◆賭け

「おー、クロウ少尉、ようやく休憩か?」
 人垣の中心人物がにかりと笑いながら軽く手を上げる。
 彼は賭け事が得意だというハイマンス・ブレダ少尉。
 私の方が年下ということもあるけれど、彼のほうが先任ということもあって、ブレダ少尉のほうが私より少し偉い。
「はい。ついさっき」
 だから自然と敬語になる。
 無能大佐と違って信頼できるし。
 フュリー曹長にもらったコーヒーを片手に、人垣に近づく。
 コーヒーに口をつけながら盤上の流れをのんびりと追いかけた。
 それは私がこの東方司令部に配属されてからの休憩時間の楽しみ方の一つだった。
 ブレダ少尉は豪快そうな外見に似合わず、策略を練るのが得意な頭脳派。彼は私の憧れ。
 私は女だし、まだ若いし、銃もそれほどあるわけじゃない。けど、何か作戦を練るということは好きだった。
 小さいころからオセロは誰にも負けたことがなかったのに、ブレダ少尉にはあっけなくあっさりと負けてしまった。それからずっとブレダ少尉は私の憧れ。
「クロウ少尉、ちょっといいかしら」
 チェス盤の流れを見ていると、休憩室の中にホークアイ中尉が入ってくる。
 手にはコート。外出だろうか。
 それにしては大佐の姿はないし、私を呼ぶ理由がわからない。
「あ、はい」
 コーヒーを近くのテーブルに置かせてもらって、ホークアイ中尉と一緒に休憩室を出る。
「今日、生理痛と頭痛が重なっててさっきから気分が悪いの。これから早退するつもりなんだけど、大佐のお守りをお願いできる?」
「はい。お気をつけて」
「ありがとう」
 額を押さえるホークアイ中尉の背を見た後、私は休憩室に戻ってコーヒーを一気に飲み干した。
「なんだったんだ?」
「中尉の代わりに大佐のお守りを任されました」
「……お守りって、お前。仮にも大佐は上司だろ」
「私、大佐を尊敬してないんで」
 さらっというと休憩室内は大爆笑。
 それを無視しながら私はカップを持って休憩室を後にした。

  *  *  *

「お、来たな」
 口に咥えたタバコをゆらゆらと揺らしながら、天井の上がりを考え込むように見ていたハボック少尉が私を見るとにやっと笑った。
 ちなみに私は仕事でなければ彼のことをジャンお兄ちゃんと呼んでおります。
 理由は幼馴染だからです。
 ついでにいうと私が軍人の道を選んだのは、子供心にジャンお兄ちゃんが離れていくのが寂しかったからです。
「大佐、まだいますか?」
「今日はまだいるぞ。っていうか、ほれ」
 ハボック少尉が指差すのは大佐の部屋。
 扉を開けて、数名の仕官が入り口から室内を監視中。
 さすが中尉。僅かな間にも脱走を許さないということですね?すばらしい!!!
「もう結構です。お仕事に戻ってください」
「「「「「アイ・マム!!」」」」」
 綺麗に揃った号令をして、扉の前から人が去る。
「リディア・クロウ少尉です。失礼いたします」
 部屋の中に入ってみれば、大佐は疲れた様子で書類に目を通していた。
 サボる方法でも考えている所為か、進みは遅い。
「大佐、そんなにサボりたいんですか?」
「当然だ!」
 ……きっぱりといわなくても。
「リディア。どうだい?今から私と食事でも……」
「結構です。大佐も明日は非番なんですから、今日中にしっかり片付けてください」
「うぅ……そうだ!」
 ひらめいたというように大佐は頭の中を切り替えたらしい。
 むぅ、しぶとい。
「賭けをしないか?」
「賭け……ですか?」
「チェスで私が勝ったら仕事はしない。そして君は私と一緒に食事でも行こう」
「では、私が勝ったら大佐は仕事して、その上で私のいうことを一つなんでも聞いてくれるということですね?」
「そ、そういうことだ」
 善は急げとばかりに大佐は引き出しの中から折りたたみのチェス盤とチェスの駒を出した。

  *  *  *

 結果が出るのはあっけなかった。
「チェックメイト」
 もちろんそれは私のセリフ。
「そ、そんなっ」
「詰めが甘かったですね、大佐」
 にっこりと微笑むと大佐は撃沈した。
「な、なぜなんだ!?」
「仕事を手早く終わらせては空き時間は皆さんの将棋やチェス、オセロ等の試合を見て勉強しています」
 ここで特定人物を出そうものなら、大佐は拗ねるだろうからやめておく。
 けど、同情の余地は無い。
 自分から言い出したことだしね。
「じゃあ、大佐は仕事をしてくださいね。これ全部今日中に片付けてください」
 撃沈する大佐は賭けの結果だから仕方ないかと、諦めて手を動かし始めた。
 私はそれに満足しながら、大佐の傍で仕事振りを観察した。
 別に大佐が嫌いなわけじゃない。
 ただ、仕事をしてくれないのが嫌いなだけで、もうすぐ三十路だというのに落ち着きが無い風に道化ぶるのも、とてもじゃないけど29歳には見えない童顔も本当は結構好き。
 大きくて、男の癖に長くて綺麗な指とかも好き。
 うなじも好き。←マニア
「大佐。明日の非番のデートはすべてキャンセルしてくださいね」
「は!?」
 突然の私のセリフに大佐はショックを受けている。
「賭けに勝ったのは私ですから」
 本音は嫉妬。けど絶対言ってあげない。
 大佐はぐうのじも出ないで肩を落とすしかない。ざまぁみろ。
「まじめにやればできるんですから、さっさと終わらせてください」
 さらに撃沈。
 大佐って結構打たれやすいと思う。
 雨の日は無能っていわれるたびに落ち込むし。
 ま、そこが可愛いと思うんだけどね。
 飴と鞭は使い様。
「じゃなきゃ、私とのデートすらなしですよ」
 がばっと起き上がる大佐の目は喜びに満ちていた。
「無能っていわれたくなかったらがんばってください」
 私の好みは、私に舵取りをさせてくれるヘタレがいいの。
 時々かっこいいほうが新鮮で。



 人生という名の賭け事も、ぜーんぶ勝たせてくださいね?



⇒あとがき
 ごめんK嬢。
 わたしには甘々は無理でっげふっ!……ぱたり
20050224 カズイ
20070329 加筆修正
※本館キリバンリク
res

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