◆未熟な恋の華

 小春が始めて七番隊に配属された時、自分の素顔を見たら卒倒しかねないと思った。
 何故なら、副隊長である射場の顔を見て、

「ヒィィィィ!怖いですぅ!!」

 と、悲鳴を上げ、尚且つ泣き出してしまったからだ。
 その時の記憶は今も鮮明で、今でもその考えは拭えていなかったりする。



「あ、狛村隊長。おはようございます」
「おはよう」
 呑気な挨拶につられるものの、内心はひやひやしていた。
 別に狛村が、と限られるわけでなく、小春という少女は保護欲を掻き立てられる存在なのだ。
 最初は怖がられ、泣き出されていた射場も、檜佐木や阿散井と言った強面の面々もよく小春を構っている。
 中には不埒な考えをする輩も居る。
 そんな者たちから小春を守らねばと、狛村はある種父親のような気分でいた。

 だがそれは思いっきり無視された。
 確か昨日の出来事だったはずだ。

 ……それなのにいつもと変わらぬ挨拶。
 昨日の出来事は夢であっただろうか。
 そうであって欲しいと、狛村は切実に願った。

「飯島……」
「昨日の答えですか?」
 頬を赤らめ、小春は狛村を見上げた。
 その目は不安に揺れているようだった。
 狛村はうっと詰まり、答えに困る。
 実は昨日。射場が居ない隙を狙ったかのように小春が現れ、狛村を好きだと言ったのだ。
 偶然砕蜂の使いで大前田が執務室に現れ、その話はうやむやなままだった。
「いや……その……だな……」
 顔を隠すために被っている笠により、相手には伝わらないだろうが、狛村は視線を彷徨わせた。
「私のこと……お嫌いですか?」
 瞳を潤ませた小春に、狛村はますます困った。
 小春のことは嫌いではない。
 実を言えばこの気持ちは恋なのだろう。
 だがこの身体が、小春を選ぶことを許さない。
 だから恋ではなく父親の気分であり続けようとしていたのだ。
「その……すまない」
 だからこそ狛村は頭を下げた。
「……ありがとうございました」
 今にも泣き出しそうな声で、小春は頭を下げ、狛村の横を通り過ぎていった。
 狛村は執務室の扉を開き、中へと入った。
「……これでいい」
 そして誰もいないそこで一人ため息をついた。










「らしくないな、狛村」
「わかっている」
 当然の言葉にそう答え、狛村はため息をついた。
「飯島に告白されたことか?」
「なっ!?」
「振ったそうだね」
「何故それを……」
「振られた後九番隊(ここ)に来たんだよ」
 九番隊の副隊長檜佐木修兵とはよく会うらしく、仲がいい。
 相談にきていたりしてもおかしくはないだろう。

「泣いていたよ」
「うっ……。だが他にどう言えと言うんだ」
「……知らぬ者には伝わらないよ」
「わかっている」
 わかっていてもこればかりはどうしようも出来ない。
「彼女は本気だった。でも狛村、君はそれに対して真正面から向き合って答えを出してあげたのかな?」
 狛村ははっとして顔を上げた。
 わかっていたはずなのに、あの言葉は自分が傷つかないためのただの逃げに過ぎないのだと。
「すまない、東仙。……だがこのことは言うつもりはない」
 嫌われてしまうよりは、今のままがいい。
 狛村は再びため息をついた。

  *  *  *

 大好きな狛村。
 自分が苦手なタイプだと思っていたのに、気がつけば彼に恋をしていた。
 そしてそれを伝える決意をした。
 ちゃんと告白は出来た。少なくとも悔いはない。
 だけど返事はすぐに聞けなかった。
 告白した次の日に執務室に入ろうとしていた狛村に声をかけた。
 できる限りの平静を装って。
 だけど返ってきた言葉は悲しすぎた。
「その……すまない」
 狛村は小春に頭を下げた。
「……ありがとうございました」
 泣きそうになるのを堪えて、頭を下げた。
 自分に答えをくれた狛村に対して。
 だけど悲しすぎて、小春は狛村の横を早足で抜けていった。

 そしてその足で九番隊へ向かった。
 兄のような存在であり、今までも存在にのってくれていた檜佐木のもとへ。
「檜佐木副隊長〜!」
「うおぅ!?」
 身長差の所為で腰元にタックルする形になってしまったが、檜佐木は怒らず小春に声を掛ける。
「どーした?」
 いつもと同じ、優しい檜佐木の声に、小春は瞳を更に潤ませた。
「ダメだったです」
「?」
「すまないって……」
 その言葉で事情を察したのか、同席していた東仙は小春の頭をそっと撫でた。
 小春はその優しさに堪えていたものが溢れ出した。
「……狛村にも色々事情があるんだ。それをわかってやってほしい」
 泣き疲れて眠くなったころ、東仙は小さく呟いた。
「君が彼の幸いであることを祈るよ」
 その意味は小春にも、檜佐木にもよくはわからなかった。

 失敗した。
 狛村はそう思いながら机の上から落ちた笠を拾い上げた。
「狛村、隊長?」
 震える声と身体。
 やはり小春は己に怯えた。

 狛村は自嘲し、小春を冷たく見下ろした。
「出ていけ。このことは他言無用だ」
 小春に背をむけ、笠をかぶりなおそうと手を動かした。
「!?」
 その腕を小さな両手が掴む。
 俯いた顔ではその表情を読むことは出来ない。
 だが、手が震えているのがわかった。
「出ていけ」
 再び告げる。
「いや、です」
 嗚咽交じりの声に、狛村はため息をついた。
「何故だ」
「私は狛村隊長が好きです。どんな見目をしていようと、私は狛村左陣と言う人を好きになった。ただそれだけなんです!」
 小春が顔を上げる。
 赤く染めた頬。
 瞳に浮かぶ涙。
「好きです」
 告げる唇。
 象った言葉に、狛村は目を逸らした。
「ちゃんとした答えを下さい!……お願い、ですから……」
 弱々しい語尾。
 胸が強く締め付けられた。

 狛村は伸ばしかけた手を止め、それでも伸ばした。
 そっと小春の頭を撫で、
「すまない」
 そう告げた。
「……そう、ですか」
 力なく、小春は狛村から手を離した。
 だが、狛村は小春から手を離さない。
 そっと頬に手を伸ばし、その涙を拭ってやる。
「断っているわけではない。謝っているだけだ」
 優しく目を細める狛村に、小春は首を傾げた。
「父親のような存在でいることで一線を引き、自分を守っていた。飯島がこの顔を知ったとき、怯えるのではないか、嫌われるのではないかと怖がっていたからだ」
「確かに少し怖いし、驚きました。でも狛村隊長は狛村隊長です」
 そっと小春の小さな手が、狛村の手に優しく触れた。
 自分の大きな手には不釣合いなほど小さな手。


「愛している。小春」
 それが本当の答え。



⇒あとがき
 何が未熟って、私がですよ。
 狛村ってこんなヤツだっけ?
 夢ってことで見逃して下さいな。
20051017 カズイ
20070509 加筆修正
res

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