◆走る

 俺は、幼い頃から典型的なくらいダメ人間な兄上のために女であることを捨てた。
 この人を支えるのは自分しかいないのだと、そう信じてやまなかったから。
 今日ほどそのことを後悔したことはない。

  *  *  *

「兄上が振られた?」
「そうでさァ」
「そんなの別にいつものことだろ」
 退に買い物ついでに買ってきてもらった本に視線を戻し、文字を追おうとした。
 けれど、総悟が読んでいた本を取り上げてしまった。
「総悟、返せ」
「まぁ聞いてくだせえよ」
 総悟は俺が女だということを知っている。
 だからこういうことはセクハラだと近づく総悟の額を押しのけた。
「別にいつものことじゃないかって言ってるだろ」
「それが、女を賭けた決闘で汚い手を使われて負けたんでさァ」
「なに?そいつどんなヤツだ!?」
 本なんかかまっている場合じゃない。
 兄上は真選組の局長。つまり真選組の顔だ。
 そんな人が負けただなんて噂が立っちゃ、真選組の面子が立たない!
 兄の恥は妹……じゃない、弟の私が拭わなければ。
「そんなことより、今度デート……」
「んなことこそどうでもいいんだよ。とっとと教えろ」
「交換条件」
「―――っ、兄上に聞いてくる!」
 俺は掴んでいた総悟の服の襟から手を離し部屋を飛び出した。
「……本気だったんですけどねぇ」
 ぽつりと呟いた総悟なんか知りもしない。

  *  *  *

 兄上がいつも居る部屋と私が入り浸っているあまり人の来ない部屋から近い。
 廊下を抜けてすぐ見つかった兄上が居る部屋の扉を開く。
「兄上!」
「うおう、なんだ小春」
「春哉です!……あぁ、兄上の顔がぁ!!!」
「名誉の負傷だ」
「どこが名誉の負傷ですか。不名誉の負傷でしょうが!!大体なんですぐに冷やさないんですか!あぁ、腫れちゃってるぅ!!!」
 兄上の頬はわずかながらにはれていて、その上から傷の手当てだけがされている。
「で、春哉、何か用か?」
「総悟が教えてくれたんです。どこの誰ですか兄上に傷なんかつけたヤツは」
「あぁ、それか。気にすんな」
「するなといわれてもしますよ!!俺は兄上のなんなんですか!?」
「妹!!」
「今は弟だっていってるだろうが!馬鹿兄貴!!何度いったらわかるんだぁぁぁ!!!……あ」
 いつも通りに嵌めていた手袋のある右手で兄上の怪我の上を殴ってしまった。
「今日もいい拳だ、春哉……」
「あぁ、兄上ごめんなさい!!お願いだから死なないで下さいぃぃ!!!」
 兄上の頬が更に腫れてしまう。
「す、すべては兄上を傷つけた犯人の所為だ!そうだ、そうなんだ!!」
 私は必死に言い訳を立て、気絶した兄上をほっぽり屯所を飛び出した。

  *  *  *

 しかし、屯所をでてすぐに私は兄上を傷つけた相手を知らないことに気がついた。
「ど、どうしよう。総悟のところに戻ってもしょうがないし……」
「あれ?どうしたんだ、春哉」
「いいとこに居た、退!!」
「……いやな予感がするから今日は……」
「にーげーるーなー!!!」
 服を引っ張ればいやそうな退はしばらく抵抗していたけれど、すぐにため息をついた。
「なに?」
「兄上の敵のことを知らないか!?」
「……それならそこの張り紙に」
 退が指差した電柱にはしっかりと雑な字でかかれた張り紙があった。

『白髪の侍へ!!
 てめぇ、コノヤロー
 すぐに真選組屯所に
 出頭して来いコラ!
 一族根絶やしにすんぞ
         真選組』

 内容はそう書かれている。
「……白髪の侍!!!!」
「あ、おい、春哉!?」
「ぜってー殺す!!!」
 退の忠告も聞かず私は走った。

  *  *  *

 白髪っていうか、銀髪にたった一人だけ心当たりがあった。
 それは、三日間トシ兄さんと一緒に取調べのために大江戸警察署に連行した大使館のテロ容疑者。
 無実だったらしいけど。あいつしかありえない。
 そう思った。
 物忘れがちなトシ兄さんと違って私は絶対に忘れない。あんな綺麗な銀髪の持ち主。
 でも、それとこれと話は別。兄上を傷つけたやつなら容赦しない。
 たしか万事屋だとか言ってたはずだ。


「出て来い、坂田銀時!!」


 私は万事屋銀ちゃんとふざけた看板の下がった店の扉を殴った。
 だが、扉を開けてでてきたのは別人。たしか、仲間だ。
「あれ、この間の真選組の人?真選組の人がうちに何か用ですか?言っておくけどあの事件は無実だったんですからね」
「坂田銀時はどこだ!」
「えっと……仕事で出てますけど、何か用ですか?」
「俺は近藤春哉。兄上の敵をとるため坂田銀時に会いたい」
「うちに坂田銀時って人はいません!」
 扉を閉めようとした少年。
 私は慌てて刀を扉の間に挟んだ。
「今仕事で出てるつったじゃねぇか!!!」
「そんな人知りません!!」
「銀ちゃんなら集英建設でバイト中ね」
「あ、神楽ちゃん」
 くちゃくちゃと酢昆布をかじる女の子が私の斜め後ろで座って私を見上げていた。
 金髪に、チャイナ。なんか不釣合いだけど傘。


 女の子らしい女の子……うらやましいっ




 じゃなくて!


「恩に着る」
「がんばるアル」
 階段を下りて、ふっと振り返る。
「まだなにかアルか?」
「集英建設のどこで働いてるかわかるか?」
「新ちゃん、銀ちゃんどこにいるアルか?」
「え、まずいよ。だってこの人兄上の敵とか言ってるんだよ」
「何言ってるヨ。どっちかっていうと恋する乙女ヨ」
「!?」
 恋する乙女!?私がぁ!?
 てか、女ってバレた?女ってバレたぁ!?
 ずっと兄上と総悟以外に必死に隠してきたって言うのに!!!
 百戦錬磨の勘かしんないけどトシ兄さんにはあっさりバレたけどね!
「ち、違う!私は純粋に兄上の敵を……」
「あれ?本当に女だったんですか?」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 慌てて階段を駆け上って新ちゃんとかって神楽って子に呼ばれてた人の口をふさいであたりを見回す。
 どうやら近くに真選組の隊士は歩いてなかった。けど、危ないんだって。
「秘密にしているんだなんだ。絶対に口外しないでくれ」
「……別にいいですけど、なんでそんな格好をしてるんですか?」
「兄上は馬鹿な人だ。だから悪い女にすぐ引っかかる。だから俺が守ってやらねばと、幼いながらも胸に刻みこみ剣の訓練をし、真選組に入った。悪いか?」
「いや、別に悪くはないですけど」
「つまりはブラコンネ」
「まぁ、そうとも言うな」
「安心するヨ、新ちゃんもシスコンネ」
「いや、僕の場合はどちらかというと姉上に逆らえないだけで……」
 どんな姉だよ。
「あのさ、野暮なことかもしれないけど、兄上が坂田銀時と取り合った女ってどんな人か知ってるか?」
「僕の姉上です」
 ちょっと最強っぽいお姉さんですかィ。
 ていうか、兄上が兄上だしな。
「兄上が迷惑をかけたと思うから、すまなかったと伝えてくれるか?」
「さすが兄弟ネ、兄のことをよくわかっ……」
 新ちゃん(もう断定)が神楽(同じく断定)に口をふさがれる。
 いや、なにを言おうとしてたかの予測は大体つくけどさ。
「な、なんでもないですから!」
「……いや、兄の女癖がよろしくないのは知ってるし」
「ならよかった」
 神楽が新ちゃんの手をかじって、私のほうに向き直る。
「銀ちゃんと新ちゃんの姉は恋人じゃないアル」
「?」
「あぁ、それそれ。近藤さんには言わないでね。姉上の対近藤さん用の策だから」
「わ、私はそんなこと別に興味なんて……」
「一人称が私になってるアル」
「し、失礼する!」
 私は再び万事屋の階段を下りる。
「どこか場所は忘れたけど屋根の上だとか言ってたネ!」
 後ろから掛かった声に私は振り返った。
 二人はにやにやと笑いながら私を見下ろす。
「恩に着る!」
「礼は酢昆布ネ!」
「適当に送る!じゃあな、新ちゃん!神楽!」
 そして私は再び走り出した。

  *  *  *

「銀ちゃんが先に落ちるほうに酢昆布一週間」
「じゃあ僕は近藤妹が銀さんを落とすほうにお通ちゃんのライブチケット一枚」
「いらないアル」
「僕もいらないよ」
「ていうか、銀ちゃんより新ちゃんリードみたいヨ」
「……なんで」
「新ちゃんって呼ばれてるネ」
「僕はあぁいう人よりお通ちゃんが好みです」
「言うネ」
「可愛いとは思うけどね。あぁいう人」

  *  *  *

「俺の武士道だ。じゃーな」
 屋根の上。見つけたのはいいけど、決着ついた後。
 私は反対側に回って降りてくる坂田を待った。
 危なげに梯子を降りる坂田の左肩には刀で切られた傷がある。さっき上にいたトシ兄んがやったんだろう。
「おい」
「なんだ、お前も真選組を守りに来たか?」
「……そのつもりだったけどな」
「?」
「やめだ、やめ」
「なんだ。違うのか」
「とっとと病院いくぞ」
「は?」
「どうせ金払えねぇだろ。神楽に世話になったし。……その怪我、うちの土方の所為だしな」
「そっちが本命か?」
 坂田の言葉に私は眉を寄せた。
 本命って、なにが?
「とにかく、行くぞ」
「はいはい」
 歩き出した私の後を坂田が追いかけてくるのは音でわかる。
 それに合わせるように私の心も動き出していた。

  *  *  *

「あ!俺の春哉が!」
「お前にやった覚えもないぞ、総悟」
「冗談でさあ、局長。でも本気でさァ」
「どっちだよ!」
 別の屋根の上で私を見ていた総悟が兄上相手にそんな会話をしたそうな。
 もちろん、後日殴っておいた。

  *  *  *

「痛むか?」
「別にどうってことねぇって」
 平気そうな坂田に安堵を覚えながら、病院を後にした道を二人で進む。
 ていうか坂田は病院に慣れているようだ。怪我はしょっちゅうなのかな?
 うー、正体不明だったもやもやが胸を渦巻く。なんなんだよ。
「そういや、名前しらねぇな。俺は……」
「坂田銀時。ほんの数日前だろ?覚えてるよ。俺は近藤春哉だ」
「……近藤?どっかで聞いたような」
「真選組局長近藤勲は俺の兄だ」
「に、似てねぇ!!」
「似てようが似てなかろうが俺の兄上だ。馬鹿にするな」
「別に馬鹿にしてねぇよ。お前がほそっこくて可愛いだけだ」
「か、可愛いとか言うな!!!」
 女の格好をしているならまだしも、今は真選組の制服だ。
 つまり、男の格好というヤツで、昔からの習慣で、髪だって山崎くらいしかない。
 桂小太郎みたいに伸ばしても男だって言い張れるほど男らしくないよ。
 って、女なんだから別に関係ないか。
「はぁ」
「なんだよ、いきなりため息つきやがって。財布の中身の心配か?金はかえさねぇぞ」
「ちげぇよ」
 あぁ、神楽がうらやましい。
「じゃぁ、なんだよその不満顔は」
「別に……神楽が」
 慌てて口をふさぐ。
 うらやましいって言ってどうするのよ、私。
「そういやぁ、神楽と知り合いなのか?世話になったとか言ってた気が……」
「お前の居場所聞いただけだよ。って、教えてくれたのは新ちゃんだっけ?」
 坂田がぴくっと新ちゃんの名前に反応する。
「なんか名前違ったか?」
「いや、間違っちゃいねぇよ」
 寂しそうな顔をした坂田は私の腕を掴んだ。
 前へ進むことができずに立ち止まると、坂田の腕が私の体を抱きしめていた。
「さ、坂田!?」
「俺の名前は銀時。銀ちゃんでーす」
「は?」
「新八くんだけあだ名呼びはずるいだろ?」
 耳元で囁くなぁ!!!
「呼んでみろよ。銀時でも銀さんでもいいからさ」
「それと抱きつくことがどう関係するって言うんだ!ていうかここ、人通りが少ないとはいえ、人通るぞ!?人が通ったら間違いなく衆道だって誤解されるぞ!?」
「まぁまぁ、とにかく銀さんって呼んでみな」
「人が来るかもとかはさくっと無視か!?大体、なんで呼ばなきゃ」
「あんま気にしてると糖分足らなくなるぞ」
 妙に楽しそうな坂田。だからなんなんだぁ!!!
 腕を振り解くほどの力もなく、かといって言い渋っていると、坂田は抱きしめ方をわずかに変えた。
「ん?」
 はっ!今日サラシ巻くの忘れた。
 私胸大きくないし、真選組の制服って着込んでしまえば外見上目立たないから油断してた!!
「お前……」
 ば、ばれた!?
「なんかの病気か?」
「そっちかぁぁぁぁ!!触っておいて気づかないのか馬鹿銀時!!!……って、あ……」
 い、言ってしまった。しかも、銀時って名前で呼んでしまった。
 火事場の馬鹿力かなにかが聞いたのか、私は坂田の腕から抜け出した。
「言ったな」
 にやりと坂田は笑う。
「は、はめたのか?」
「別に。俺的には銀さんで我慢しようと思ってたんだけど、まさか名前で呼んでくれるとはな」
 にやにやと笑う坂田に、言ってしまった以上なにか反論もできず、赤くなる顔をうつむいて隠した。
 走り出した気持ちが溢れ出しそうになる。
「これからも銀時でいいからな」
「!?」
 突然顔を上に向かせたかと思うと、銀時(って、呼んでるし(汗))は私の唇に自分の唇を重ねた。
 つーかなに、これは。キスってこういうものなのですか兄上。頭がぐるぐるぐる回ります。
 それに……なんていうか、甘い?
「仕事前にくったパフェの味」
「っ!?」
 軽く舌を出す銀時に私の頬は熱を持つ。
―――ガシャンッ
 突然聞こえた音に振り返る。
 そこには鞘ごと刀を手に持っていた退が、手から刀をすべり落としたという光景が目に入った。
「さ、退!?どうしてここに……」
「お前、ずっと彼女作らないと思ってたらこういうことだったのか」
「ちょっと待て、ごかっ……」
「ま!そーいうことだから、邪魔するな」
 私の口を左手で塞いで勝手に言い放つ銀時は、右手でスカーフの部分を襟と一緒に少し下げながら首筋をぺろりと舐めた。
「っ!?」
「不潔だぁぁぁぁぁぁ!!!」
 あぁ、退。頼むから総悟みたいに言いふらさないでくれよ……衆道だって。
「さてと、続きを……」
「誰がするか馬鹿銀時ぃ!!!」
 手を一度離した銀時にストレートをかまし、退の刀を拾って私はその場から走り出した。
 あぁ、なんか今日は走ってばっかりだなぁ。
 しばらくそのまま走り続けて、真選組屯所の部屋に入って私は初めて呼吸を整えた。
 頭がまともに動き出してくると妙に意識して指先が唇に触れる。
 なんだか、まだ感触が残ってるような感じがして顔が熱い。

(甘かった)

「あぁ、もう。今度こそ本気で真選組やめなきゃ」
 頭を抱えながら私は真っ赤な顔を隠した。
―――『女で居たい』
 いくらトシ兄さんに手加減されて相手にされなくても決してあきらめなかったのに、初めてそう思った。
 ごめんね、兄上。私は女に戻ろうと思います。
「とりあえず、新ちゃんの姉上にでも弟子入りしに行こう」
 とりあえずは女らしいことを勉強しよう。いくら最強だろうと兄上が見初めた人なんだから。
 でも、その前に考えるべきことは沖田と兄上をどうやって振り払うか。
「……とりあえず退に刀返しに行こう」
 私は立ち上がって、部屋を出た。
 足も気持ちも、今は走ってる。



⇒あとがき
 いや、すいません。書きたい欲望だけで進め、無駄に長く終わりました。
 銀時への愛は普通だということの証明で……(本当に?)
 これ初めて書いたときは3巻くらいまでしか出てなくて、名前の呼び方とか細かい設定とかシカトして書いてます。
 しかも、お妙さんが話の中でどんどん最強化してます。(自分の所為だ)
20041119 カズイ
20070326 加筆修正
res

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