◆ほんとはね。

 私、不破小春には前世の記憶と言うものがある。
 名前はそのままで名字だけが違う、ある程度生きてそこそこの人生を生きた割と平凡な普通の女の子だった頃の記憶だ。
 だけどそれを誰かに言った事は無かった。
 幼い頃は少し大人だった自分の意識がある分大変だったけど、ふわふわした自分の髪も、大きな目が印象的な新しい自分の顔も今では随分好きになれたと思う。
 毎日鏡を見ては自分の顔に慣れようとしていた所為で両親にはナルシストになるのではと心配されたこともあったみたいだけど、相変わらずの平凡人生を生きて……居たかったです。

「……鉢屋、三郎?」

 四月、高校の入学式だったその日。
 式が始まるまで暇だった私は式のある体育館の近くにある桜の木の下でぼうっと木を見上げている少年に気づいた。
 私と同じ少し癖のある黒髪で、懐かしむような眼差しが寂しそうなのが不思議だった。
 もっと不思議なのは彼の顔が毎日鏡を見て慣れようとしていた自分の顔にそっくりだったと言う事だ。
 別に彼が女顔だとかそう言うわけじゃなく、はっきり言うと私を男の子にしたらそうなるだろうなって感じの顔だった。
 そしてその顔は私の過去の記憶の中で一つ覚えがあった。
 そう、彼は今私が思わず口にした三郎―――鉢屋三郎の顔だった。否、正確には不破雷蔵の顔をした鉢屋三郎の顔と言うのが正しいのだろうけど。
「……雷蔵?」
 私を見て驚いたように目を見開いた彼に、私の方が思わず目を見開いた。
 雷蔵?誰が雷蔵だって?
 確かに私の苗字は不破だけども、私は雷蔵じゃなくて小春だ。
 両親の転勤の都合で寮があるこの隣町の高校を受験しただけの、ちょっとばかし栄養が胸に偏っちゃったかな?とは思うけど至って普通の女の子だ。
 前世の記憶はあるけれど、それは不破雷蔵の記憶では決してない。
「雷蔵!」
 くしゃりと顔を歪ませたかと思うと、彼は迷いなく私の方へと走り寄り、私の身体を抱きしめた。
 女子の平均よりはちょっと高めだと思う私よりも少し背が高い彼は私の身体を包み込む様にして、ぎゅうっと優しく、だけどちょっと強めに抱きしめていた。
 前世でも現世でも異性にこんな風に抱きしめてくれたのは父親や親戚の伯父さんくらいのもので、私はぎょっと目を見開いたまま硬直してしまった。
 一体この状況はどういう事だろう。
 目を白黒させている私の肩口に顔を埋め、泣いているのか肩を震わせる彼に正気を取り戻した私は思わずその背に手を伸ばした。
「雷蔵、雷蔵っ」
 私は雷蔵ではないと言わなくちゃいけないのは分かっていたけど、目の前で泣いてる子を放っておけず、私はその背をポンポンと撫でた。
 それがそもそもの間違いだったと気付いたのはしばらくたってからだった。

  *  *  *

「小春小春小春!」
「煩い三郎」
 私の名前を連呼する三郎の顔に日誌を叩きつけ、私は自分の席へと腰を下ろした。
 三郎に叩きつけた日誌を机の上に置き、ぱらぱらと開く。
「小春酷い……」
「ウザイ三郎が悪い」
「煩いがウザイに変わったし!」
 ガーンッと擬音を口にしながら三郎は大人しく私の前の席に座った。
 前世では鉢屋だった三郎は、時代の都合上と言うのか、何故か私と同じ不破と言う苗字を頂いていた。
 その所為で席が前後な上に、日直の際は一緒と言う何とも都合がいいのか悪いのか……兎に角そんな状態だ。
 同じく入学式でった竹谷八左ヱ門とは席が離れているけれど三郎繋がりと言うか雷蔵繋がりと言うかで仲良くさせてもらってる。
 こちとら前世での記憶がそこまで鮮明ではないのでどうにか覚えていた三郎と兵助以外は申し訳ないけど記憶の彼方で、最初は酷いだの雷蔵のいけずだの身に覚えのない謗りを受けた。
 知らないものは知らないんだからしょうがないと開き直り、先ほど三郎にしたように思わず手が出た。
 あの時一番びっくりしたのは勘右衛門は妙に嬉しがってた事だな……雷蔵っぽいと言う事ではなく、女の子に暴力を振るわれたことが嬉しかったらしい。とんだM男でドン引きだ。
 まあ目の前にも同類のM男が一人いる訳だけど……
「あのさ、職員室に行ってただけでそこまで寂しがらないでよね」
「小春と少しでも離れ離れになることが俺にとってはどれだけ身を裂かれる思いか……わかって小春さん!」
「わかりたくない」
「即答!?」
「だったら一緒に職員室来ればよかったでしょ」
「それを拒否したのはどちら様でしょう」
「……そんな事もあったかもね」
「小春酷い!私がこんなに愛してるのに!!」
 両手を広げて声高らかに訴える三郎に私は溜息を零す。
 前世での三郎の愛してるは確かにまだ友情だったそうだ。これは八左ヱ門から聞いたし、本人からも聞いてるからもう十分理解してる。
 雷蔵の生まれ変わり―――正確には誤りだけど―――が女だと知った三郎は最初こそ戸惑ったもの誰よりも早くそれを受け入れ、受け入れると同時に恋人として側に居たいのだと思ったらしい。
 以来こうして事あるごとに私に対して愛を囁……違う、叫んでる。
 私は私で自分が雷蔵ではない事は分かってるけど、本当の事は言えないでその言葉を受け入れ続けている。
 それを返したことは一度たりともないけど。
「溜息なんて酷いじゃないか」
 三郎の言葉を無視して今日のページを見つけてしっかり開くように手で押し広げれば、三郎は高ぶった気持ちを落ち着けて、私の机の上に肘を付いた。
「……どうした小春」
 心配そうに私の顔を覗き込む三郎の眼差しに心臓がどきりと跳ねる。
 いつもふざけてる癖にこう言う風にたまに真面目な視線を向けるから本当に困る。
 私は雷蔵ではないから、三郎に応える事は出来ない。
 そう口にしてしまえば楽なのだろうけど、それでこの関係が崩れてしまうのは酷く惜しかった。
 別に同じ学年でも有名な四人に囲まれてる事を喜んでいるとかそう言う事ではなくて、純粋に……そう純粋に、だ。
 思わずじっと見返すと、三郎はパチパチと瞬きを数度した後、かあっと頬を赤らめた。
(……可愛いんだよね)
 年相応と言うのだろうか。
 前世から通算して20歳を軽く超える私よりも長生きしたらしい癖に可愛らしい反応をして見せる三郎。
 普段自分から声高らかに愛を告げてくると言うのに、どうしてかこうして本当に私が好きなのだと言う反応をする。
 それが堪らなく愛しいと思うのは純粋な恋心だ。
 いい年をしてなんて思ったりもする。けど前世でも現世でも恋愛経験の乏しい私は三郎に対する思いを身の内で静かに燻らせる事しか出来なかった。
 だって私は不破雷蔵ではないから。
 そう繰り返し自分い言い聞かせながら、私は大人しくなった三郎の頭を優しく撫でた。
 何時か本当の事を行っても受け入れてくれるんじゃないだろうかと思ったら、必ず言うから……
「ごめんね、三郎」
「やっと私の愛を理解してくれたか!?」
「いや、それはない」
「ですよねー」
 ううっと嗚咽を零す三郎に私はいつも通りの笑みを浮かべて見せた。

 だから、後もう少しこのままで。




⇒あとがき
 アンケートのコメントを反映して転生の転生で書かせていただきました!
 なんだかこう言う複雑な設定っておいしいですね……元々考えていた話はこう言うものじゃないんですが、まあそれはそれで兵助と長次で書けたらなとか思ってます。
 もしかしたらまた転生の転生で書くかもしれませんが。
 貴重なご意見の数々ありがとうございました!
20110716 カズイ
res

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