◆嗚呼、懐かしき平穏

 山本が一歩進むと、私は一歩下がる。
 山本が二歩進むと、私は二歩下がる。
 山本が加速すると、身体を反転させてダッシュで逃げる。
 それはもう条件反射。
 一定距離を保てなくなった山本と私の無意味な競争。

―――パシッ

 バリバリの体育会系の山本と、文化系の私。
 当然追いつかれるのは必至で、私は掴まれた腕を間に挟んだ二人の距離を少しでも離そうと前向きに少し進む。
 なんでこんな風に変わっちゃったんだろう。
 私は元のままのただのクラスメートが良かったと言うのに。
「なんで逃げるんだよ、小春」
「だって……」
 私はただ偶然同じクラスになって、偶然隣の席になってただ少し他の女子より喋る機会があっただけ。
 可愛くないし、美人じゃないし、第一痩せてもいない。
 体重最近増えた気がするんだよねー……って、そうじゃなくて!!

 取りあえずそんな特筆すべきことのない私を好きだと彼は言った。
 それがほんの一週間前のことだ。
 だけどそんなの信じられるわけないじゃない。
 今までブスだブスだと言われて育ってきた私を好きだって言う人がまず居るなんて想像できるはずがない。
 出来るとしたらそれは相当思い込みが激しい人だ。

「信じられないんなら何度でも言ってやる。俺は小春が好きだ!好きだ好きだ好きだ好きだ好きっ」
「やめてよね!恥ずかしいでしょうが!!」
 私は山本の口を手で塞ぐ。
 人気の多い廊下で平然とこんな馬鹿を言える山本がとてもじゃないけど信じられない。
「小春のことが好きだから好きって言って何が悪いんだよ」
 塞いだ私の手を力で思いっきり剥ぎ、さも当然と言う顔で言う。
 この天然男はどうやら羞恥心と言うものを持ち合わせていないらしい。
 一回生まれなおして来いこの天然馬鹿!!
「私が恥ずかしいの!」
 やめてよ。
 顔も身体も心もダメダメな私と釣りあわないくらいいい男の癖に……
「ちょっ……泣くなって!」

「って、や、山本、何してるんだよ!」

 咄嗟に割って入った驚いたような声。
 慣れてきてもいいはずなのに毎度ヘタレだから裏返ったビクビクした悲鳴になるんだよ。
「つー君!」
 私はチャンスとばかりに山本から離れ、つー君に飛びついた。
 つー君は今年同じ学校になれた同い年の従姉弟だ。
 小さい頃はよく遊んでいたらしいけど、何年も疎遠だったからお互いすっかり忘れていたんだよね。
「てめっ、飯島!従姉弟だからって十代目に気安く抱きついてんじゃねぇよ!」
「るさい!従姉弟の特権でしょうが!!」
 ダイナマイトを構える非常識男獄寺に私はべーっと舌を出し、つー君にさらにぎゅっと抱きついた。

 そうだよ。
 獄寺ともつー君ともこうやって距離を保てているんだ。
 どうして山本だけ変わっちゃうのさ。


 嗚呼、平穏が懐かしい!



⇒あとがき
 山本に「好きだ」と連呼させたかっただけ。←こらww
20070817 カズイ
20080620 加筆修正
res

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