◆時の悪戯

 別になんてことない普通の朝だった。
「んっ」
 もぞりと布団から抜け出そうと這い出ると、ぼうと部屋を見渡した。
 見慣れた雰囲気はあるけれど、ここは自分の部屋ではない。
「あれ?」
 風邪でも引いたのだろうかと、首を傾げ、喉に手をあてた。
 まったくいがらっぽくない。むしろこれはなんだ?と視線を落とす。
「ん?」
 さらりと、目の前を流れ落ちた金髪。
 自分の想像にさぁっと血の気が引いた。
 霊子体である自分達が、こんなことになるなんて信じられなかった。
「嘘でしょ?」
 だが自分が呟いた声は自分のモノではなく、同期で上司の吉良イヅルのものだった。
 とりあえず死魄装に着替え、部屋を出た。
 そして、誰にも出くわさないことを祈りながら、隊舎内の自分の部屋を目指した。
「吉良?」
 小さく声を掛けると、ゆっくりと障子戸が開かれる。
「飯島くん?」
 おそるおそるイヅルが名を呼ぶ。
 イヅルの姿の小春はこくりと無言で頷いた。
 そして、誰もいないことを確認して部屋のなかに滑り込んだ。
「一体何がどうなってるんだ?」
 めまいがしそうだと言う顔のイヅルに、小春も苦笑するしかない。
「とりあえず戻る方法を考えなきゃ。イヅルは副隊長だし、色々面倒になりそうだから」
「そうだね。……でも、戻れなかったら……」
「いわないでよ。私だって不安なんだから」
「そ、そうだね。ごめん」
 イヅルは小春に謝り、俯いた。
 小春は腕を組んで頭を捻る。
「大体何でこうなったんだろ。技術開発局の実験に協力した覚えもないのに……」
「だよね」
 結局解決策も浮かばぬまま、時間は過ぎてしまった。
「あ」
「なにか名案でも?」
「違うよ。今日、定例の副隊長会が……」
「なんですとー!?」
 自分達はルキアと恋次の二人を通じて出会ったに過ぎない。
 まぁ、言ってしまえば小春は一介の隊員で、イズルのように優秀ではないのだ。
「む、無理!」
「阿散井くんか雛森くんに事情を話そう。一回くらいはどうにかなるから」
 この通りとイヅルが頭を下げる。
「やめてよ。わかったよ、一回だけだからね」
「ボロはださないでね」
「わかってるよ」
「……大丈夫かなぁ」
「そっちこそ、ボロださないでよ……じゃない、くれよ」
「わかってる」
 苦い顔のイヅルに不安になりながらも、小春は再びこそこそと自分の部屋を後にした。
「れん……じゃない、阿散井くん」
 慌てて呼び名をかえ、同じ場所へ向かおうとしていた恋次を呼び止めた。
「おぉ、吉良、はよ。……どうした?」
 きょろきょろと周りに人がいないことを確認する小春に恋次は首を傾げた。
「実は恋次にしか話せないことがあるんだけど」
「ああ?」
「自分達もよくわかってないから結果だけ言うけど、私は飯島小春。どうやら吉良と体が入れ替わっちゃったみたい」
「はあ?」
 恋次は目を点にして小春を見る。
「驚くのも無理ないけど、それが事実なの。ってわけでなんかボロだしそうになったら一緒に誤魔化すのよろしく」
「……マジかよ」
「マジだって。なんだったらルキアから聞いた阿散井のとっておきの恥ずかしい話してあげようか?」
「わかった、信じる。だからやめてくれ」
 げんなりする恋次に小春は満足気によしと頷いた。
「後は雛森ちゃんにも話しておくか」
「俺から話しておいてやるよ」
「そうだね。変な誤解が生まれると吉良に悪いよね」
 考えてなかったよと苦笑する小春に、恋次は深々とため息をついた。
「やっぱ雛森には内緒な」
「なんで?」
「なんでも」
「なんか、今日の吉良くん……」
 途中で合流した桃にまじまじと見られ、内心冷や汗だらだらだ。
「いつも以上に静かだよね」
「気のせいだろ」
 恋次のフォローにこくこくと小春は頷いた。
「何か私に隠そうとしてるの?」
 桃は上目遣い気味に小春を見上げた。
(吉良が好きになるのもわかる気がする……けど……今の中身は私なの!)
 と、叫べたらどんなに楽だろう。
 小春は目を逸らし、ため息を一つこぼした。
「あ!わかった」
「なにがだ?」
「吉良くん、やっと自分の気持ちに気が付いたんだね」
「ひ、雛森!その話は辞めようぜ」
 女の子特有の気配を漂わせていた桃の言葉を、慌てたように恋次が遮った。
「……あれ?違った?」
「違う。だから辞めようぜ」
「つまんないなぁ」
「ま、諦めろ。吉良が気付くまで先は長そうだしな」
 小春は恋次の服の袖をひっぱった。
「何の話だよ」
「吉良の話。お前は知らなくていいんだよ」

「何話してるの?」
「なんでもないって」
 恋次が誤魔化し笑いを浮かべ扉を開いた。
 イヅルならどうすると考えながら発言するため、反応がいちいち遅くなった。
 そのため勇音に随分と心配されたが、どうにか乗り切ることができた。
「……なんか尊敬」
「え?」
 イヅルに報告をするためにも、小春は体調が悪いのなんだと言い訳をつけて午前の間休むことにした。
 イヅルはイヅルでさっさと事務だけだったこともあり、終わらせて戻ってきていた。
「イヅルってすごいね」
「そんなことないよ」
「私は会議しか参加してないけど、これに普段の仕事と市丸隊長の捕獲があるかと思うと、私だったら辞めてるって思ったよ」
「捕獲って……」
「じゃあ鬼事」
「……そんな風に見えるんだ」
「少しね」
 小春はちろっと舌をだした。。
「そういえば、吉良」
「ん?」
「吉良が好きなのって雛森ちゃんだよね?」
「な、なんで突然!?」
「いやね、なんか雛森ちゃんが誤解してるみたいなんだよね。吉良には他に好きな人がいる〜みたいない言いかたしてたし」
 赤かった顔がふっと曇る。
 小春は、そんなイヅルに首を傾げた。
「……飯島くん」
 しばらく黙り込んでいたイヅルが、突然口を開いた。
「僕、雛森くんのこと好きじゃないみたい」
「へ?」
 小春はポカーンと口をあけ、イヅルの言葉を胸の内で反芻した。
「あ、いや……恋愛対象としてね」
「いや、それくらいはなんとなくわかるけど……」
「今気付いたよ」
 苦笑するイヅルに、小春は曖昧に頷いた。
「自分から話ふっといてなんだけど、評価しづらい話にさせちゃったね」
 小春は誤魔化すように苦笑を浮かべ、居心地の悪さに立ち上がった。
「小春?」
「そろそろ戻るよ」
「まっ……」
 イヅルは手を伸ばし、小春の腕をつかんだ。
「うわっ」
 予想していなかった力にバランスを崩した。
 ガツッと何かがぶつかる音がして、目を瞑った。
 半歩ほど遅れて、ジンジンと“そこ”が痛んだ。
 目を開けると、イヅルの顔が小春の正面にあった。
 目を閉じていたイヅルが、目を開き、視線が絡み合った。
 見つめあうこと、恐らく数秒。
「わぁぁぁぁぁ!」
 顔を真っ赤にして、イヅルが背中を前にして小春から離れた。
 小春は押し倒された形になっていた体をゆっくりと起こした。
 視線を落とし、手のひらを見る。
 少し骨張った、ゴツゴツした大きな男の手ではなく、見慣れた小さな自分の手のひら。
 イヅルの顔と見比べ、元に戻っていることに小春も、イヅルも気付いた。
「戻、った……?」
 茫然と小春は呟き、黙り込んでしまった。
「ご、ごめん」
 イヅルは恐る恐る小春の唇に指を這わせ、血を拭った。
 イヅルの唇にも血が付いている。
 つまり、元に戻れたのは、唇が触れ合ったからだろう。
 そのことに気付いた小春は突然込み上げてきた涙を、止めることができなかった。
「ふぇ……」
「飯島くん!?」
 込み上げる涙は、止まる気配がなく、ポロポロとこぼれ落ちる。
「ごめん、僕が引き止めたから……」
「そうじゃないー、吉良の馬鹿ー」
 ポカポカと小春に殴られ、イヅルは困惑する。
 わかりやすい小春が今はよくわからないのだ。
「じゃあ何で泣くの?」
「知らない!」
「ええ!?」
「吉良なんかには絶対教えない」
 背をむけ、朝からそのままの布団のなかに潜り込んだ。
「飯島くん?」
「何?さっさと戻りなさいよ。休み午前中までなんだから」
「なんで怒ってるの?」
 小春は返事をせず、だまりこんだままだ。
 イヅルは深々とため息をついた。
 布団の中で、小春は必死に息を潜めた。
 背中にあるのはイヅルとたった一つの出入口。
 身動きなどとれない。
「……戻るね」
 ため息をついたイヅルが立ちあがり、そう呟いた。
 軽い音がして、障子が開かれる。
 小春はむんずと枕を掴み、立ち上がった。
 振り返りざまに、部屋を出ていこうとしたイヅルに向けて枕を投げ付けた。
「空気、読めー!」
「ぶっ!?」
 小春が動いた気配で振り返ったイヅルは、顔面に枕攻撃を受けた。
「何するんだよ!」
 どうにか態勢を整えたイヅルは、部屋の中へ一歩戻った。
「私より成績優秀なくせになんでわかんないのよ」
 怒りに肩を震わせていた小春は、強く拳を握り締めた。
「成績がいいからって人の気持ちまでわかんないよ」
「吉良の鈍ちん!謝ったから怒ってるの!」
 イヅルは首を傾げた。
「謝ったからって……」
 他にどうしろというんだ。イヅルには皆目見当が付かない。
「もーいい!恋次のとこ行く!」
 小春はイヅルの横を通り過ぎ、部屋を出ていこうとした。
 だが、イヅルに腕を捕まれ、それができない。
「は、離して」
 再び泣きそうになった小春の顔は赤く染まっていた。
 強く引っ張られ、小春はイヅルの腕の中にいた。
「思わせ振るな……」
 弱々しく呟きながら、小春は泣き崩れた。
「ごめん。飯島くんも女の子なんだよね」
「何それ。私が女じゃないとでも!?」
「いつのまにか身近にいるのが当たり前で忘れてたよ。……僕は飯島くんが好きだよ」
 突然の告白に、小春は真っ赤な顔でイヅルを見上げた。
「私は、ただ、事故が嫌で……しかもそれが初めてで……」
 わたわたと慌てはじめた小春にイヅルはくすりと笑った。
「じゃあやり直そう」
「やり直すって……」
 イヅルの細い指先が小春の顎に掛かる。
 くいっと顔をあげられると、ゆっくりと唇が触れ合った。
 ほんの少し、鉄の味がして、唇が離れると、二人で小さくくすくすと笑った。



⇒あとがき
 もともと書いてた奴に肉付けしただけだから結構早くできました。
 問題といえば、雛森とイズルが偽物臭いこと。
 雛森がおかしいのは、本館用に貰った夢の所為です。きっと。
20051217 カズイ
res

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