◆世界はそれを愛と呼ぶ

「飯島さん最近調子いいね、いいことでもあった?」
 いつもサボりの言い訳を繕ってくれる保健室の先生に言われた。
「恋したみたいです」
 そういうと弾かれたように驚き、すぐにいつもの柔和な顔に戻った。
「そっか、いいことだね。今日も最後まで授業参加できる?」
「はい」
 お弁当箱と飲み物の入ったペットボトルを手に、私は保健室を後にした。
 あの日から授業に参加する時間が増えた。
 まわりも驚いていたけど、それ以上に私が驚いていた。
 恋って不思議。こんなにも変えていく。私を、世界を。
 冷たい風が頬を撫で、目を細める。
 幸せだと思えるようになったのに、季節は残酷だ。
 間近に迫る冬休み。
 それだけでも辛いのに、雪が解ければ私と榛名の接点はなくなってしまうかもしれない。
 ああ、なんてもどかしいんだろう。
「飯島さん」
 教室に戻って残りの時間を潰していると、声がかけられた。
 相手は一応顔は知ってるクラスメイトの女子。
「何?」
「えっと最近授業全部でてるから調子いいのかなって思って」
 必死に言葉を探しているようだ。
 しがらみが面倒臭いと、名前は知っているのにクラスの誰ともまともに話したことがないことを思い出す。
 例えばこんな風に相手から話し掛けてこなければ、私は静かに物語に呑み込まれていただけだろう。
「調子いいよ」
 そういうと彼女は顔を赤くした。
 私は何か変なことを言ってしまったのだろうか。
 変わった。色々と。
 日常は日々移ろいゆくものだけど、そうじゃなくてまわりが。
 告白されることが増えたし、女の子の友達も増えた。
「先生はいい傾向だと思うな」
「でも前と変わらない感じなんです」
「それはまだ何か満たされないから?」
 先生の的確な言葉に驚いた。
「それはね、飯島さんが恋してるから生まれた今までとは違う感情よ」
 そういわれても分からない。
 俯いた私の頭を先生は撫でた。
「悪いことじゃないわ。それは誰にだって生まれること。先生にだってね」
 片目を閉じて笑った先生を私は信じることにした。 不意に保健室の扉が開かれる。
「先生、怪我人一人」
 榛名だ。
 突然の声に心臓が大きく跳ねる。
「あらあら」
 先生はほほ笑み、私の頭から手を離した。
「入ってらっしゃい」
 榛名は同じ野球部の人に肩を貸していた。
「飯島さん、新しいバンソーコー持ってきてくれる?カットできる大きいヤツ」
「はい」
 道具をちらっと確認した先生が傷口を見ながらそう言った。
 私は榛名を直視できずにバンソーコーを片付けている棚に近づいた。
「マネージャーの子はどうしたの?休み?」
「風邪で休みです」
「大変だねぇ。あ、ありがとう」
 箱からだして渡すと先生はサイズを計ってから傷口に張りつけた。
「はい、お仕舞い」
「いっ!?叩かないで下さいよ、先生!」
「あはは。元気な証拠よ。無理しない程度に部活頑張りなさい」
「うーす」
 傷口を擦りながらその人は保健室を後にした。
「榛名、おいてくぞ」
「今行く!」
 榛名は何故か慌てた声で出ていった。
「……これはこれは」
 妙に楽しそうな先生の声に私はますます首を傾げた。
 靴箱の中にに手紙が入っていた。
 世間一般に人はそれをラブレターと呼ぶ。
「……また?」
 これで三日連続。しかも今日は匿名希望と来ている。いや、書き忘れかな。
 本当に増えたものだ。
 ここまで増えると一々断るのがちょっと面倒臭いと感じてしまう。
 とりあえずはしょうがないと、私は放課後人気の少ない中庭に来ていた。
 時間少し早すぎたかな。
 とりあえず、ある種定位置だった木陰に座った。
 目を閉じて木々のざわめきに耳を澄ます。
 人の気配に私は立ち上がった。
「……飯島?」
 振り返った先にいたのは榛名だった。
 どうしていいかわからない。でもそれは榛名も同じみたいだった。
 あの手紙は榛名が?
「はる……」
 ふっと榛名の手の中の白い封筒が目に入った。
 違ったんだ。
 榛名も私と一緒の側だったんだ。
 何を期待しようとしてたんだろう。
 ……馬鹿みたい。
「……お前は?」
「私?私は……」
 言えばいいじゃない。
 何で言えないんだろう。
 何で!?
「これ飯島が書いたのか?」
 え?
 俯いていると榛名がそう言った。
 顔を上げると榛名の顔がすごい真面目でドキっとした。
 でも私は素直に首を横に振った。
「違うのか?……ヤベッ勘違いかよ」
 片手で顔を押さえた榛名は耳まで赤い。
「は」
「待った!何も言うな」
 榛名は片手で私の言葉を制止した。
「俺さ……」
「榛名くん遅れてごめんなさい!……って……?」
 声に私は血の気が引いた。この子が榛名に告白しようとしてた子だ!
「これくれたのあんた?」
「う……うん」
「悪い。俺……」
 きっといつもの言葉。
 あの日とその前と、榛名にまつわる噂。それらすべて同じ答え。
 きっと私の告白も同じように断られる。だとしたら言わないほうがいいのかも知れない。
「野球とこいつの事しか考えられねぇから」
 その場を離れようとした私の腕をなにかがぐいっと引き寄せる。
 気が付くと私は、後ろから榛名に抱き締められていた。
 なんだかわからなくて思考が停止してしまった。
 目の前の女の子は顔を真っ赤にして、涙目になりながら背を向けて走っていってしまった。
「榛名……?」
 名前を呼ぶと更に強く抱き締められて、肩に榛名の息がかかる。
 触れ合う指先が震えている。
 ドキドキと早鐘を打つのは私だけじゃないみたい。
 背中越しに榛名の心臓の音を感じる。
「小春」
「何?」
 やばい、声が上ずった。
 不意打ちで榛名が名前を呼ぶから。
「さっきの断りのためじゃなくて……マジだからな。俺は、小春が好きだ。マジだぞ」
 念を押すような言葉に涙が零れた。
「私も榛名が好き」
 本音も零れた。
 この気持ちは恋じゃない。
「名前呼んでくれよ」
「……元希」
 触れ合う熱がその証。
 世界はそれを愛と呼ぶ。



⇒あとがき
 今週の電車男を見ながら打ち、結果気が付くと次の日完成(笑)
 タイトルからして電車男の影響です。
 オマケ的補足会話↓

「いいねぇ、青春」
「先生、これってプライバシーの……」
「お黙り、加具山くん」
「そうですよ加具山先輩。俺たちは共犯。今更、ってやつですよ」
「そうそう。にしても秋丸くん口うまいよね。完璧なラブレターだったし」
「ああいうのは作文と一緒ですよ。嘘八百並べりゃどうにでもなりますから。緊張した加具山先輩の字でそれらしくも見えましたし」
「お主も悪よのぅ、秋丸くん(悪代官の微笑み)」
「いえいえ先生ほどじゃありませんよ(企みスマイル)」
「偶然の出来事に俺たちが手を加えたって知ったら榛名のヤツ……うっ恐!」
「加具山先輩気にしすぎですよ」
「言わなきゃばれないわよ。それに、私たちはきっかけを与えただけでなにも悪いことしてないわ」
「覗きは?」
「それは禁句☆」

 ……以上、匿名希望の正体でした。
20050805  カズイ
res

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