◆"それ以外"の私

 人は"人"と"巨人"と"それ以外"に分けたがる。
 その事に気づいたのはうんと小さい頃、愚かにも壁の内側に降り立ち"人"に囚われてしまった時だった。
 もっともそれが何時だったかと言う事は覚えていないけど。
 少なくとも自分が"人"でも"巨人"でもない"それ以外"だと意識せずには居られなくなった瞬間からだったかもしれない。
 ウォール・マリアからウォール・ローゼに渡ってからも誰かに口にした事は無かったし、これからも口にするつもりはなかった。
 私が"それ以外"だと口にすることで"人"は"巨人"以外の存在である私を攻撃することが目に見えていたからからだ。

「おい貴様!貴様は何者だ!!」

 キース教官の怒声にも似た問いかけは私の前を通り過ぎて行った。
 何人かを抜かして行ったから何となく彼らが私と同じくウォール・マリアからウォール・ローゼへ難を逃れてきた人たちなのだろうと理解した。
 まあ同じウォール・マリアから来た人間でも通過儀礼とやらを受けている人が居るみたいだけど、その人たちはきっと巨人の恐ろしさを直接感じる事が無かったのだろう。
 そんな風に考えながら私は真っ直ぐに向き合う巨体をちらりと見上げた。
 恐らく全体の中でも小柄な部類に入る私と真逆で大柄な部類に入るだろう少年は少年と言うより青年と呼んだ方がしっくり来る気がする。
 その隣の少年もがっしりとしと強く見据えた眼差しから青年と呼ぶ方が正しい気がする。彼らはきっと私より年上だろう。
 視線を彼の胸元より下に下ろし真っ直ぐに前を見据え直す振りをしてゆっくりと目を伏せた。
 私は"それ以外"だからどうしても聞きたくもない"声"が聞こえてくる。
 キース教官の通過儀礼を受けなかった人たちの"声"は通過儀礼を受けた人たちよりも大きく、強い。
 そんな中で静かなのは通過儀礼を受けることなく私に背を向けた"彼"位のものだった。
 随分と内側に燻らせる人だとゆっくりと開いた"目"で彼の大きな背中をじっと見据えた。
 この人の"声"は面白い。
 此処に居るのは調査兵団に入って壁の外へ戻る事が目的だったけど、この人が"彼"である以外を知るのも悪くはないと小さく笑みを浮かべた。

  *  *  *

 シガンシナ区出身だと言う強い恨みと覚悟を抱いた少年―――エレンの話を聞こうとエレンを囲い騒がしくなった食堂の中、私は彼の隣に立った。
「隣、いいかしら?」
「?……どうぞ」
 席は騒ぎの所為で空いているのにどうして隣にと、まるで顔に書いてあるかのように戸惑いが分かる彼に私はくすりと笑った。
「ありがとう」
「……うん」
 彼の嫌そうな"声"が聞こえたけど、私は構わず彼の隣に座った。
「私はリディア。リディア・クロウ。リディアって呼んで」
「ベルトルト・フーバー。えっと……」
「ありがとうベルトルト」
 何故お礼を言われるのかが分からないと言う顔のベルトルトにふふっと笑った。
 名を敬称なしに呼ぶ事を断られないように先手を打ったズルい私に彼は気付かなかったらしい。
 彼は自分の意志を主張する強さが足りないなんて、初対面だろうと"声"が聞こえる私には聞かなくても分かってしまう事だったんだけど、それをベルトルトが知る筈がない。
 本当はベルトルトと言うか、ライナーの"声"がベルトルトの名を"声"にしていたから知っていたんだけど、それだと私が"それ以外"だとばれちゃうから外聞を気にするためにどうしても必要だから聞いただけ。
 私は流れ落ちた横の髪を耳に掛け、食事の前に両手で歪な輪を作り失われていく小さな"最期の声"を受け入れて感謝の念を返した。
 それをちらちらと気にしながらも問う言葉を口にしないベルトルトを見上げれば、ベルトルトは気まずそうに視線を逸らして目の前の食事に集中をし始めた。
 何故か席を離しているライナーと違ってベルトルトは社交性に欠けると言うか、"人"と関わる事を拒否しているようだ。
 それはアニと呼ばれていた少女も同じなんだけど、アニよりも嫌悪感が強いのはライナーが既に"人"の中に混じって馴染んでいるからかもしれない。
「命を頂く事に感謝を」
 ぽつりとそれだけを零し私はスープを口にした。
 此処での食事は"人"にとって開拓地よりも少しだけマシな量だけど、"それ以外"に該当する私には別段必要のない量だ。
 パンとスープ。正直これだけでも重い。
 小さく一口だけ千切って口に含んでみたものの、パンはより一層私の手を重くさせるだけだった。
 ゆっくりと食べていたはずなのに少し焦るようなペースでスープを口にするベルトルトが口元を押さえた私に気づいてくれた。
「……大丈夫?」
 優しく問うてくれた声にふるふると首を横に振り、私は一口だけ千切ったパンを皿に戻してベルトルトの前に移動させた。
「ごめんなさい。多分残りのスープで限界そうだから……」
 口は付けていないから安心してと付け加えるとベルトルトは眉根を小さく寄せた。
 初日で緊張していると思ってくれたのか、ベルトルトは悩みながらもパンを受け取ってくれた。
「ありがとう」
「明日はきちんと食べるんだよ?」
「……ええ」
 正直言えば厳しいのだけど。
 別に食べ物を無理に口にしなくとも私は食事に該当することを別にしているから倒れることは無い。
 ただ外聞を気にしてある程度は食べなければいけない事は分かっている。
 開拓地ではそもそも食事の配給自体が少なかったから周りはそこまで気にしなかったけど、ここではそうもいかないだろう。
「食べれない時は食べてもらっても?」
「……あ、うん」
「ありがとうベルトルト」
 貴方がエレンの母を殺し、この壁の内側で暮らす多くの人々に悲劇と混乱を招いた超大型巨人であろうと私は構わない。
 "人"と同じく愛しい"巨人"の子。
 悲しくも性根の優しい"巨人"の子よ。
 "それ以外"の存在だからこそ、貴方の葛藤の"声"を受け入れ、それでも私は貴方を愛そう。



⇒あとがき
 進撃練習。ベルトルトと人外な彼女の話。ちょっと続く?
20130630 カズイ
res

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