてきた顔がいつになく真面目で、眼差しが真剣で、これまた心臓が無駄に跳ねた。
「ファーストキスゲットか?」
「なっ…………ハイネ!!」
「じゃあな、リディア♪」
「殺す!!!」
本気で殴ろうとした私が動き出すよりも早く、とんとそのままザクウォーリアから飛び出すと、ハイネはそのまま姿を消した。
悔しいくらいに高鳴る胸を押さえながら、私は座席に再び身体を預けた。
「……馬鹿ハイネ」
悔しいのか、悲しいのか、嬉しいのか……本当よくわかんない。
すんっと鼻を鳴らし、キーボードを再び引っ張った。
仕事が遅れるとアスランに怒られる。それだけは元ジュール隊の一員として避けねばならない。
「……………」
少し考えて、再び取り戻したボトルを口に咥えた。
拭うことなく咥えたのには、特に理由は無いつもりだ。
⇒あとがき
ハイネと言うよりラスティな空気。
初稿はハイネが本編に出てくる前でしたかね……キャラつかめてないの丸わかりですね。
てか、ボトル……飲料物の容器ってなんて名称なんだっけ(汗)
20050127 カズイ
20080303 加筆修正