◆はにかみを数えて
少年サッカー世界一を決める大会―――フットボールフロンティア・インターナショナル。
マークはアメリカ代表ユニコーンのキャプテンとしてチームを引っ張っていた。
実際チームを引っ張っていたのはチームメイトの一哉の力だったのだと思い知らされたのがジ・エンパイアとの試合だ。
十年も前の話とは言え思い出すと少々しょっぱい記憶である。
ふっとその事を思い出したマークの微妙な苦笑に気が付いた小春はきょとんとした顔で首を傾げた。
「どうかした?」
少し掠れた愛らしいソプラノに昨夜の事を思い出して、笑みを浮かべながら小春の細く長い黒髪に指を這わせた。
頭皮に触れれば小春はぴくっと身体を震わせて目を細める。
まるで愛撫を受けたかのような反応に募る愛おしさを感じたが、流石にこれ以上無理をさせるのは良くないとマークは必死にそれを理性で押しとどめた。
「ちょっと小春と出会った頃思い出してさ」
「え?やだ、そんなの思い出さないでよ」
はにかんで頬を赤らめた小春は両手でそれを押さえた。
マークと小春が出会ったのはFFIの真っ最中であるため、マークは間違った事は言っていなかった。
ただそこからうっかり自分のしょっぱい記憶を連想してしまい微妙な苦笑を浮かべてしまっただけである。
ちょっと言葉を変えただけで小春は自分の当時の奇行を思い出していたのだと思ったらしくいやいやと小さく首を振っている。
その仕草の可愛さに思わずちゅっと音を立てて額にキスをすれば、小春は小さく「んっ」と声を零した。
「昔っから小春は可愛いよ」
「でもすごく微妙な表情してたわっ」
不満そうに唇と尖らせた小春の唇に触れれば、小春は誤魔化されると思ったのか「もう!」と言いながらマークの胸を叩いた。
現役プロ選手であるマークに取って相変わらず小さな小春の怒りの拳など軽い物である。
どう取っても愛らしくしか見えない小春に両手を上げて降参すれば、小春は簡単に許してくれた。
マークも大概小春に甘いが、小春もマークに甘いのだ。
「小春が可愛いのは本当。微妙な顔したのは……うーん、小春の奇行かな」
「やっぱり変な事思い出してたんじゃないっ」
「やだっ」とまた頬を押さえた小春にマークはくつくつと笑った。
十年前、小春は日本代表イナズマジャパンのマネージャーとしてライオコット島に来ていた。
異性と言えば従兄の豪炎寺修也と豪炎寺真人の二人くらいだったらしい小春にとってライオコット島は鬼門と言えただろう。
イナズマジャパンの選手との間には豪炎寺が入っていた事もあり特に大きな問題は起きなかった。
アジア地区予選の時は他のチームとの接触がそう多くなかったために何事もなく済んだらしい。
だがFFIには様々な国の選手たちが試合のために一つの島に集結し、場所は離れていようと同じ時間を過ごしているのだ。
当然異性慣れしていない小春は様々な奇行と言う名の問題を引き起こしていた。
未だに当時の話をすると殆どの人が思い出して話すのは、イギリス代表ナイツオブクイーンのキャプテンだったエドガーのエスコートを平手で返した話だろう。
絹を裂いたような悲鳴と言うのはああ言うのを言うんだと真面目な顔で語った鬼道はとても面白かった。
次いで会うたび本人に突かれるのがイタリア代表オルフェウスのキャプテンだったフィディオの話だ。
イタリア人特有と言うのか、自然と女性を口説く事に手馴れているフィディオの賛辞にみるみる顔を真っ赤にして奇声を上げながら蹴り飛ばした姿は周りの度肝を抜いたらしい。
普段は手が出るらしいのだがあの時はフィディオが小春の手を取っていたらしく、思わず足が出たらしい。
二人共にちゃんと謝罪はしているらしいのだが、会うたび突かれては恥ずかしそうにいやいやと首を振る小春が可愛くてフィディオを諌めない自分も同罪だろうか。
マークは髪を梳いていた手を頬に滑らせ、苦笑を浮かべた。
何よりも可愛い反応はコトアール代表リトルギガントのキャプテンだったロココが親愛を込めて頬にキスした時の事ではないだろうか。
「ロココのキスにパニックを起こしてた泣き出した小春は本当可愛かったな」
「……マークの変態」
上目遣いで睨まれても怖いどころか煽られているようにしか見えない。
ははっと軽く笑い飛ばしながら、マークはまた小春の唇に触れた。
「小春が可愛すぎるから仕方ないじゃないか」
「そこは嫉妬して欲しいんだけど?」
ぷくりと頬を膨らませた小春は視線を反らしながら小さな声でもごもごと何事か呟いた。
聞き取り辛かったけど、小春の口から聞くことが少なくなった日本語である事は間違いない。
無意識に日本語を口にすることは良くあることだが、今のは恐らく態々日本語で言ったに違いない。
恥ずかしさからか目を伏せている事で良く見えた耳は真っ赤で、ああ本当に愛しくてたまらないとマークは小春の小さな身体を抱きしめた。
「もう一回言って?」
「い、いやぁ」
目尻に涙を浮かべて首を横に振る小春にマークは別に今日はオフなんだからやっぱりいいかと折角理性で押しとどめていたものの蓋を開けることにした。
「小春のその顔、凄くそそられる」
「マークのえっち」
はにかんで頬を赤らめる小春は小さく唸りながらも観念して昨夜と同じようにマークに身体を許すのだった。
(はにかみを数えて。私の旦那様)
⇒あとがき
短編リクエストでマークの名前が挙がった瞬間このお題しかない!!と思ったんですが、形になるまでに随分と時間が掛かっちゃいました。
なんかマークは恋人をべたべたに甘やかし倒しそうなイメージが勝手にありましてですね……
絶対愛の比重はマークの方が圧倒的に多い気がしたんです。
嫉妬よりも愛しさが勝っちゃうマークは夢主みたいな子と末永く爆発すればいいと思います。
20120430 カズイ
Title by 確かに恋だった