◆指先から恋が始まる

「っ」
 咄嗟に身体の方に引き寄せた手は痛みを感じた時には手遅れで、眉根を顰めながら確認した指先には赤く綺麗な直線を描く傷跡が残っていました。
「何何?どーしたの速水ぃ」
「切っちゃったみたいです」
 ほらと綺麗に切れた指先を目の前に座る浜野くんに見せれば、浜野くんは眉根を寄せました。
 凶器は次の授業で使うからと準備していた教科書です。
 話しながら教科書を準備していたからその端で切ってしまったようです。
 なんでそれくらいで切っちゃうんでしょう……今朝の占いは悪くなかったはずなんですけどねぇ。
「それって地味に痛いよなぁ……保健室行っとく?」
「別にそれほど大した怪我じゃありませんし」
 舐めて置けば大丈夫ですよと切ってしまった指先を口に含もうとして誰かにぱしりと腕を掴まれました。
「え?」
 思わず後ろを振り返れば、柔らかな笑みを浮かべた飯島さんが居ました。
 飯島さんは同じクラスの図書委員に所属する女の子で、女子の方では背の高いため、背の順で並ぶと大体横に居る女の子です。
 僕と同じくクラスでの発言数は少ないけど、後ろ向きな僕と違って彼女の場合は一歩後ろに引いて皆を観察して必要な時だけ発言しているような感じがする女の子です。
 聞き上手と言えばそうかもしれませんけど、一線置いて監視されているような居心地の悪い視線を向ける飯島さんは僕の苦手な女の子でもありました。
 去年も同じクラスだったはずですけど、結局一年以上必要最低限の会話しか交わしていないように思います。
「駄目よ、舐めちゃ」
 くすくすと笑う飯島さんに僕はかあっと頬を赤くしながら俯きました。
 サッカー部にマネージャーは居るけど、こんな風に触れ合う事は殆ど有りませんからね。
 第一山菜さんは神童くんが好きだって丸わかりだし、瀬戸さんは錦くんと仲が良い。
 まあ瀬戸さんは元々怖くて女の子と言うより本当にスケバンと言うイメージしかないんですけどね。
 一年生の空野さんは同じ一年生五人と仲が良いからそこまで話さないですし、やっぱり僕は女の子に縁がなかったんですよね、僕。
 だから気恥ずかしくて俯いたんですが、勘違いされたんじゃと慌てて上げた視線の先に居る浜野くんはにやにやと弧を描く口元を手で隠していました。
 なんかデジャヴだと思うのは僕の気のせいですかね?
 確か錦くんが帰国する前に瀬戸さんをからかってた時も同じ顔してましたよね?
「急にごめんなさい。唾って案外黴菌が居るから舐めない方が良いと思って」
 ふふっと笑った飯島さんは僕の手を離し、自分の制服のポケットを探った。
 取り出したのは生徒手帳で、それを持ち歩いてる飯島さんは真面目だなと思いました。
 僕も一応持ってはいますけど、学割が利く場所で使う為に鞄に入れっぱなしにしているだけで、いつも制服のポケットに入れたりはしていません。
 一緒にハンカチの姿が見えたから、飯島さんは几帳面な性格なのかもしれないと感じましたけどね。
 飯島さんは取り出した生徒手帳を開くと、終わりの方に挟んでいたらしい絆創膏をすっと抜き取って生徒手帳をまたポケットに仕舞いました。
 開け口から絆創膏が入った紙を引き裂いて中の絆創膏を取り出すと「はい」と僕へ手を伸ばしました。
 一瞬どう言う意味だろうと首を傾げましたが、また「はい」と言われて僕は漸く手を出せと促されてることに気づいて慌てて先ほど切った右手の人差し指を彼女に差し出しました。
「小さい傷だって嘗めてたら後が残っちゃうわよ?」
 何故か楽しそうに笑う飯島さんが巻いてくれている絆創膏は少し不思議な形をしていました。
 思わず首を傾げていると、飯島さんが首を傾けて、長い髪がさらりと落ちてきて指先に触れました。
 ふわりと甘い匂いがして、思わず心臓がドキリと跳ねました。
 「ごめんなさい」と苦笑を浮かべながら飯島さんは長い髪を耳に掛けて再び僕の指先に集中します。
 近い距離と伏せられた瞼、長い睫毛が瞬きの動きに合わせて揺れるのを見ていると心臓の音がますます激しくなった気がしました。
「ちゅーか飯島、それ指先用?」
「そうよ」
「指先用の絆創膏とかあるんだ」
「他にも大きい傷口用とか防水タイプとか色々あるわよ」
「へぇ」
 感心する浜野くんに説明した後、飯島さんは御仕舞とゴミを掌の中でぐしゃっと潰しました。
 その音にはっと我に返った僕は、ぺこりと飯島さんに頭を下げました。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 一瞬きょとんとした顔をした飯島さんはにこっと彼女らしい柔らかな笑みを浮かべて微笑みました。
 些細な事ではあったけど、どうやら僕は彼女に恋をしてしまったようです。
 絆創膏張ってもらっただけで単純かもしれないですが、張ってもらった絆創膏をじっと見つめると頬がどうしても赤くなってしまうのが分かってしまうのですから。



⇒あとがき
 速水は恋を自覚しても告白しようとせずに周りにせっつかれてどうにか告白する頃には相手に気持ちがバレてるタイプだと思います。
 そしてちょっとお姉さんだけどどっちかって言うと男性を立てる大和撫子タイプとほのぼのカップルになってたら幸せです。
20120303 カズイ
Title by 確かに恋だった
res

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