◆天邪鬼の恋
考えと思いは相反する。
だから恋は治らぬ病と呼ぶのだろう。
「テッサイさん」
目の前でうちの菜園を漁るのは超ご近所さんな浦原商店の従業員・テッサイさんだ。
「なんですかな?」
手を休める事無く声だけ返してくる。
「あのバカにはどうしたら私の気持ちがわかると思う?」
「バカといいますと……やはり」
「あいつしかいないでしょ」
売り上げ時々足らなくてこうしてうちの菜園から野菜分けてもらってる、浦原商店の大将。
「浦原喜助」
「私にそういわれましても……」
「ちょっと愚痴っただけ」
ぷうっと頬を膨らませたあと空を仰ぐ。
「今日はこれくらい頂かせていただきます。毎度毎度申し訳ありません」
「気にしないでよ。作りすぎてるから」
これは事実。
浦原商店と付き合ってるうちにうちの家庭菜園はでかくなった。
うちは車椅子生活のお婆ちゃんと、私と、うちで暮らす代わりにお婆ちゃんの面倒を見てくれる下宿のお姉さんの女三人。
腐るよりも食べてもらったほうが野菜も幸せというものだ。
「あ、そうだ。お隣さんから蒟蒻もらったけどいる?」
「よいのですか?」
「早めに食べてね。刺身用だから」
「刺身?」
「そ、刺身。作りたてだよ」
「それは貴重な」
「婦人会で作りすぎたものだってさ」
つまり丁のいい残飯処理だ。
「ありがたくちょうだいします。……そうそう家宝は寝て待てとよく言いますよ」
テッサイさんはうやうやしく頭を下げ、庭を出ていった。
残された縁側に座りあくびを一つ。
今日はいい天気だ。ここは日陰だし、寝るには絶好のタイミング。
家宝じゃないけど寝てみるか。
夢を見た。
ふわふわした夢。
あ、違う。夢が覚めようとしてるからふわふわしてるんだ。
「小春さん」
あ、浦原だ。
起きなきゃ……、でももう少しこうしていたい。
「起きないとキスしちゃいますよ」
いや、これはまだ夢か。
「小春?」
やっぱりね。私は夢の中に戻ってきたんだ。
そうじゃなきゃ、浦原が私を呼び捨てにする訳ない。
「後で怒らないで下さいよ」
―――ちゅ
柔らかい何かが口に触れた。
……柔らかい?
「△○☆※!?」
声になってない悲鳴を上げ、私は飛び起きた。
「おや、狸寝入りしてたんスか?」
「ち、ちがっ……」
何?なんで!?
夢のはずだった。でも夢じゃなかった。
「何してんのよ、あんたは!」
「何って、キスっスよ」
悪怯れもなく浦原は言い切った。
「一応あたしは聞きましたからね」
しれっとそういう。
「夢と現実に区別つくわきゃないでしょうが!」
「……小春さん」
「な、何よ!」
帽子の下の眼光がいつになく真剣で調子が狂う。
「知ってますか?夢っていうのは自分が体験したことのある現実と、こうであったらという偶像が入り交じって生まれてるんスよ」
「……それって」
「黙ってあたしを受け入れてくれたのはそういう意味なんスよね」
にこっと浦原さんは微笑んだ。
「じ、自意識過剰なんじゃない?」
うわーん!私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ー!!
何天邪鬼になってるのさ!
「そうっスか」
やばい鵜呑みに……
「あたしは小春が好きっすから、そうだったらいいなぁと夢に見たことまであったんスけどね」
「なっ……変態!」
「小春があたしのこの想いに応えてくれるなら、それはただの恋っすよね」
「そうだろうけど……」
私の馬鹿、意気地なし。
いつだって本人を目の前にすると言葉は出掛かって飲み込んじゃう。
「あたし、気はそう長くないんスよね」
「あ……」
言え!言っちゃえ!!
今がチャンスだ。
次にいつこんなチャンスが巡ってくるかわからないんだから……
「答えをすぐにくれますか?」
「わ、私は……浦原さんが……す、……」
だ、だめだ恥ずかしすぎて死ぬ!
私は浦原さんの服を掴まんで自分の方に引き寄せた。
―――ちゅ
軽くリップ音をたてて私は浦原から離れた。
「……小春さん」
「何よ、文句ある!?」
「あなた可愛いすぎるっスよ!」
「どこが!?」
浦原さんに抱きつかれた私は恥ずかしくて暴れた。
でも……悪くは、ない。
⇒あとがき
喜助は割りと書きやすかったです。
だけど打つのに結構な時間を費やしました(泣)
20050901 カズイ
20071126 加筆修正