◆M+other

 今年高校に入学したばかりの摂津きり丸の朝は早い。
 日が昇るよりも前に目覚ましが鳴りだすよりもほんの少し早く布団から抜け出し、隣で眠る同居人の小春を起こさない様に布団を片付けてジャージに袖を通す。
 両親と最後に出かけた遊園地で買ったキーホルダーがぶら下がった鍵で古びたアパートの一室である我が家に鍵を掛け、近所の新聞屋まで走って向かう。
 中学の頃から毎日通っている道のりは慣れたもので、人気のない道を突き進み、そこで自転車と一緒に新聞を受け取って自分がまかされている区域のポストに朝刊を入れて回る。
 空が白染み始める頃には再び家に戻り、軽く汗を拭って今度は制服に袖を通す。
 今度は自分の分と小春の分の弁当と、朝ごはんを準備するべく、小春が最初に買ってくれたエプロンを身に着ける。
 弁当はほぼ昨日の残り物となっており、朝から準備するべきなのは卵焼き位のものだ。
 どちらかと言えば主に準備すべきは朝ごはん用の焼き魚と味噌汁である。
 一応包丁の使い方や火の扱い方、米のとぎ方や小春好みの卵の味付け等は一通り教わっているので応用でどうにかなる程度の料理も出来るだろう。
 だがそこは小春の領分なので手を出せば怒られるときり丸が料理の腕を磨いたことはない。
 高校を卒業してからの事はまだ考えていないが、もし小春が許してくれるならば大学もここから通いたいと思っている。
 それは家賃の問題をケチりたいとかそう言う訳ではないのだが、小春と一緒に居られる口実をきり丸はまだ見つけられずにいた。
―――♪
 日が完全に昇りきる頃に小春が所有している携帯からメロディが流れ、六畳の部屋に引きっぱなしの布団の山がもぞもぞと動き、にょきっと手が生えた。
 パタパタと携帯を探す様に動く手に呆れながらも、きり丸は出来上がった弁当を箸箱と一緒に大きなハンカチで包んだ。
「あー……眠ぃ」
「遅くまでメールするからだろ?諦めて早く起きろよ小春」
「起きてんだろーが……」
 のそりと上半身を起こし、仮にも年頃の娘だと言うのに大きな口を開けて欠伸をしている。
 そもそも小春が年頃を気にするような性格の女であるならば、その根元の黒が目立ち始めている金髪を早々にどうにかしているだろうが。
「だから嫁の貰い手がねぇんだろ」
「聞こえてんぞきり丸」
 眉根をぎゅっと寄せ、携帯を片手に布団から抜け出した小春はきり丸が先ほどしたように布団を片付けていく。
 トイレに一度寄ると戸の陰に隠れ、ごそごそと音をさせて着替えを始めた。
 きり丸はその音を出来るだけ聞かない様にテレビの電源を入れた。
 平日の朝の時間帯にやっている物と言えばニュースくらいだが、着替え終わるまで布擦れの音を聞き続ける気まずさよりはずっとマシだった。

 初めてきり丸がこの家にやってきたのは今から五年ほど前だ。
 両親を事故で亡くし、親戚を盥回しにされている最中に出会ったのが小春だった。
 次はこの家に行けと言って送り出された家は蛻の殻で、流石に如何するべきか困ってしまったきり丸が座り込んで居たのが丁度この部屋の隣だ。
 親戚でもなんでもない赤の他人である小春は当時まだ成人したばかりだと言うのに、犬猫を拾うかのようにきり丸を家の中に入れ、風呂に入れて温かい布団で寝かせてくれた。
 小春自身は実家から勘当された身の上らしく、きり丸を引き取るには少々条件が足りないと言う事で、名義そのものはこのアパートの大家が名を貸してくれているので、きり丸にとって小春はやはりただの同居人と言う名の保護者だった。
「朝飯朝飯……いただきまーす」
 着替え終わったらしく、きり丸の行動にさして疑問を持った様子もなく机の前に座った小春は両手を合わせてきり丸が準備した朝食に手を伸ばした。
「小春」
「んー?」
「俺、今日バイトだから卵買っといて」
「ああ、わかった」
 見た目はどう見てもガサツなのに何故こうも食べる姿だけは綺麗なのだろうか。
 多分勘当された家が教育熱心で、熱心過ぎて反発して飛び出したのだろうが……実際の所は如何かわからない。
「見てないで早く食べろよ。遅刻……はしないだろうけど、育ち盛りだろ」
「いや、食べるけどさ。……いただきます」
 両手を合わせてきちんといただきますなんて言うのは当たり前の事だが、小春はそう言う事に関して煩い。
 今まで盥回しにされてきた影響で最初はぼそぼそと言っていたのだが、生活に慣れるよりも先に慣れろと言わんばかりに小春は口や手を出してきた。
 虐待と言うよりは本当に指導的な意味合いのとても軽い暴力なのできり丸は文句を言ったことはない。
 むしろ実の両親以来に本当にきり丸を思って口や手を出してくるのが分かっていたからだ。
 きり丸ももう15歳、高校一年生だと言うのに相変わらず同じ部屋で寝て、こうして食事をしている。
 本当の家族なら何の問題もないが、きり丸と小春は赤の他人だ。
 その上きり丸は小春の事が男女の意味で好きだった。
 今までは思春期特有の葛藤があったが、高校生になった今、それに加えて性的な意味での欲求の悩みがあった。
 傍に居られるのは嬉しい。でも無防備に隣に寝られるのも困る。
 思春期の少年の思いは複雑だが、それを口にした事はないので小春はそんなきり丸の葛藤や欲求を知らない。
「今日の晩飯なんにすっかな……」
「朝飯喰いながら晩飯の事話すの止めろよな」
「けど今日半助が来るつってたからなあ」
「土井先生が?」
 土井半助と言う男は偶然にも二人の共通の知り合いであった。
 きり丸にとっては不安定な小学五年生の時の教育実習生であり、小春にとっては小学校から高校を中退するまでの間同じ学校に通っていた腐れ縁である。
 実際小春が半助と再会したのは高校を中退して以来、きり丸を引き取ってからだった。
 半助と言う男は元来世話焼きな気質で、嘗ては小春を、現在はきり丸を心配してちょくちょく二人の前に現れるのだ。
 それを煩わしいと思う事はあれど嫌だと思ったことはないのだが、きり丸は最近ちょっと不満があった。
 小春は与えられる愛情に慣れていない性質で、半助と一緒に居ると自分の前では見せない女性らしさを見せるのだ。
 本人曰く不本意な事らしいが、きり丸はそれが気に入らなかった。
 いつの間にかメールアドレスも交換していたし、時々電話もしているようだ。
 内容は半助の性格上九割以上きり丸の事についてなのだろうが、それでもその話の中でたまに小春の過去を引き合いに出してからかうから嫌いだ。
 きり丸が小春への想いを強くしていくのに比例して流石の半助もきり丸の想いに気づき、最近はどっちかと言うと小春よりもきり丸をからかう。
「きり丸がバイト終わる頃に来るってよ」
「あっそ」
 そう言う気の回し方が嫌いだ。
 心配してくれるのは嫌いじゃないのだが、きり丸は唇を僅かに尖らせご飯を掻きこんだ。
「ちゃんと噛めよ」
「かんれふ」
「……あそ」
 小春はそっと置いていた麦茶を注いできり丸の前にグラスを置いた。
 口をもぐもぐと動かしながらきり丸は小さくありがとうと言った。



⇒あとがき
 こんな出だしでやる気だった癖に意外と上手く動いてくれない夢主さんにキーッ!となりました。
 取り敢えず半助さんを間に挟みつつ、は組の皆ときゃっきゃしつつ、無駄に水軍を夢主の職場辺りに出して遊びたいなと思って考えたのがこれです。
 水軍書きたくなったら続き書くかもしれないけどこの夢主動かしにくいと言う事が良くわかりました。外れて正解?
20110623 カズイ
res

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