◆ネクタイピンと私
「……1月11日なんて語呂がいいよねぇ」
「はへ?」
渋谷サイキックリサーチ―――略してSPRのアルバイトで、一つ年下の麻衣ちゃんはとっても可愛い。
呆けた顔もべらぼうに可愛い。ナルさえいなけりゃ私がお嫁に欲しいところだ。
まぁこの二人はまだまだ付き合うことなんてないだろうけど。
「突然なんなんどすか?小春さん」
首を傾げながら、金髪の少年―――もとい青年が問いかける。
めちゃくちゃ若く見えるけど、これでも21歳のエクソシスト。ジョン・ブラウン神父だ。
あ、ちなみに私、飯島小春は陰陽師の端くれです。
麻衣ちゃんとは同じ学校で先輩後輩の関係にあたる。出会いはもちろん自分の学校で起きたあの旧校舎事件である。
「麻衣ちゃんや、君は去年もこの時期もバイトしてたでしょ?」
「……なにかあったっけ?」
「まぁ、仕事してただけじゃ知らないか」
「なんなの?小春ちゃん先輩」
「1月11日と言えばリンさんの誕生日よ」
「「「「ええ!?」」」」
驚きの声のもう二つは自称巫女の松崎綾子と、坊さんこと高野山出身の本物のお坊さんの滝川法生。
ちなみに山を下りているので髪はある。むしろ男にしては伸ばし過ぎな方だと思う。
長髪の男は嫌いだけど、似合ってるから許す。
「そう言えばそうですね」
「なんだ、知ってたのか?安原少年」
「ええ」
にっこりとほほ笑むのは安原修。
緑陵高校の事件の後何回か手伝っていてそのままずるずるとバイトの仲間入りをした少年である。一応同級生だ。
今じゃ本家本元でお勉強をしつつナルのサポート。って、まぁ、麻衣ちゃんもがんばってるんだけど、まだまだって感じ?
つまり、私も含めて麻衣ちゃんと、安原くん以外はここの従業員じゃない。頼まれたときにお手伝いするただの協力者だ。
ちなみにこうしてお茶を飲むために集まるのは、ただ喫茶店にしているだけじゃなくて、情報交換や、近況報告ついでに麻衣ちゃんの顔を見に来るため。
あのときの麻衣ちゃんの落ち込みはすごかったからね……。
皆、口には出さなかったけど麻衣ちゃんが大事だからね。もちろん、私も。
「1月11日って今日じゃない」
「うん。だから皆早く帰らないかなぁって待ってるんだけど」
にこぉっと笑うと全員固まる。
「所長はどうするつもりなんですか?」
「もちろん、麻衣ちゃんが追い出し……もとい連れて行ってくれるよね?」
「ええ!?」
「ね?」
「……が、がんばらせていただきますっ」
しくしくとお盆を置いて所長の部屋へと向かい歩き出す麻衣ちゃん。
って、実は既に交渉済みなんだけどね。
溜息をこぼしたりしつつも飲み物を片付けた面々が帰り支度を始める。
「ああそうそう、どうせならこれくらいはしないと」
そう言った安原くんは私の後ろ髪に何かを結んだ。
「なにしたの?」
「リボンですよ。偶然ポケットに入っていたので。飯島さんが僕たちからのプレゼントってことで」
「その手があったか!」
そういうと安原くんは固まった。
「……冗談のつもりだったんですけど」
「そこまでは考えなかったよ。ありがとね、安原くん」
「いえいえ」
その言葉と同時に所長室の扉が開く。
扉から出てきたのはナル。その後ろを麻衣ちゃんが不思議そうな顔をして私の方を見る。
私がにやっと笑うと、麻衣ちゃんは顔を真っ赤にしてパクパクさせていた。
ナルと私はグルだって気付いたらしい。可愛いなー!
「なにをしている。行くぞ」
「え、あ……ちょっ、待ってよ!」
麻衣ちゃんは慌てて自分のコートを掴むと、既に出る準備万端のナルの後を追いかけた。
まったく、素直じゃない奴だ。
いつかはどこかへ連れて行ってやりたいと思ってたってナルが言ってたの、いつ麻衣ちゃんにバラしてやろうかなぁ。
「……ほどほどにな」
ぽんぽんと頭を叩くぼーさん。
はは、私も守られてるほうかな。
「了解」
皆が出て行くのを確認して残りの紅茶に口をつける。
甘くてほんのり残った温もり。本当、麻衣ちゃんはけなげなお嫁さんになりそうでお姉さん寂しいわ。
―――ガチャッ
静かなSPRにやけに大きくその音は聞こえた気がした。
それは資料室の扉が開いた音だった。
扉の先にいると思っていた人物は誰一人いなくて、私一人。それにリンさんは少し驚いているみたいだった。
「ナルも一緒に出かけましたよ」
「……そうですか」
日本人嫌いらしいリンさんは、最近打ち解けたけどまだちょっと慣れないらしい。
私も日本人。それは動かしがたい事実で、しょうがない事実なんだけど。
半人前といえども陰陽師は陰陽師。リンさんから学ぶものはある。日本の陰陽師は向こうから渡ってきた術に過ぎないんだから。
「リンさん、休憩しませんか?」
「いえ」
「休憩しますよね?」
「……はい」
リンさんはちょっと押しに弱い傾向がある。だから私は常に押せ押せだ。
皆の分のティーカップをお盆に載せて片付け、唯一あまっているリンさんのカップ(ナルの分は麻衣ちゃんが差し入れたから今も所長室だな)にコーヒーを淹れる。
ノンシュガーで、分量も間違いない。時々麻衣ちゃんの手伝いするときに覚えたんだよねぇ、リンさん好みの味。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
ソファに座るリンさんは無表情にコーヒーに口をつけた。
顔の右半分を隠すような髪。少し伏せた睫、長い。
言われなきゃ分からない同じアジア人なんだけど、やっぱりリンさんはカッコいいな。
「あの……何か?」
そういわれてじっと見ていたことに気づき赤くなる。
「あ、あはははは」
そうやって笑って誤魔化すしかなかった。
誕生日だって知ったのは、ジョンの誕生日、つまり今年の5日。仕事があるからと呼び出されていた私は偶然そのことを知った。
それからナルに頭下げて(ついでにからかって)今日に至る。
プレゼントはバックの中に入ったまま、どのタイミングで出て行くのかを今か今かと待っている。
「飯島さんは……」
ぽつりとリンさんが口を開く。
ドキッとして口から心臓が飛び出るかと思った。
「出かけないんですか?」
「え、あ……ちょっと……ですねえ」
いざとなると照れくさくて、私は残り僅かの紅茶を一気に飲み干した。
飲んだばかりなのに喉がひどく渇いている気がした。
バックを取って中身を確認。ある。ばっちりある。
後は平常心。女は度胸だ!
「……これ」
すっと机の上にプレゼントを差し出す。
青い包装紙に包まれた長方形の箱。
「これは?」
「誕生日プレゼント……です」
驚きながら受け取ったリンさんはプレゼントと私を見比べる。
きゃー!!お願いだからあんまり見ないでください。恥死にしそうです〜!!
「プレゼントがうまく思い浮かばなくて……ネクタイピンで悪いけど……いつも身に付けられそうなものってそれくらいで」
……ん?私、今うっかり変なこと言わなかった?
「っ!?」
「いつも身に付けられそうなもの」って思わず本音が口から飛び出してしまったぁぁぁぁ!!!
「あ、あの、ふ、深い意味はなくって、ですね!その、あの」
慌てて誤魔化しても説得力ねー!!
立ち上がったリンさんは机に手を載せ、机を挟んだ私の額に軽く唇を触れさせた。
「リンさ、ん?……………〜〜〜っ!?」
は、反応遅いぞ、私!!
真っ赤になりながら額を押さえてリンさんを見あげると、くつくつと笑うリンさんの顔があった。
「ありがとうございます」
そういわれた瞬間、全身に思わず走らせていた力が一気に抜けた気がした。
ほんの少し、勇気を出してよかった。なんだか私が得した気分だよ。
「お誕生日おめでとうございます。リンさん」
そう言うとリンさんは優しく微笑んだ。
なんか、初めてゆっくり眺めたかもしれない。
(あ、肌綺麗。新しい発見だ)
「……………?」
あれ?
あれれ?
「!!!!」
重ねられた唇。男の人なのにやわらかくて、気持ちいい。
それに気付いた私は思わず目を見開いた。
するりと薄く開いた唇に舌が割って入る。
背に回された手に気がついて、私も恐る恐るリンさんの背中に手を伸ばす。
……あったかい。
―――バタンッ!
その音に慌てて両手を上げてリンさんから離れる。
扉の向こうに立っていたのはぼーさんだった。
犯人は貴様かっ!
「……わ、悪い……悪気は無かったんだ。じゃあな、ごゆっくり!」
そういうぼーさんはびくびくしながら、コート掛けの近くに落としたキーホルダーを掴むと、そう言って逃げるように出て行った。
とりあえず、私は睨んでいない。まぁ、恥ずかしかったくらいだ。
ふっと視線を上げてリンさんを見ると、リンさんが扉を睨んでいた。
それがなんだか妙にうれしくって、私はリンさんの服を引っ張った。
唇を指差すと、もう一回リンさんは唇を重ねてくれた。
いつも、あなたの傍にいれること。それが私の幸せです。
生まれてきてくれて、ありがとう。リンさん。
⇒あとがき
即興。テスト中必死にリンさん夢リンさん夢とネタだけは考えてみました。
シンフォニアやりたいくせになにがんばってんだか(笑)
20050111 カズイ
20100123 加筆修正