◆銛之塚弟、現る

 南校舎の最上階。
 北側廊下の突き当たり。
 未使用の音楽室。
 その扉を開けると―――

「よかった、今日はなにもない」
 同じクラスでもあるが先に行ってしまった常陸院ブラザースこと常陸院光と常陸院馨の双子に遅れは取ったものの遅刻にはならなかった。
 二人の後姿だけがあるということにハルヒはほっと自分の胸を撫でおろした。
 中へと入って二人に近づくと、どうやら二人が同じ体勢で身体を硬直させていたことに気づく。
「どうしたの?」
「「見知らぬ少年Aが寝てる」」
「……見知らぬ少年A?」
 首を傾げながら、ハルヒは二人が間を開けたことで見えたソファを見つめた。
 ホスト部の活動で使う白い見た感じでもぱっと高価だと判る三人掛けのソファから長い足をはみ出してすやすやと眠る少年が本当にそこにいた。
 桜蘭の制服ではなく普通のパーカーとジーンズのつなぎを着ている所謂"庶民"な風貌の少年がいた。
 身長は当然ハルヒよりも高く、光や馨よりももしかしたら高いかもしれないといったところだろうか。
 髪は短い黒髪で、モリ先輩こと銛之塚崇と同じようにその短い髪は立ち上がっていた。
「……ん……」
 だが崇と違い、幼さを残す顔立ちはハニー先輩こと埴之塚光邦のように可愛らしい。
 180cmはありそうな男を捕まえて可愛いなどと言うのは失礼かもしれないが、ハルヒは素直にそう感じた。
「ハ〜ルヒー!」
 背後にある扉を勢いよく開けて入ってきた部長・須王環の声に、三人はびくっと肩を揺らし、思わず口元に人差し指を当てて"黙れ"と無言で威嚇した。
 見事に息のあったような動作に環は三人以上にびくっと肩を揺らして怯んだ。
「お、お母さん!子どもたちが反抗期をっ」
「黙れと言われたんだからとりあえず黙っていろ」
 眼鏡を掛け直しながら環と一緒に入ってきた鳳鏡夜は冷たく突き放し、「で?」と説明を三人に促す。
「それが、見知らぬ少年Aがソファで寝てまして」
「「見知らぬ少年A?」」
 二人にもわかるようにハルヒが道を開けると、環と鏡夜も少年に歩み寄る。
「本当だ、見知らぬ少年Aだ」
「見知らぬ?」

「なにしてるのー?」

 鏡夜が何か言うとしたところで、最後の二人がやってくる。
 件の銛之塚崇と埴之塚光邦の二人だ。
 背の高い崇の背に小柄な光邦が乗り、いつものように現れた。
「……春哉」
 ぽつりと崇が呟いた。
「あ、ハルちゃんだー」
「ハルちゃん?」
 一同が首を傾げる中、崇は光邦を背に乗せたまま少年Aに歩み寄る。
「春哉、起きろ」
「んう〜」
 肩をぽんぽんと叩くと、少年は小さく呻く。
 眉間に皺を寄せ、まだ眠たいと言っているかの表情にハルヒはまた可愛いなとのんきに考えていた。
「春哉」
 今度はゆさゆさと揺さぶる。
 すると流石の少年も目を開ける。
「んー……」
 ゆっくりと開く瞳はすぐには焦点が合わず、暫く視線をさまよわせた後ゆっくりホスト部のメンバーを見回す。
「モリ先輩は、彼を?」
「弟」
 環の問いに簡潔に答えると、崇は少年―――春哉の身体を引っ張って起き上がらせた。
「弟いたんですね」
「留学」
「確かギリシャだったかな。一週間もいなかったから環も忘れていたんだろう。中学も違ったしな」
「そうだったのか!」
 納得する環を無視し、春哉は欠伸をひとつ浮かべる。
「ハルちゃん眠いの?」
 光邦の言葉にこくんと頷き、もう一度欠伸。
 それで目が覚めたのかはわからないが、春哉はソファから降りて地に足をつける。
 立ちあがってみるとやはり180cmはありそうな高さがあった。
「えっと……」
 何故か真っ先に真正面に立たれたハルヒは何を言っていいのか迷った。
 だがハルヒが口を開くよりも先に春哉がハルヒの手を取っていた。
「僕は銛之塚春哉って言うんだけど、可愛らしい男装のお嬢さんはなんて言うのかな?」
 柔らかな笑みを浮かべてハルヒの手の甲に唇を落としてそう言った。
 自称・父の環は当然絶句し、ハルヒを気に入っている光と馨も同じく言葉を失った。
「は、背後に薔薇の幻覚が……」
 思わず呟くハルヒに春哉は笑顔を絶やさない。
 だが崇が春哉の頭を叩くと一変する。
「しゃきっとしろ」
 ハルヒの手は握ったままだが、表情は崇と同じように起伏の少ない表情でじっとハルヒを見下ろす。
「……えーっと……」
「……名前」
「話は続くんだ。自分は藤岡ハルヒと言います」
 ハルヒは苦笑を浮かべながらも自己紹介した。
 すると春哉は「ん」とだけ声を発し、首を縦に振った。
「えーっと?」
 思わず崇を見るハルヒだったが、答えはその背に居る光邦が出してくれた。
「可愛い名前だって〜。よかったね、ハルちゃん」
「「なぜわかる」」
「だってハルちゃん、昔っから寝ぼけてる時しかまともに喋んないし、崇以上に無口だからね〜」
「ん」
「「あ、また首縦に振っただけ」」
「その辺りはモリ先輩と似ているな」
 うんうんと環は頷く。
「ところでハルヒが女だとバレているが誰も突っ込まないのか?」
「「「そうだったー!!」」」
 鏡夜の言葉に双子と環が反応する。
「沈黙」
「……喋らないってことですか?」
「ん」
 こくりと頷き、伝わったことに嬉しかったのかはにかんだ笑みを浮かべる。
 その姿にハルヒの手が思わず伸びる。
「……わぁ!?ごめんなさい」
 慌てて謝るハルヒに春哉は首を傾げる。
「年上の男の人の頭撫でるなんて失礼ですよね」
 春哉はくすりと笑い、首を横に振った。
 そしてハルヒの頭をお返しとばかりに撫でる。



「……お母さん」
「はいはい、なんだいお父さん」
「とってもいい雰囲気に見えるのは俺の気のせいかな」
「「気の所為じゃないね」」
「ないねー」
「ない」
「あの様子だと俺たちが喋ってるのも耳に入っていないんだろうな」
「そ、そんな……」
「ま、娘はいつか旅立つ者だということだ」
 にこりと笑みを浮かべる鏡夜に、環は身体を硬直させ続けた。



⇒あとがき
 試験的に書いたものを大きくオチ変更しました。
 それに至る理由はなんとなく察していただけると思いますが、初稿時と現在とで本編の設定の詳細に差がありすぎるからです。
 本当に弟が登場するは光がハルヒ好きになるわハルヒが環好きになってるわでどうしよーと思いながらもリクエストいただいたので加筆作業を行いました。
 まぁ、初稿から五年も経てばそりゃぁ色々ありますよね。
 なんか矛盾が出てきたりしてたらごめんなさい。本誌っ娘なんで過去の内容がうろ覚えです。
 とりあえず双子とハルヒの騒動よりもちょっと前の時間軸かと思われます。
20030811 カズイ
20081002 加筆修正
res

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -