◆"それ以外"の君

 リディア・クロウと言う少女は初日から何故か僕の近くに存在していた。
 周りの輪から常に一歩離れて観察するように見ていたり、気付けば居なくなっていたりと自由奔放かと思えば一部の人間に関しては好んで自分から接触する。
 その対象の面々に最初は正体がばれたのかと焦った事もあったけど、僕たち以外にも接触している所を見ると何となく初日にキース教官に出身を聞かれなかった面々に声を掛けている様にも思う。
 兎に角正体の掴めない彼女がどんな人なのか僕は未だによく知らない。
 無言で差し出されるパンを見つめ隣に座るライナーが今日も小さく溜息を零した。
「……またか」
「食べれないものは仕方がないわ」
 一応初日から食べる努力は続けているのだと二口分だけ小さく千切った切り口を見せつけながらリディアは主張した。
 こうして三人で一緒に食事をするのにも慣れたけど、相変わらずリディアの食の細さには呆れてしまう。
「何時か倒れるぞ」
「昔からこうだから平気よ」
「開拓地の食事が少なかったのは確かだが少なすぎだ。もう二口分は食べろ」
「難しい事を言うわねライナー。これ以上食べたら私吐き出す自信があるわ。それはパンに可哀そうだもの。だからベルトルト、お願い」
「ベルトルト、リディアを甘やかすな」
 穏やかな笑みを浮かべながらパンを差し出すリディアと注意するライナー。
 どちらの味方をしても僕が悪者になるのは変わりなさそうだ。
「リディアさん、食べないんですか?」
 涎を垂らしながら間にあるパンをじっと見つめる別の存在―――サシャからリディアはパンをそっと離した。
「私は食べないけど、これはベルトルトが食べるのよ」
「リディアがもう二口食べたらな」
「だから食べれないって言ってるじゃない」
「あうう、リディアさぁん」
 食事は終わった筈だろうにまだお腹を鳴らすサシャは本当に食い気の強い少女だと思う。
 初日に行き成り蒸かした芋を盗み食いする位だからよっぽどなんだろうけど……
「どうせ食べないならサシャにやるのも変わらないだろ?なんでリディアはそんなにベルトルトに食わせたがるんだ?」
 さも不思議だと言う様にエレンが首を傾げながら口にした瞬間、食堂が急に静かになった。
 僅かな囁き声が広がりエレンを注意する声が聞こえてくる。
 うんまあリディアの好意が露骨なのは僕も分かってるけど、こそこそ話すの止めてくれないかな……居た堪れないから。
「ベルトルトは身体が大きいから必要な量でしょう?」
 さも当たり前のようにそう答えたリディアは楽しそうに笑いながらスープをサシャに差し出す。
「これならあげても構わないわ」
「本当ですか!?」
「駄目だ!殆ど食わないで訓練に参加する気か!?」
「昔からこうだから平気よ」
「昔からって僕たちも開拓地から来てるけど幾らなんでも少なすぎない?」
 アルミンの問いにリディアは目を瞬かせ、「ああ」と小さく呟いた。
「よく覚えていないけど、ウォール・ローゼに来るまでは食事は週に一度だったような気がするの」
「え?」
「食べた記憶が殆ど無いの。生きていた記憶もあまりないけど」
「それって……お前もシガンシナ区から逃げてきたからか?」
 エレンの問いにリディアは首を横に振った。
「私は逃げてなんか居ないわ。気が付いたら人ごみに流されていただけよ」
「なんだそれ」
「でもリディアもシガンシナ区出身なのは確かなんだ」
「ええ。生活した覚えはないけど」
「意味が解らないよ」
「だから言ったでしょう。よく覚えていないって」
「……変なヤツ」
「エレンにだけは言われたくないわ」
「何だと!?」
「落ち着けエレン。リディアもエレンを煽るな」
 ライナーが間に入り、場を治めるのを横目にリディアはスープをこっそりサシャに渡し、パンを僕の方へと差し出した。
 シガンシナ区出身だと聞いてしまった以上、どうしてもリディアに対して後ろめたさを感じるのは、僕が彼女の記憶を奪うきっかけになった超大型巨人だからだろうか。
 俯く僕の足をリディアは机の下で小突き、ふふっと笑う。
 思わず眉根を寄せた僕の手を無理やり掴みリディアは食べかけのパンを置いた。
(貴方は私の記憶を奪ってはいないわ)
 不意に電流が走るように聞こえた声に僕は覆わず目を見張り、目の前のリディアをじっと見つめた。
(記憶を奪ったのは"人"。私は"人"ではない"それ以外"だから"人"があまり好きではないの。愛しているのは"巨人"と一部の"人"と"それ以外"だけ)
 尚も微笑み続けるだけのリディアの声に僕はどうしていいのかわからず、隣に座るライナーを見た。
 ライナーは僕の手を握るリディアに眉根を顰め、ぺしりとその手を叩いてパンをリディアの前に戻した。
「食え」
「ライナーが食べてもいいのよ?」
「だ、駄目!」
「ベルトルト?」
「……僕が食べるよ」
 訝しげに見つめるライナーから視線を逸らしながら手を差し出せば再びリディアの手が僕に重なる。
(ありがとう、ベルトルト。愛しい"巨人")
「……取り敢えずそれ止めて」
 主に不思議な"声"で語る、普段は口にしない直接的な愛を。
「あら、結構楽しいのに」
 くすくすと笑うリディアに僕は溜息を零しながら赤くなる顔をライナーに覚られないように反らし、その先に居たアニに睨まれた。
 アニもライナーも知ればいいのに……リディアが"人"じゃないって。
 ああでもこの"声"はなんだろう。
 君は、何者なの?



⇒あとがき
 今度はベルトルト視点。
 もろにネタバレで自重する気が無いですが、原作さらっとしかまだ読んでないです。
 はよ自分で買ってがっつり読みたいです。
20130701 カズイ
res

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -