◆おまじない

 クロウ・リードが私にかけてくれた魔法は、優しくも悲しい魔法。
 私自身ではなく、私の中で眠る彼女にかけたもの。
 発動したのは彼女ではなく私。
 おかげで私は次元の魔女さんのところへいき、彼ら三人と共に旅をすることになった。

 一人は小狼さん。
 私の知っているさくらの好きな小狼くんと同じだけど、同じじゃない人。
 だから『くん』でも呼び捨てでもいいといわれたけど『さん』とつけている。
 玖楼国で考古学者をやってたという博識な人。対価は関係性。

 もう一人はファイさん。
 最初は優男さんと心の中で呼んでいたけど、阪神共和国についてすぐ、ファイでいいといわれた。
 セレス国の人で、私と同じウィザード。対価はイレズミ。

 最後の一人は黒鋼さん。
 黒ちゃんとか黒りんとかファイさんに呼ばれている。
 私が住んでいたところとも、次元の魔女さんが住んでいたところとも違う日本国というところから来た忍。対価は銀竜という刀。

 三人とは別で、今は眠ったままの少女。
 私の知ってるさくらと同じだけど、同じじゃない。玖楼国の王位第一継承者。つまりお姫様。
 さくらと同じ名前のサクラ姫。
 小狼さんとは幼馴染で、小狼さんの大切な人。

 どこの世界でも二人は変わらない。
 その事実はほっとできる。
 早く、さくらも香港に帰っている小狼くんと再会できるといいなぁって思う。

  *  *  *

「小春ちゃん。なにしてるの?」
「ファイさん……」
 阪神共和国についてから二度目の夜、こっそり部屋を抜け出した私は早々にファイさんに見つかってしまったらしい。
 お互い軽装で、近くの公園という、嵐さんの下宿所から少し離れた場所だ。
 私の隣のブランコに腰掛け、ファイさんは不思議そうにブランコを揺らす。
「揺れるねー」
「ファイさんの世界にはブランコ、ないんですか?」
「あったけど、こういうのじゃなかったよ。ブランコって言ったらイスでしょ?」
「そういうのもありますよ。……ここにはないですけど」
 あたりを見回してくすっと笑った。
 あるのはゆりかご。だけど、ゆりかごとブランコは別物。
 たぶん、ファイさんが言ってるのは家庭用に時々見られるベンチがぶら下がったようなブランコのことだろうと思う。
「大丈夫?」
 かけられた言葉の意味は判る。
 昼間、正義さんとお昼ご飯を食べるためにお好み焼き屋さんに行ってからの私は、自覚できるほど不調だった。
「大丈夫のつもりです」
「大丈夫じゃないよね」
「そうですね」
 くすくすと笑い、空を見上げる。
 青白い満月は見慣れたもの。
 きらきら輝く夜空にぽっかりと浮かぶ月は好きで、嫌い。
「そういえば小春ちゃんって晩御飯の準備のときに思ったけど、手馴れてたよね」
「はぁ……」
 話題を逸らしてくれたのか、ファイさんはにこにことそういう。
「母子家庭ですから」
「ぼしかてい?」
「母親と子どもだけってことです。まぁ、ほかの家の母子家庭よりは恵まれてたと思います。隣の家も父子家庭だったから……」
 脳裏に桃矢さんの顔がよぎり、首を横に振る。
「父子家庭って言うのは、父親と子どもだけってことです」
 付け加えて無理やり笑う。
 うまく笑えたと思う。だって、昔からそうすることなれてたから。
「好きだった?」
「!?」
「あの店の店員。黒髪のほうと同じで、同じじゃない人」
「……好きでした」
 過去形。
 振られたし、はやく振り切りたい。
 それもできずにうじうじ悩む。 まだ好きだから、あの時さくらじゃなくて桃矢さんにすがりついた。
 シスコンで、雪兎さんが好きだった桃矢さんが好きだった。
「素直だね」
 素直に返されると思ってなかったらしいフェイさんは驚いた顔で私を見ていた。
「事実ですから。……それに、好きだけど、好きになっちゃいけない人なんです」
「クロウ・リードって人が関係してる?」
 その名前に苦笑する。
「クロウ・リードは関係あるようで、関係ないです。神官様って呼ばれた人のほうと同じで、同じじゃない人が好きなんです。彼は。……雪兎さんはクロウ・リードに作られたユエ、もう一つの……いえ、本来の人格でもあるんで、関係あるようで、関係ないんです」
「……そっか。それで好きになっちゃいけない人なんだ」
「はい。きっぱり断られたから忘れなきゃいけないとは思うんですけど、なかなか……」
 苦笑しながら再び月を見上げる。
 最初は好きだったけど、今は嫌いな月。
「ファイさんは、功断の夢、みたんですよね」
「一応ね〜」
「……小狼さんも、黒鋼さんも功断使えてます。私だけ……」
「気にすることはないと思うよ」
「だめです。私、サクラ姫を助けるために対価を渡したんですから」
「……強いんだねぇ」
「強く、ありません。さくらに怪我させて、桃矢さんを怒らせて、皆を困らせて……いつも私は弱い。昔からずっと……」
「力じゃない強さ」
「え?」
「それが小春ちゃんの強さだと思うよ」
 ファイさんはブランコから降りて、私の前に立つ。
「小春ちゃんがいい夢が見れますように」
 神聖なもののように私の手をとって口をつけ、ファイさんはくすっと笑った。
「真っ赤だー」
「ファ、ファイさん!?」
 ブランコから立ち上がって離れるとそのままお姫様抱っこされて、額に軽くキスを落とされた。
「おまじないだよ」
 くすりと笑うファイさんに安心しながら、昨日あまり寝なかったのもたたってそのまま眠りにゆるゆると落ちていった。



⇒あとがき
 異邦人の原型となったものです。
 主人公の設定はCCさくらの、さくらの幼馴染み。
 桃矢が好きだったけど、振られています。
 んでもって偶然サクラ姫の記憶(羽根)を見つけて侑子さんの元へって設定。
20050227 カズイ
20070330 加筆修正
res

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