◆Happiness

※作浦と仙留微妙に有

 今日も遠くで孫兵が「ジュンコー」と呼ぶ声が聞こえるなーなんて若干遠い目をしながら俺は桶の中にある水を辺りに勢いよく撒き散らした。
 生物委員で飼育している生き物には当然毒をもたない子たちも居て、俺は主にその子たちの世話をしている。
 俺が虫が嫌いってのもあるから文句は言わない。
 だが皆が毒虫捜索中はいつだって一人作業だ。
 ただ世話すればいい日だけならいいんだが飼育小屋の掃除の日に限ってジュンコは脱走してくれるかならなあ。
 ジュンコはそんなに孫兵が他の生き物臭いの嫌かと最初は呆れたものだ。
 ちなみにそんな俺は八左に反応するところが間違ってると怒られたんだが……八左の言った意味が良くわからない。
「うーん、ま、ここはこんなもんかな……」
 びしょ濡れのままの床を見つめ、俺は額の汗を拭った。
 恐らく後輩たちはまだ毒虫捜索中だろう。ジュンコ以外にも脱走した奴らいるし。
 いい加減会計委員に予算頼んで用具委員に壊れにくい新しい籠を用意してもらうか……
「……あの」
「ん?」
 ちょこんと小さな顔が恐る恐る飼育小屋の中を覗き込んでくる。
「えっと、確か孫次郎と同じろ組の……」
「下坂部平太です」
「そうそう下坂部だ。なにか用事か?」
 近づいて問いかけると下坂部はびくっと肩を震わせて柱の陰に隠れた。隠れきれてないけど。
「お一人、ですか?」
「ああ。孫兵はジュンコ探しで八左と孫次郎たち一年たちは毒虫探し中だ」
「籠、壊れちゃったんですよね」
「もしかして留三郎に言われて来たのか?」
 手に持っている籠が生物委員のものであることに気づいてそう言えば、下坂部は小さくこくりと頷いた。
「籠の修理が終わったので持ってきました」
「なんだそうだったのか。ありがとうな」
 腕を一杯に伸ばして差しだされた籠を受け取り、俺は下坂部の頭を撫でた。
 青い顔色だけど頬を僅かに染める下坂部は留三郎が可愛がるのも分かる気がする。
「あの、飯島先輩」
「ん?」
「お時間ありますか?」
「ないことはないけど……長くなるか?」
「いえ、その……あまりお時間は取らせないつもり、です」
 視線を逸らし、居心地が悪そうにそわそわと落ち着かない様子を見せる下坂部から手を離した。
「あ、悪いな。自分が臭うのは良くわかんねえんだ」
「いえ、そう言う理由ではない、です」
 ふるふると首を横に振ると、下坂部は俺の制服の袖を握った。
 小さくくんと引かれたことからしゃがんで欲しいんだろうことが分かったので、下坂部が何か言うよりも前に膝を折った。
「どうした?」
「耳、貸してください」
「別にいいけど……」
 耳を傾けると、下坂部くんが動いて右頬に何やら感触があった。
 なんだ?と振り返ると、下坂部は背を向けて走り出そうとしていて、思わずその襟を掴んでその反動で倒れた身体を慌てて抱きとめた。
「!?……ご、ごめんなさいっ」
「いや別に謝らなくていいんだけど……」
 真っ赤な顔で暴れる下坂部の身体をそのままぎゅっと抱きしめた。
 臭いついたらゴメンな?
「っ」
 赤くなった顔がますます赤く身体が強張っているのが分かった。
「下坂部の精一杯の勇気はなんとなく俺でも理解は出来たんだが、何も言わないのは感心しない」
「っ……」
 ぱくぱくと鯉のように動くだけで音が出てこない。
 初めて会った時の孫次郎だってここまで酷くはなかった。顔色は赤ではなくて青だったけど。
 ……そう言えば留三郎が一人だけ紹介してくれなかった用具委員の後輩が緊張しいであることは聞いたことがある。
 今の今まで忘れていたが、あれは下坂部のことだったのだろう。あの時名前までは聞かなかったのですっかり忘れていた。
「いたずらではないんだろう?」
 首が取れるんじゃないだろうかと思うほど強く頷く下坂部に俺は苦笑する。
 そっと首元に手を伸ばしてそれ以上首を振らないよう手で押さえて、そっと唇を這わせた。
「んっ……ふひゃ!?」
 ふるふると震えて固くなっている身体を少しくすぐると、下坂部の身体がかくんと力が抜けて崩れ落ちる。
 俺の所為でなんか臭う口吸いになってしまったが、ま、いいか。
「下坂部はこう言うこととかさ、俺とシたいの?」
「わ、わからない、です」
「じゃあそれはただの思い違いだ。ほら、わかったら委員会に戻れ」
「……あ」
 びくりと下坂部は震えて、身体を強張らせると身を丸くしてふるふると震えた。
 いかん、泣かせるつもりはなかったんだが……
「我慢しろよ」
 溜息交じりにそう言って下坂部の身体を抱きあげた。
 小さくしゃくり声を上げる下坂部は俺の制服の襟をぎゅっと握っている。
 留三郎に怒られることは必須だろう。
 若干脚が重たくなるのを感じながら、俺は片づけを後回しにして飼育小屋に背を向けた。

   *  *  *

「留三郎ー」
「ん?春哉どうかし……って、平太!?」
 俺の腕の中で泣き疲れて眠ってしまった下坂部を見て留三郎は俺に慌てて駆け寄ってきた。
 思わず視線を彷徨わせて姿を探すけど、今日の当番は留三郎と下坂部の二人らしく彼の姿はなかった。
 それにどこかほっとしてしまう自分に思わず自嘲の笑みを浮かべてしまったが、用はそちらではないと俺は彼のことを横に避けた。
「悪いとは思ったんだが泣かせちまってさ。引き取ってもらえるか?」
「引き取ってって、お前……臭っ」
「こちとら飼育小屋の掃除中だったんだよ。そっちはまだ終わってなさげだな」
「誰の所為だと思ってる。余計な仕事増やしやがって」
「俺は悪くない。……多分」
 俺は下坂部の身体を倉庫の入り口に降ろし、上着を脱いでその身体に掛けた。
「臭いのは我慢しろよ」
 前掛け一枚は少々肌寒いが、下坂部が握ったまま離さなかったから仕方ない。
 青白い顔にほんの少し申し訳なさを覚えてそっと頭を撫でる。
「留三郎」
「なんだよ」
「俺ってどうしてこう好きになってくれる子をいじめたくなるんだろう」
「俺としては何故虫嫌いのお前が生物委員なのかが疑問だ。Sっ気あるんだから作法だろ」
「作法は仙蔵いるじゃないか」
 人数の少ない六年生は一つの組で委員を分けることが出来ないからと合同で委員決めをしている。
 それでも足りてないのが現状だが。
「虫は触らなきゃいいんだよ。つかSだから作法ってな、藤内を見ろ藤内を!」
「浦風は作法の良心だ」
「……間違っちゃいない」
 藤内は優しい。優しいからこそ俺の手を離れて正解なのだ。
 去年の春、俺は藤内に好きだと言われ付き合うことにした。
 それまでの俺はさほど自分にSっ気があるなんて自覚もなくて、普段が普段な分周りも気づいてはいなかった。
 幼馴染でもある留三郎は多少そんな気はしていたらしいが、まさかあそこまで酷いとは思っていなかったんだろう。
 ただ実習の際血に酔いやすいと言う思い込みが仇になったんだ。

「藤内は優しい」

 行為の最中に相手を縛ったり、首を絞めたりとにかく相手を苦しめたくて仕方がなくなる。
 興奮するとどうも頭の中が真っ白になるみたいで、後で我に返る度にいつか俺は藤内を殺してしまうんじゃないだろうかと思ってしまうようになっていた。
 そうしたらもう考えが止まらなくなって藤内を避けた。
 その間に藤内に好意を寄せていた作兵衛が藤内の気持ちを浚って行って、俺は藤内に泣きながら別れ話を切り出された。
 これ以上一緒に居ても駄目にしかならないと思ったから俺はそれを受け入れて作兵衛に幸せにしてもらうように告げた。
 藤内は更に泣いてしまったけど、あれはあれで良かったんだと思う。
 未だに会う度作兵衛には睨まれてしまうので自然と俺は二人を避けていた。
 あんなに仲が良かったのにな……

「……お前は藤内に遠慮してるのか?」
「そう言うわけじゃないよ」
「なら聞いた上で断われよ」
「何故分かったっ」
「何年お前とつるんでると思ってんだ。幼馴染のことぐらい分かるに決まってるだろうが!」
 遠慮なく留三郎の拳が俺の脳天に振りおろされる。
「〜〜〜っ」
「平太は確かに臆病だし泣き虫だけどな、ずーっと悩んで、今日は勇気出して行ったんだよ。それくらい察してやれ」
「でもな留三郎。下坂部の奴何も言わずにいきなり頬に唇を寄せて来たんだぞ?その上告白は結局未遂のままで終わってんだけど」
「……平太が?」
 留三郎はまさかと言うように目を丸くし、平太を見る。
 するとぴくっと瞼が動きゆっくりと目が開かれる。
「よし俺はこれで」
「ふざけるな待て」
 完全に目が開く前にと背を向ければ、留三郎が俺の手首を掴んだ。
「留三郎ー!」
「……飯島、先輩?」
 下から聞こえる声に、俺は恐る恐る下坂部の方を見た。
 俺と目が合うと目が覚めたのかびくりと怯える様子を見せる。
「平太、やり直しだやり直し」
「やり……え?」
 びくびくと怯えながら俺と留三郎に視線を行き来させる。
「留さ……うおお!?」
 留三郎は突然俺の脚を払いその反動のまま俺を地面に叩きつけた。
 いくら実技が優秀なは組の生徒とはいえ同じは組の中でも武術に長けた留三郎に可もなく不可もない俺が勝てるはずがない。
 あっさりと地面に倒れた上に留三郎が俺の背に乗りやがった。重いし腕が痛え!
「いいか春哉、俺は平太の味方だ!」
「用具委員には俺の敵になる奴しかいないのかっ」
 ひねりあげられている腕とは逆の手で思わず地面を殴る。
「け、食満先輩っ」
 慌てて走り寄ってきた下坂部が震える手で留三郎の身体を押す。
 俺は思わずきょとんとその姿を見つめ、首を傾げた。
「平太、春哉に言うことは?」
「うっ……」
 ちらりと下坂部の視線が俺に向かう。
「う、うう……」
 青白い顔に赤みが差して、ぱくぱくと口が動く。
 ぎゅっと目を瞑ってどうにか絞り出すように声が聞こえた。
「……好き、ですぅ」
 それだけ言い切ると顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
 なんだろうこの可愛生き物は。
「……お前これ断るとかどういう神経だよ」
「だから未遂だったって言っただろ!」
 留三郎の腕に力が入ってますます痛え!!
「大体お前平太に手を出すなら俺が黙ってないから安心して付き合え」
「意味がわからん!と言うかいい加減離せ!」
「!」
 ぱっと下坂部は顔を上げ、再び青い顔で留三郎の身体を押し始めた。
「お前この平太の可愛さが」
「もういい黙れよショタコン」
 俺はぐったりと力を抜いた。
「下坂部、白旗だ。俺の負け」
「え?」
「付き合ってやるって言ってんの」
「ええええ!?」
「なんで上から目線なんだお前は!」
「留三郎、空気読め。……あ、仙蔵だ」
 その瞬間留三郎は俺から手を離しどこかへと姿を消した。
 ……なんだ、仙蔵が言ってた留三郎を冗談のつもりで無理やり犯したら本気になったかもしれないって話本当だったのか。
 やべ面白い話を提供してくれてありがとう仙蔵!俺お前の恋応援するわ!
「だ、大丈夫……ですか?」
「地面に押し付けられた程度だから大したことじゃねえよ。それよりまあ……出来る限りは気をつける。うん」
「?」
「こっちの話だ。えーっと、今度からは平太って呼んでいいか?」
「っ……」
 一気に顔を赤くし、こくこくと頷く平太の頭を撫で前髪をかきあげて現れた額にそっと唇を寄せた。
「誰が口吸いをしていいと言った!つーか仙蔵の奴居ねえじゃねえか!」
「だから空気読めつったろう馬鹿留がっ」
 俺は留三郎を近くの印のある塹壕へと蹴り落とした。
 お、意外に深かったみたいだな。よくやった綾部!
「よし平太。ひとっ走りして作法室行って来い」
「作法室ですか?」
「おい待て春哉、まさか……」
「んで、委員長の立花仙蔵に"餌が待ってるから早めに来い"って伝えてくれ」
「餌、ですか?」
 小首を傾げる平太の頭を撫で、俺は平太の耳元に唇を寄せた。
「戻ってきたらこっちに口吸いしてやるよ」
 そっと唇を撫でてやれば平太は顔を真っ赤にして、一瞬ためらったがこくりと頷いた。
「よし。じゃあ俺は留三郎見張ってるから早めにな」
「はいっ」
 とてとてと一年生らしく立ってしまう足音を微笑ましく感じながら俺は平太の背に手を振った。
「待て平太!平太ー!」
「この俺が口吸い以上をしない蛇の生殺し生活を甘んじて受けてやろうと言うのにお前だけ楽にしてやるか」
「このドSが!」
「馬鹿言え。普段の俺はどっちでもない普通の人だ。普段は変態、夜はドMのお前と一緒にするな」
「誰が変態でドMかー!!!」
 仙蔵の話に聞く限りドMだと思ったんだが違うのか……
 俺は用具倉庫の入り口に置き去りになった上着を取り、いそいそと着替える。
「まあ、安心しろ。最終的には幸せにしてくれるって、仙蔵が」
「なってたまるか!!」
 おいおい仙蔵いきなり青姦から始めたのがいけなかったみたいだぞ。
「春哉!餌はどこだ」
 嬉々とした声音に振りかえると、青ざめた平太がその腕に抱えられていることに気付いた。
「先に平太返せ」
「いらん。やる」
 ぽいっと平太を俺に放ってきた仙蔵に俺は呆れながらも平太を受け取り、一人用の塹壕の前から離れた。
「俺もやる。用具倉庫の鍵閉めもついでに頼んだ」
「それくらいはしておこう。ではありがたく頂くぞ」
「頂かれてたまるかー!!」
「成仏しろよ、留三郎」
「覚えてろこの野郎ー!!」
「安心しろ、その時は俺が平太に手を出す時だ。じゃあ後は任せたぞ仙蔵」
「任された」
 ふらふらする平太の手を取り、俺は飼育小屋へと歩き出した。
 いい加減水を撒いた小屋も乾いた頃だろう。
「なあ平太」
「はい?」
「ありがとうな」
「?」
 意味がわからないらしいが、俺はそんなこと気にせずぐしゃぐしゃと平太の頭を乱雑に撫でた。
「飯島先輩っ」
「だーめ。春哉先輩って言わないと俺止めない」
「〜〜〜っ……春哉、先輩」
「はは、可愛いな」
 両手で顔を覆ってしゃがみこんだ平太を俺はからからと笑って平太の身体を抱きしめた。

 なあ藤内、俺も笑えるようになったよ。
 だから、幸せになっても悪い事じゃないんだからな。



⇒あとがき
 えっと、作浦と仙留がいてごめなさい。
 某CPサイト様でちらりと拝見したCPがあまりにも面白かったのでこのチョイスにいたしました。ドマイナー(主に仙留)万歳!!
 実はこれ最初打ってた時は平太じゃなくて伏木蔵でした。でも伏木蔵可愛いけど黒いイメージが強くって……段々手が止まってきたので平太に変更しました。
 一平にしようかとも思ったのですが、一平ちゃんは汚しちゃ駄目!と言われたので自嘲しました。
 しかし伏木蔵夢を書くことを諦めません。いずれ必ずっ!!
20100324 カズイ
res

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