◆ため息と微笑み

※WILDLIFEのクロスオーバー

「殺すよ?」
 といいながら首元にメスを当てるという常識から逸脱した男はここには存在しない。
 その代わり、ここは常識から逸脱した世界のさらに常識から逸脱した島らしい。


  *    *    *


 私がこの島に来ておよそ半年。
 同じ時期にやってきたカイルという海賊一家の誘いを断り、私はここメイトルパの獣人たちが暮らすユクレス村でお世話になっている。
 ちなみに私をうちにおいてくれるシアリィはけなげなバニ……げふんげふん、ウサ耳っ子。
 時折やってきてはシルターン料理を振舞ってくれるオウキーニにメロリンラブ。つまり青春真っ盛り☆
 対する私は……
「コハルお姉さ〜ん」
 オレンジの手袋に包まれた手と、愛らしい尻尾をふりふりこっちへ近づいてくる少年。
「やーん、パナシェってば今日も可愛いー!!」
 思わず飛びつく私にパナシェは毎度の事ながらくすぐったがる。
 その斜め後ろには僅かに物欲しそうなスバル。
 ちなみに彼はシルターンの人たちが住んでる風雷の郷のミスミ様のお子さんである。
「スバル、うらやましいの?」
「そんなんじゃないやい!」
「ふさふさー」
 頬を摺り寄せる私にパナシェの意識はスバルから私へ移動した。
「ワンワンさんばっかりずるいですよ、お医者さん」
 そう言いながら辺りをふよふよ飛び回るのはマルルゥだ。
 ちびっこいけど、同じユクレス村に住むメイトルパのルシャナって花の妖精。
 彼女の言うお医者さんって言うのは私のことらしい。まぁ、あながち間違いじゃないけどさ。
「パナシェみたいに抱きつかれたらマルルゥなんて潰れちゃうに決まってるだろう」
「それはいやですぅ」
 毎回毎回よく続きますね?とシアリィは呆れている。
 まぁ、それもこれも私の職業病が原因なんだけどね。
「そういえば三人とも学校は?」
「これからいくのです」
 胸を張って言うマルルゥにパナシェとスバルははっとして走り出した。
「走れー!」
「遅れちゃうぅ〜」
「あ、待ってくださいよ〜」
 ちびっ子三人衆が村から去っていくと少し寂しいもので、手を組んで背伸びをした。
 いつもと変わらない何の変哲もない日常。
 彼らの先生が変な事件を運んでこなきゃ何の変哲のない日常って言うのはこういうものなんだなぁと毎日思う。
 流れる雲が当たり前のように青い空を流れている。
「さーてと、行きますか」
 元の世界で私は獣医をしていた。
 R.E.Dという、今にも潰れそうな外観だけど有能な獣医達が集う有名な動物病院だった。
 医局は一科から五科まで―――六科はちょっと前になくなった―――があって、その中でも野生動物の患畜を扱う二科に所属していた。
 二科は通称WILDLIFEと呼ばれていて野生動物を主に扱っている。
 他にも珍しい生物や診察の難しい動物を扱ういわば珍獣や野獣ばかりを診る科ってこと。
 でもって集まるメンバーは日本中はもとより世界中を飛び回る院長直属の部隊。
 メンバーも国籍問わず集まった精鋭揃い。
 その中に私が入れていたのは今でもよくわからないけど、多分獣と名のつくものへあくなき萌え……じゃなくて情熱だと思う。
 その情熱のおかげでユクレス村に居られるんだけどさ。
「たのもー!」
 いつも通り勝手に家の中に入ると寝床の中でもぞりと村一番のふかふか人間がいる。
 その人物とは、このユクレス村の護人であるヤッファに他ならない。
「たのもーって……るせぇーなぁ……」
 寝床の上で蹲りなおすヤッファの上に私はダイブした。
「うぉりゃぁ!」
「ぐあっ!」
 思いっきりジャンプしてダイブしたもんだから、ヤッファは寝床を力いっぱい握り締めて堪えていた。
「(自分でつぶしておいてなんだけど)起っきろ〜」
「コハル、てめぇはそれでも医者か!」
「医者だよ!」
 手を伸ばすとふかふかのヤッファの手。
 これよ、これ!
 私が獣医になろうと思ったのは!!
「はっ!仕事仕事」
 慌ててヤッファの上から飛びのき、私はヤッファの上にかかった布を剥ぎ取った。
「調子どうよ」
 一応医者らしく……って、本当に医者だけど聞いてみる。
「寝てりゃ平気だっつってんだろ」
「少しは運動しろ」
「してるだろ?先生達が問題起こしたときに」
「先生任せにするなー!」
 クノンから分けて貰ったバインダーでヤッファの頭を叩くと、ヤッファは頭を押さえた。
「ちったぁその引きこもり直しなよ」
「ひき……?」
「散歩に行くぞー。おー」
「はぁ?」
 私は問答無用でヤッファの腕を掴み寝床から引っ張りあげようとする。
 だけど、ヤッファの体重を一人で持てるわけもなく、その場から動けない。
「おーもーいー」
「じゃあ離せ」
「だめ、散歩に行くの。太陽の光を受けた毛皮はとってもいい匂いがするのよ」
「てめぇのためかよ!」
「あたぼうよ!」
「……かったりぃ」
「おー日ーさーまー!!」
「あーら、コハル何してるの?」
 突然現れたのはカイル一家のご意見番スカーレル。ちなみにオカマだ。
「スカーレル。ちょうどよかった、ヤッファを外に運ぶの手伝って」
「なんでまた……」
「日干しにするのよ!」
「段々おかしくなってるぞ、コハル!!」
「日干しにしてどうするのよ」
「暖を取る!」
「ふかふか好きだったわね」
「スカーレルまで納得か!?」
「コハルだしね」
 ウィンクのおまけつきなスカーレルの言葉にヤッファはがくりと肩を落とした。
「それよりコハル。私のもふかふかよ」
 スカーレルは肩に乗せたファー事、もこもこを前面に押し出し私の体を抱きしめる。
 男に抱きつかれるのなんて主任か主任のお父さんか永田似園の子供達くらいで……
「す、スカーレル!」
「可愛い」
 緑色の瞳が私を優しく見下ろす。
―――ドキッ
 某少女小説かもびっくりな胸きゅん効果音。


【おひさまとヘビ】


「「……って、終わるなよ(終わらないし)」」
 思わず第三者的扱いになりつつあるヤッファと私が突っ込みを入れた。
「あら、ダメ?」
「ダメ」
「残念。振られちゃったわね」
 スカーレルはなんだか楽しそうに笑いながら、私を解放すると、優しく私の頭を撫でた。
「スカーレル?」
「またお邪魔するわ。いろんな意味でね」
「はぁ?」
「またね〜♪」
 ひらひらと手を振りながら意味不明な発言をしてくれたスカーレルは出て行ってしまった。
 大事な用事じゃなかったみたいだからいいけど。
「おい、コハル」
「ん〜?何ヤッファ。虫干しに行く気になった?」
「だからなぜそう扱いがおかしくなっていくんだよ」
「その場のノリ?」
「乗るな」
 ヤッファは溜息を零しながら再び肩を落とした。
「大体なんでお前は俺にかまうんだ?」
「獣フェチだから」
「はぁ?」
「この村で誰が一番獣らしくそしてふかふかなのかということを調査した結果、どうしてもヤッファが一番なのよ」
「つまり、お前は村の皆に抱きついて回ったということか?」
「うん。ついでにユクレス様にも抱きついてみたからガチで全員だよ」
「……はぁ……」
「なにさ」
「いや、お前は馬鹿だと思ってよ」
「どういう意味ぃ?」
 ヤッファの顔を覗き込めばヤッファはため息をつくだけで何も言ってはくれなかった。
 ただ、黙って私の腕を掴んで寝床に横になった。
「居ろよ」
 不意打ちのようににやっと笑って、ヤッファは目を閉じた。
 の○太じゃあるまいしってくらいに早くヤッファは眠ってしまった。
 手は掴まれたままで、居ろよって……言われなくても動けなくって。
「あれ?」
 ヤッファの部屋の装飾の一つらしい映りの悪い鏡。
 そこに映った私の顔は真っ赤だった。
「え?マジで?」
 ぽつりと呟きながら、私は掴まれた手に空いてる手を伸ばしてみた。
 なんだか胸があったかくなるような、そんな感じ……
「ヤバイかも」
 はまったかもしれない。 
 小さく浮かんだ微笑みに、私は自分でも気づかなかった。




⇒あとがき
 以前思恋蒼来太陽的歌様宅チャット派生企画に参加させていた時の作品です。
 テーマは「ちょっとしたことから生まれた恋」だったんですが、明らかに場違いでした。
 まさかのクロスオーバーネタになってしまったので代わりに子どもたちとスカーレルを出張らせつつギャグって言う……ね!
20050209   カズイ
20110325   加筆修正
res

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