◆愛してない
※跡部が乙女注意報
部員の人数を考えつつ、それぞれに見合った練習を組んでいく。
それは部長としての仕事の一つである。
人に任せれば良いと言う考えもあるが、上に立つものとしてこれくらいは自分ひとりでこなさなければならない。
それは大変な作業で、いつも頭を悩まされる。だが決まってしまえば後は楽なのだ。
皆が皆、それに従って練習してくれれば言いが、そうもいかない奴らが居る。
跡部のペースを乱し、かつ、跡部にとって現在害とみなされているやつらである。
忍足侑士
向日岳人
芥川慈郎
芥川春哉
以上計四名。うち上位三名は正レギュラーである。
(だー!イライラするっ)
力をぐっと入れたがために、グシャッとシャーペンの先の芯が砕け潰れた。
慈郎ことジローがどこかで寝ているだろうからと既に樺地に探しに行かせている。
だが忍足、向日、春哉は違う。居残りなのだと伝言を預かっている。
(経済だけ弱いからこうなるんだ!)
選択である経済を除けば春哉は跡部に匹敵する頭脳の持ち主である。
忍足もまた似たようなものだが、彼の場合はテスト中に居眠りをするという大失態を犯してのことだ。
その居眠りの理由が前日にレンタルしていたDVDの期限が近いからと徹夜して映画鑑賞をしたというのだか、同情の必要はない。
向日は彼の日ごろを見ていれば判るが、得意教科である科学・英語・体育以外は平均からそれ以下なのだか仕様がない。これまた同情の必要なし。
「宍戸、滝、鳳!ちょっと忍足たちを見てくる。さぼんじゃねぇぞ!!」
「わーってるって!」
面倒くさそうに宍戸は返事をした。
「いってらっしゃい」
「早めに帰ってきてくださいねー!」
柔らかな笑みを浮かべ、ひらひらと手をふる滝と、ニコニコと相変わらずの大型犬のような笑顔で言う鳳に適当に相槌をいち春哉たちの居る教室へと向かった。
教室に近づくほど、話し声が少しずつ大きく聞こえ始めた。
(っの馬鹿野郎どもが……)
声の主が目的の三人であることは確実で、跡部は苛立ちのまま、けれど控えめに舌打ちをした。
部活をサボる余裕なんて大会が近いためあるはずがないというのに。
跡部はそんな考えを抱きながら、教室のドアへと手を伸ばす。
「なぁ、春哉は跡部のことどう思っとるん?」
忍足のその言葉に、跡部は伸ばしかけた手を止めた。
「景吾?……なんで」
「お前ら仲めっちゃええやん。なんや妬けるし」
くくっと忍足は笑い、ドアの隙間から見える跡部に気づいているのであろう、自然にこちらに背を向けている春哉に視線を戻す。
「妬けるって、お前なぁ」
「お前ら付き合ってるんだろ?」
「まぁ、そうだけどさ」
向日……は気づいていないようだが、忍足同様気になっていたようで、話に乗っていく。
「春哉のことやから正面きってあんまり言わへんのやろ?ここでこそーっと言うてみんか?」
全身の神経が耳に集まったような感覚に、思わずじっと春哉の背を見つめる。
ほんの数秒、時が過ぎるのが酷く長いように感じられた。
正直言えば怖いのだ。
忍足が言うように春哉は正面きって言葉になど一切しない。
態度すら最近怪しいくらいなのだ。
ごくりと喉がなった気がした。
「愛してないよ」
全身から血の気が一気に抜けたように冷たくなった気がした。
心がどんどん冷えていく。
涙なんか出なかった。
心が冷えていく。
消えて、空っぽになっていくように……
「春哉、お前なに言うてるんや……冗談やろ」
ダレカ、ウソダト―――
「冗談じゃねぇよ」
手を外し、くるっと背を向ける。
それ以上聞きたくないと、一歩踏み出す。
「あかんっ……跡部!!」
「景吾?」
加速する足を止めることなく、跡部は走る。
早くここから、どことも分からなくなりそなこの場所から、想いから、言葉から―――走って逃げ出したかった。
後のことなんて知ったことじゃない。
校舎を飛び出し、駆け込んだのは部室。
「うっ……」
ロッカーに手を当て、ずるずると座り込んだ。
吐き気だけじゃなく酷い頭痛までする。
かっこつけたって、大人ぶったって、所詮は跡部も14の少年だった。
恋もするし、世間に祝福されぬこの想いに悩んだことだってある。
周りの重圧に耐えぬいて、秘めぬきながらも守りつづけた密やかな異端の恋。
所詮、想いを押し付けていたに過ぎないとでも言うのだろうか。
「……くそっ」
ガンッとロッカーを殴る。
それでも晴れぬ想いに机を、いつも春哉が座り、笑っていた席を見た。
ふとそこに見えた物体に跡部はゆうゆると身体を起こし、それを手にとった。
―――カチッ、カチッ……
ゆっくりと音を立てて突き上げる。
白銀の刃。
必要なだけ飛び出すカッターナイフ。
持ち直してぎゅっと強く握った。
手首にそれを走らせても死ねないことを知っている。
だから首へとそれを向ける。
死、
それは安楽な逃避。
「景吾っ!」
部室の扉が開き、春哉が室内へと飛び込んできた。
その後ろに忍足や向日の姿はない。きっと置いてきたのだろう。
これは二人の問題だからと。
変なところで真面目なのだ、春哉は。
「なんだよ。何しに来た」
「何……って、なにやってんだよ!」
春哉が跡部へと飛び掛り、もみ合いになりながらもカッターを奪い、遠い壁へと投げる。
「邪魔すんじゃねぇよ!!」
「邪魔するに決まってるだろうが!!」
カッターを取りに行かないよう組しかれ、拘束される腕。
レギュラーで部長の跡部が鍛えていないわけがないが、同じように春哉も鍛えている。
春哉の場合双子の弟・ジローよりも持って生まれた体格の良さが違う。
鳳と同じくらいの身長だがべつにひょろひょろしているわけではなく、しなやかな体躯にはバランスよく筋肉がついている。
天性の才能をもつジローと違って努力しての結果である。
「愛してないって言ってたじゃねぇか」
「それは……」
春哉は言いにくそうに口を開き、沈黙した。
「はっ、だったらお前に邪魔される筋合いはねぇんだよ。離せ!」
「……俺はっ」
春哉は暴れる跡部の唇を塞ぐように唇を重ねた。
「……んっ、やめ……」
それに抵抗するように開いた隙間から舌がぬるりと進入し、更に荒々しい口付けへと変わる。
「くっ……ぁ……ふっ、ぁ」
ゾクゾクと快楽に支配されていく。
頭の中に靄が掛かったかのようにぼんやりとしている。
身体の力が抜ける感覚に、思わず眉を顰めかけた。
唇が離れ、どちらのものとも知れない唾液が糸を引く。
「愛してるなんて……当の昔に通り越してるんだ」
つうっと長い指が頬を撫でる。
「お前が欲しい。お前の全てがっ……」
言われた言葉に頭が追いついていかない。
「壊したくないから、お前に離れて欲しかった。でも無理だ。こんなに近くにいて、結局手放せやしない」
「春哉……」
愛しげな手つき。
跡部は目を細めた。
器から溢れ出さんとするほどの想い。
それが理解でき、跡部は笑った。
「離したらぶっ殺す」
「任せとけ。絶対離さねぇ」
重なる唇。
どちらのものか分からぬ雫が頬を伝う。
⇒あとがき
本当はリスカネタだったのが、あまりに文章が酷いので手直ししたら消えた。
……うわーお、すげぇ。
20020722 カズイ
20070703 加筆修正