◆眠り姫の躯
たくしあげられたスーツから伸びる日に焼けた腕が、私を抱いている。
何度も
何度も
声が、君の声が私を呼び続けている。
でもね眠たいんだ。
すごくすごく眠い。
「小春!頼むから死ぬな!!」
いつも笑顔なのに。
なんでかな。
今は涙でぐちゃぐちゃだ。
晴のリングの守護者がそんな顔してちゃだめでしょ。
私が知らない中学時代、意味もわかってないくせに守りきったんでしょ?
ちゃんと笑ってなさい。
涙を拭うために私は手を伸ばした。
だけど伸ばした手は空を掴む……こともなく。
力なくしなだれて、地に落ちた。
「小春?……小春!!」
君の声が聞こえる。
最後まで私の名を呼ぶ声が聞こえる……
* * *
あの頃はこんな将来[みらい]なんて想像もしなかった。
マフィアになるなんてまあ普通の中学生は考えんだろう。
しかも義理とはいえボスの兄。
晴のリングの守護者でもあるから自然と立場は幹部へと上っていた。
最初から今まで俺についてきた部下は多いが、中でも古参だったのは小春だ。
俺より二つ年上の日系イタリア人。
俺を補佐するよう指示されて、俺のもとに来た。
年上で、女で、細くて頼りない小春に最初は不安があった。
だけど今では俺の右腕と言っても過言ではない。
だからか?
「リョーヘイ!」
彼女の呼び声の後動けなくなったのは。
スローモーション。
俺を狙っていた弾丸が、俺ではない誰かの体を射抜く。
細い体はただ一人。
小春だけだ。
ぐらりと傾ぎ、倒れる。
俺は何が起こったのか、すぐにわからなかった。
「このっ!」
誰かの銃口が吠える。
だけど音が何一つ聞こえないかのように俺はただ呼び続けた。
「小春!」
俺がここまで動転したことがあっただろうか。
いやないな。
マフィアになった時も、京子がボスであるツナと結婚した時も。
お袋が死んだときも、仲間が死んだときも。
泣くほど動転するなんて、今までの記憶にないぞ。
だから、
「小春!頼むから死ぬな!」
溢れる血が止まらない。
「リョー……へー」
掠れた声。
伸ばされた手。
涙に濡れた俺の頬に届くことなく力なく地に落ちた。
まるで眠り姫。
「小春?……小春!!」
永遠に目覚めない、眠り姫。
細く白い手に日に焼けた俺の武骨な手を重ねる。
指を絡め握る。
嗚呼
なんて時間がかかってしまったんだろう。
出会って十年
初めて失った瞬間
お前が好きだと気づくなんて―――
「小春」
躯を抱きしめ、囁こう。
人生最初で最後の愛の言霊を。
⇒あとがき
滅多に書かない死にネタでした。
しかもマイナーな笹川兄だしー。
本当は山本にしようかと思ったんですけど、この話が笹川兄だと妙にしっくり来て書き直せませんでした。
20060502 カズイ
20071126 加筆修正