◆甘酸っぱい嘘つき
入学式の日、私以外のマネージャーは全員辞めてしまった。
「神童くん、ごめん」って言ってパタパタと走って行く皆を見送った私に、神童くんは困ったように「先輩は良いんですか?」と優しく聞いてくれた。
私は昔っからとろくて、神童くんがキャプテンになる前から迷惑かけてきてたから神童くんも私が皆の勢いに付いて行けなかった事が分かったんだろう。
確かにフィフスセクター……と言うか、剣城くんは怖かった。
だけどそれ以上に神童くんの手が震えているのが気になって気付けば首を横に振っていた。
ほっと胸を撫で下ろした皆に私はここに居てもいいんだとすごく嬉しくなった。
次の日には一年生の葵ちゃんと二年生の茜ちゃんが入部してくれた。
正式にはマネージャーではないけど、茜ちゃんの友達だと言う水鳥ちゃんも自称松風くんの私設応援団と言いながらも手伝ってくれる。
皆良い子、なんて思うと同時に、私は駄目な先輩だなって思ってしまう。
仕事は遅いし、背は小さいし、力はないし、喋るの遅いし、目線だって合わせるの苦手だし……上げ出したらキリがない位私って駄目な先輩だ。
「飯島先輩」
「ひゃ!?」
不意に掛けられた声にびくっとなって、キャップを締めたばかりのスクイズボトルを足元に落とした。
しかも運の悪い事に重たいスクイズボトルは私の足に垂直に落ちていき、私の爪先の上に落ちた。
「〜っ」
思わずしゃがみ込んで足を押さえながら転がったスクイズボトルに手を伸ばす。
痛みに思わず瞑ってしまった目を片方だけ開けながら伸ばした手はスクイズボトルに届かなくて、歩み寄ってきた剣城くんがそれを拾い上げた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈、夫……ですっ」
少し痛いけど、そんなに我慢できない程じゃないから、無理に笑みを作って私は慌てて立ち上がる。
剣城くんが差し出してくれたスクイズボトルを奪う様に受け取り、恥ずかしさで顔を俯けながら半分ほど中身の入ったスクイズボトルを他の分と一緒にクーラーボックスへと押し込んだ。
後はこれをグラウンドに運べばいいだけなんだけど、私力ないから休み休みじゃないと運べないんだよね。
多分、剣城くんは休憩時間に間に合わない私を見かねた葵ちゃんが呼んだ助っ人だと思うけどなんでよりにもよって剣城くんなんだろう。
私は正直言うと剣城くんが苦手だ。
今はちゃんと味方だって言うのは理解してるし、革命のためにはとても心強いって思ってる。
でもやっぱり根っこには剣城くんと初めて会った日のあの試合が思い浮かんでしまうのだ。
たった一人、たった一つのボール。だけどその前に立ちはだかった十一人全員が全く歯が立たずにボロボロになって行く姿はとても恐ろしいと思うと同時に綺麗だと思った。
多分それがあるから私は皆の後を直に追えずに神童くんの手の震えに気づけたんだと思うけど……年下の男の子を綺麗なんて……変だよね?
私よりも頭一つ分は高い位置にある剣城くんの顔を恐る恐る見上げた。
剣城くんは不機嫌そうな顔で私を見下ろしており、私は思わずびくりと震えてまた視線を足元に落とした。
じんじんと爪先が痛むけど、クーラーボックスの蓋をしっかりと止めて、クーラーボックスの端を持った。
「持ちます」
「あ、でも……」
「持ちます」
これが松風くんとかだったら一緒に端っこを持ってくれてちょっと雑談しながらグラウンドに戻れるのに、剣城くんは一人紐の部分を自分の肩に掛けて歩き出してしまった。
確かに非力に見えるかもしれないけどそれは本来私の仕事なのに……
思わず悔しくなって俯いてしまった私に剣城くんは深々と溜息を零し歩き出してしまった。
そもそもの歩幅も違う所為か、剣城くんは歩いてるのに私はどう見ても小走りにしか見えない速度で追いかけることしか出来なかった。
なんだか泣きそうになりながら追いかけていると急に剣城くんが立ち止まり、私はその背にぽすんと激突してしまった。
「ご、ごめん、なさっ」
「あんたなぁ」
呆れ混じりの怒ったような語気の籠った声音に思わずびくりと肩を揺らして視線を反らした。
恐る恐る見上げた剣城くんは何か言葉をぐっと飲み込んで細くゆっくりと息を吐き出した。
「……入学式の日の事は謝りますから、目ぇ反らすの止めてください」
視線を反らしながら、剣城くんは少し頬を赤く染めながら段々と声を小さくしながら言った。
何時も自信満々だったり強気だったりクールだったり、私では出来ない顔しか見せない剣城くんの意外な表情に私は思わず目を瞬かせた。
まさか剣城くんがこんな表情をするなんてと言う驚きが強すぎて私は剣城くんの言葉に反応を示す事が出来なかった。
「結構、傷つきます」
「え?」
今更な気もするけど、少し赤くなった頬を隠す様に手で押さえた剣城くんは本当に小さく呟いた。
「……飯島先輩の事、嫌いじゃないので」
それだけだとばかりに私に背を向けてグラウンドに向かってすたすたとさっきよりも少し早いペースで歩き出してしまった剣城くんと違って、私はぽかんとその場に立ち尽くすしかなかった。
嫌いじゃないって……それって、私の事、好き……って、事?
あの剣城くんが?
「……え?」
信じられない思いと信じたい思いが一気に押し寄せて、私は両手で頬を押さえながらもう一度「え?」と呟いた。
指先に触れる耳まで熱いんだけど……本当、に?
ぎゅっと両目を閉じれば、ドキドキと弾む鼓動を強く感じた。
脳裏を過るのは恐ろしかったけど綺麗だと思った剣城くんのシュートフォーム。
まるでデスソードに貫かれてしまったかの様に私の心臓は完全に剣城くんに持って行かれてしまったようだ。
いや、デスソードに貫かれたら私死んじゃうよね。表現可笑しかった。
首を横に振って自分のおかしな脳内を振り払うけど、どうしてもにやけてしまう口元を隠したくて私は両手で頬を押さえながらゆっくりと歩き出した。
嗚呼どうしよう、堪らなく愛おしい。
甘酸っぱい嘘つきな年下の男の子。
⇒あとがき
甘酸っぱい嘘つきってなんだろうと悩みながらもこのお題は絶対剣城でやる!!と決めていた私が居ます。
別に倉間でもよかった気もするんですが、ちびっちゃくて弱虫で、でもどこか変に強い先輩な女の子が書きたかったんです。
小動物な先輩にじわじわ惚れたけどおどおどされて地味に傷つく剣城とかいたら超和む。
お姉さんそんな君の恋をとっても見守りたいです。
20120320 カズイ
Title by 確かに恋だった