◆因果の愛
※名前変換は母親に使用。本人はネームレス
彼女を、黎華を理解する人は誰もいなかった。
そう思うのは私が黎華の最期を看取った唯一の人間だったからだろうか―――
「江官吏」
「はい?」
考え事に耽りながらも紙に走らせていた筆を止め、私は顔を上げた。
そこに居たのはここ数日姿を見かけなかったこの悪鬼巣窟・吏部で二番目に偉い人物・李侍郎だ。
「あー……えっと……なんでしょう?」
おかしいな、仕事はきちんとしてたはずなんだけど。
「悪いが急に黎深様が突然やる気になってくれてな……」
なんだいいことかと思いながら、顔色の悪い李侍郎が指さした方角に視線を移した。
そこに居たのはなぜか倒れている他の上司たち。
おかしいな、私はここでは一番の若輩者だからと言うことで誰よりも雑務を押し付けられていて、倒れたいのは私の方なのですが。
「片づけを手伝ってくれるか?」
やる気になってくれるのは構わないが乾いていないものを積み重ねるわけにはいかないんだと言外にいい含んで溜息を吐く李侍郎に私は適当にはぁと相槌を打って筆を置いた。
とりあえず倒れた上司を適当に端に寄せて仮眠用の布団を掛けてやり李侍郎の手伝いに回った。
くるくると巻き乾いた書類を丸めながらふとまた脳裏を過ったのは黎華の死に顔だ。
本当に今日は何の日だと、紅尚書をぼんやりと見やる。
「江官吏、俺はこれを工部に届けてくる」
「あー……いってらっしゃい?」
勇み出て行った後で、李侍郎が出かけると帰りが遅い人だと言うことを思い出した。
つまり残りは私一人で片づけなくてはいけないんだな。
……誰か一人くらい起きてくれないかなぁ。
「ま、死人は目覚めないか」
「誰が死人だ。あれらは寝てるだけだろう」
ふんと鼻を鳴らし、紅尚書が突然筆を置いた。
……機嫌がいい時間はもう終りですか?
「失礼いたしました、考え事と目の前の現実が似通っていたための戯言です」
「考え事?ほう、余裕だな」
「常に脳裏に焼き付いておりますから……」
現と幻の現実のつかなくなった黎華の恍惚の死に顔。
「あれほど不気味なものを、私は紅尚書のご機嫌時のにやけ面しか知りません」
「なんだと!?」
「あ、失礼しました」
我ながら感情のこもっていない謝罪だ。
「人の心とはかくも難しいものですね……私は今だあの表情(かお)の意味が分からない」
「……誰の話だ」
紅尚書が不機嫌そうに眉根を寄せる。
「私の生みの親の女性です。王位争いが始まってすぐに息を引き取りましたが……。あ、ご安心ください。彼女はとても美しい人でしたから」
「……随分と他人事のようだな」
「さて何故でしょう……形式上"母"とは呼ぶことはありますけど……やっぱりあの人は母である以前に女でしたから」
狂気に塗れた生涯であったように見えたけれど
「顔も知らぬ父ではない男の名前でしょうか……死ぬまで呼び続けていたんです」
外からそよぐ暖かな風。
ああ、そう言えばこんな暖かな日だ……黎華が息を引き取ったのは。
「私はあの名前を生涯忘れないでしょう」
「……お前はあれを女にし続けた男が憎いのか?」
「!……いいえ」
私は一瞬瞠目したけれど、すぐに笑みを浮かべて首を横に振った。
「お幸せそうで何よりです」
私の姓である江は、元は紅だった。
幼くして紅家を飛び出した黎華はその時に紅姓を捨てた。
元々、紅家直系長姫でありながら親の愛を受ける事のなかったらしい黎華は本家に見捨てられ、色々な人に裏切られ心を病みながら、見ず知らずの男の子を生み、狂気の世界に両足を踏み入れてしまった。
私に物心がつく頃には今の養父に引き取られていたから私は無事に成長することは出来たけれど、黎華は日に日にやつれそして死んだ。
原因は心の病だった。
だから私はただ黎華の死を黙って看取るしか出来なかった。
「例えその人生が不幸にまみれていても、夢を見ていた彼女は幸せだったのでしょうね……」
「……江官吏」
「少々話過ぎてしまいましたね……気分を害してしまい申し訳ありません」
「いや」
「ああ、でも違う意味で壊したいとは思いますね」
彼女が望んだからではなく、私の望み。
「愛していますよ、黎深」
⇒あとがき
何が書きたかったのかよく分からないー!!!
でもとりあえず黎深好きだー!!!!
20090218 カズイ