◆饒舌不器用

 皆さまこんにちは、私は飯島春哉と申します。
 一応四年い組の優等生の一人なのですが、周りが濃すぎて影が薄いのが悩みです。それが四年目となればもはや諦めの境地です。はい。
 奴らのように武器や道具に名前を付けたことは一度たりともありませんが、得意な武器が宝禄火矢のため作法委員長の立花仙蔵先輩には目を掛けていただいております。ありがとうございます。
 しかし私は作法委員ではなく用具委員なのです。学級委員長を一年の一学期だけやりましたが二度とやりたくないですね。綾部や平を筆頭とした灰汁の強い連中を纏めるなんて面倒にも程があります!私は自由に生きたいのです。
 用具委員で主に活動する面々は私以外に5人いて、うち4人は下級生なのですが、一年生3人は私を覚える気があるのでしょうか?会うたび驚かれます。私そこまで影が薄いつもりはないのですが……
 とりあえず三年生の富松くんは私の事を覚えてくれています。でも私が四年生だからでしょうか?顔を見るたびに何故か睨まれます。酷い。
「すいません遅れまし……げっ」
 ついでにこんなふうに嫌な顔もされます。地味に傷ついてます。
「飯島先輩だけかよ……」
 ぼそりと呟かれた言葉がじくじくと胸に痛みを与えていきます。この痛みとも三年目のお付き合いです。
 もうなんとなく想像はお付きだとは思いますが、私は富松作兵衛くんに恋をしています。悲しいまでに完全な片思いです。一方的な矢印はいくつ必要なんでしょうね。
 初めて彼を見た瞬間から私は彼に心奪われ、純粋だった想いは今や下心で一杯です。妄想の激しい富松君以上に私の妄想の中の富松君が激しいので私はいつもにやけ顔を堪えるのに一生懸命です。
「食満先輩はどうしたんですか?」
「食満先輩なら一年たちを連れてもう見回り行きましたよ。遅れるなら遅れるで誰かに連絡でも頼めばいいのに本当に富松くんは駄目な子ですね。大体、遅れた理由も大方例の二人なのでしょう?いつまでも世話ばかりしてるからそんなことになるんですよ」
 全ては己の口の悪さが原因なのです。分かってはいるんです。でも止まらないんです。
 平静を装っていますが心の蔵はバクバクと音が聞こえてしまうのではないかと思うほどですし、回って欲しくない舌は悪い方へと回っていきます。嗚呼お願いですからこれ以上そんな目で見ないでください。
「そーですね!俺が悪かったです、食満先輩たち探してきます!!」
「っ」
 富松くんは怒っていつも回っている道へと走って行きました。私はその背をただ見つめるだけです。
 だって私には生物委員の籠の修理と言う地味な作業が残っているのですから。これも小道具修理担当の悲しい運命と諦めます。
 痛みにも慣れましたけど、でもやっぱり痛いものは痛いんです。少しくらい振り向いてくれてもいいのになんて、我儘でしょうか?お陰で富松くんの妄想癖が移りました。最近は富松くんの夢ばかり見ます。
 振り向くはずのない背が消えて、私は手元の籠に視線を戻しました。どうやったら彼らはこんなに籠を破壊できるのでしょうか?用具は大切に使って下さい。タカ丸さんじゃないですが、一度あの焼きそばを引きちぎってやりましょうか。
「それにしても酷い……いっそ最初から作ってみるのも良いかもしれませんね。修理も良いですがもうそろそろ限界に近いですし、その方が予算削減になるかもしれませんし……」
 七松先輩の所為で無駄に体力のついた体育委員の平に頼んで竹でも切ってきて貰いましょうか?そうすればきっと材料費も浮くことでしょう。
 と言うか何故私たちは他の委員会が壊した用具を修理しているんでしょう?昨日は確か体育委員が破壊したバレーボールの修繕でしたね。
 一体全体何をどうしたらああ言う風にバレーボールがあれだけの量破壊されるのか……どうせ原因は七松先輩でしょうから見たくはないですが。
 そうだ、これが終わったら昨日できなかった首桶の在庫確認のしておいたほうがいいですかね。
「……しかしどうしましょう、飽きました。針が欲しい……」
 ああ、言い忘れましたが私の実家は仕立て屋です。お針子の姉さんたちに小さいころから鍛えられた私にとって裁縫は趣味と言うより習慣です。心の癒しです。
 今すぐ何かを創造しないと悲しみに胸が押しつぶされそうです。ついでにあまりの地味な作業の繰り返しに飽きて切れそうです。三日連夜の校外実習から帰って来たばかりですから眠さも加わって情緒不安定なのです。
「また病気発生か?」
「お帰りなさい食満先輩。どうかされましたか?」
「懐紙が切れたの忘れててよ」
「はいどうぞ」
 私は胸元から懐紙を取り出して食満先輩に渡しました。
「相変わらず準備いいよな、春哉は。ありがとな」
「いえ、そんなことより早く福富くんの鼻を噛んであげてください。鼻水の被害は私ごめんです」
「ああ、そうだな」
 よしよしと乱暴に見えて結構優しい手つきで撫でる食満先輩の手は好きです。父の手に似ているので大好きなのです。
 私のように懐紙を常備しているものなどくのたまのおシゲさんくらいのもので、くのたまよりも女々しいとよく馬鹿にされるのですが、食満先輩は一切そんなことをしなかった方なのです。尊敬に値しますその懐の大きさ。潮江先輩も見習うといいですよ。
 そんな食満先輩の手が離れ、走り去っていく。その背を特に目で追うことはなく、溜息を一つ零して手を再び動かします。
 私を大嫌いな富松くんですが、彼は私と同じように食満先輩の事は好きなのです。口では色々言ってる時がありますがそれでもちゃんと好きな部分があるんです。私にその欠片程度でもいいから好きの部分が欲しいところです。
 最近こんな風に我儘が増えました。心の中で一人文句を零しているだけなので迷惑は掛けていないはずです。
 あの成長期のまだふにっとさの残る身体を全力で抱きしめて口吸いをしたいです。もう全身に……駄目です、落ち着いてください、私。
「……とにかくまず落ち着かなければ」
 私は籠を一度置き、用具倉庫にこう言う時用に置いてある布にいつも持ち歩いている小さな裁縫箱から針と糸を取り出します。そして躊躇いなく針を進めます。
 食満先輩が病気と呼ぶこの衝動が最近は波が激しいのです。なのでこの布は衝動を発散するために用意したぼろ布です。本音を言うなら色々と作りたいところですが、委員会中ですからね。息抜き程度で我慢をするのです。
 ある程度縫ったところで玉留めをして糸をぷつりと切ると私は僅かばかりに満足した息を吐き出して再び先ほどの作業へと戻るべく脚を向かわせた。
「何サボってるんですか」
「!」
 用具倉庫を出ると、作業途中の籠を手にする富松くんの姿がありました。ああやっぱり私睨まれています。胸が痛い。
「少し休んでいただけですよ。富松くんこそ点検の途中ではなかったんですか?」
「こっちの作業の方が多いから手伝うようにって食満先輩に言われただけですよ」
 じゃなきゃ来るかってのとぼそりと呟く声が耳に届きました。私は痛む胸を押さえそうになった手をぎゅっと握り拳に変え、富松くんに歩み寄った。
「嫌なら手伝っていただかなくて結構ですよ。私一人で出来ますから。どうぞ心置きなく食満先輩のところに戻ってください」
 富松くんの手から籠を奪って、木箱の上に再び腰かける。少しだけ触れた指先が熱を持っているかのような錯覚を起こしそうです。
「なんでそう飯島先輩は意地っ張りなんですか!俺だって用具委員だから手伝うって言ってんだよ!」
 ぶんと私から籠を奪うと富松くんはどかりと座り込んで修繕に取りかかります。
 私は突然の富松くんの行動にぽかんと口を開き、そのままの姿勢で硬直してしまいました。富松くん男前過ぎます。私の心の蔵を破壊する気でしょうか?
「……んだよ」
「いえ……」
 ありがとうの言葉が喉に痞えて出てきません。なんでこんな時に限ってこの舌はうまく回ってくれないのでしょう。悲しいです。
 私は別の籠を手に取り、静かに作業を再開しました。会話はないですが、富松くんが簡単に私の視界に入る距離に居ます。
 真剣な眼差しに心の蔵が大きな音を立てています。幸せではありますが、お願いですから食満先輩早く戻ってきてください。うっかり手を出してしまいそうです。

  *  *  *

 ちらりと黙々と作業を続ける一つ年上の飯島先輩を見る。
 伏せられた睫毛は長くて、女人のように美しい顔立ちは確かにアイドル学年にふさわしいけど、飯島先輩は四年生の中でも一番性質が悪いと思う。
 綾部先輩と同じでにこりともしない人形みたいなところは変わらないけど、飯島先輩の場合は口を開けば相手を馬鹿にするようなことしか言わないのだ。
 そりゃあもう俺が一年生の時からこうなのだからきっと昔からこうなのだろう。
 俺を馬鹿にするのは構わねえけど、居もしない左門や三之助を引き合いに出してまで馬鹿にするから俺はついつい飯島先輩に反攻してしまう。
 多分流してしまえばいいんだろうけど、流したら流したで気まずい空気が流れた揚句何故か俺が食満先輩に怒られる。
 もはや病的な執着にも見える裁縫をしていても表情が変わらない飯島先輩が俺は苦手だった。
 同じようにあまり表情の変わらない久々知先輩だってもう少しまともな顔するってのに、正直気味が悪い。
 何よりむかつくのは飯島先輩が一年には嫌味を言わないことだ。「私そこまで影薄い覚えはありませんが?」とか言って多少馬鹿にはするけど……
「……あ」
 ぽつっと飯島先輩が声を漏らす。
 何事だろうと顔を上げれば、飯島先輩は自分の手のひらをじっと見ていた。
「どうしたんですか」
「……別になにもありませんよ。富松くんには関係ない事です」
 ぎゅっと握り拳を作った飯島先輩は再び作業に戻ろうとしたけど、俺はその手を掴んで引っ張った。
「怪我したんなら医務室に行くべきです」
「!」
 飯島先輩は大きな目を更に見開かせて俺をまっすぐ見てくる。
 そう言えばこんな風に目があったのは初めてかもしれないと思っていると、突然飯島先輩が倒れた。
「ちょっ、飯島先ぱ……うわあっ!?」
 後ろ向きに倒れそうになった飯島先輩の手を引っ張ってどうにか頭から落ちるのは堪えたがその代わり俺が尻を打つはめになった。
「い、てて……」
 反動に思わず瞑ってしまった目を開くと、目を回しているらしい飯島先輩の重みが身体に乗っかっているのが分かった。
 そうだ倒れたんだと思って慌てて飯島先輩の肩を叩く。
「飯島先輩、大丈夫ですか!?」
「……うっ」
 ぴくりと反応した飯島先輩は少し気を失っていただけらしく、ゆっくりと目を開く。
「……っ」
 額を片手で押えて首を横に振ったところで意識がしっかりしてきたんだろう、飯島先輩が俺を見下ろしていた。
「なんですこれ白昼夢ですか?と言うか白昼夢ですよね。富松くんがこんな普通の眼差しで私を見ているはずがありませんよね。ああもう久しぶりにこんな普通な富松くんの妄想ですか。私どれだけ富松くんが好きなんですか」
「え?」
「……え?」
 俺が思わず声を零すと、飯島先輩は現実逃避から帰って来たらしい。
 平太たち一年ろ組の奴らほどではないけど、青白い肌がじんわりと人並みの赤みを持ち、俺はそれが飯島先輩の赤面なのだと気づいた。
 そう言やあ飯島先輩たまに人並みな肌の色してる時がある。決まって近くで視線が会う時……って、マジかよ!
「……富松くん」
「は、はい」
「そんな無防備な顔しちゃ駄目じゃないですか」
「へ?」
 飯島先輩が初めて見る感情を露わにした顔をしたかと思うと、目の前が暗くなって飯島先輩の手が視界を隠しているのだと気づいた。
 ぬるりと生温かい何かが唇に触れ、俺は身体を強張らせた。
 一度生温かい何かが這ったかと思ったらちゅっと音がして唇を塞がれるのを感じた。
 何がどうなってるんだ!?と混乱している俺などお構いなしに唇を貪られ、俺はぎゅっと目を瞑った。視界が更に真っ暗だ。
「好きです富松くん。好きなんです。だから……」
 少し離れるたびに囁かれる声に身体が震えた。
「……いにならないで」
 違う、飯島先輩も震えてるんだ。
「飯島、せんぱ……」
「っ!」
 見えない視界で手を伸ばし、飯島先輩の制服をどうにか掴む。
「ごめんなさい、もうしないから嫌いにならないで」
 お願いですからと飯島先輩は俺に懇願する。
 縋りついてくる身体は明らかに震えていて、泣いているのを感じた。
「……好きならそれらしい態度取れよっ」
 自由になった唇でどうにか絞り出した声でそう言えば飯島先輩が顔を上げるのが分かった。
「つか手ぇ離してください。飯島先輩の顔見えねえし」
 俺の視界を覆っていた飯島先輩の指がするっと外れると、少しは人間らしい顔した飯島先輩がいた。
「これ以上どう嫌えってんだ馬鹿」
「え?」
「俺を好きなら今までの態度まず改めろ。俺だけ嫌われてるのむかつく」
「変えます、私変えますっ。富松くん富松くん……」
 いつもは回る口が愛おしげに俺の名を繰り返して、全身で俺を好きだと言っているように抱きしめてくる。
 なんだか恥ずかしくて俺は思わず笑った。

「はにゃ?先輩たちが仲良くしてるー。僕もー!」
「ぼくもー!」

 喜三太としんべヱが全速力で走ってきたかと思うと飯島先輩の背中を目標に定めて地を蹴った。
「うげっ」
 思わず声を漏らせば、飯島先輩の身体が少し離れて、重たいであろう一年二人の重みを軽くしようとしてくれているのが分かった。
「よし平太も行け!」
「え?あ、じゃあ、僕も……」
 とたとたと平太が歩んできてぎゅっと抱きついてと言うかしがみついてきたてきた。
 おい何故震えてまで抱きつく平太!
「あんたは何を誘発してんだぁ!!」
「流石に三人は重いです食満先輩。食満先輩の馬鹿のように太い腕と違って柔な細腕では限界なんですがっ」
「丁度いいから鍛えろ弱虫春哉」
「誰が弱虫ですかっ」
「あー悪い。泣き虫の間違いだったな」
「えー?飯島先輩泣き虫なんですかー?」
「それは一年の時の話です。なんでそんな話蒸し返すんですか食満先輩!」
「人が心配してたってのにあっさり仲良くなってるのがむかついたから」
「幼児趣味の変態の癖にっ」
「誰が幼児趣味だ!俺は可愛い後輩を愛でてるだけだろ!お前含めて」
「気持ちが悪いです!」
 きょとんと首を傾げる一年三人に対し、俺は思わず噴き出した。
「あーもう馬鹿みてえ」
 飯島先輩は一年の時は普通だったんだろう。
 二年に上がって、俺と会って変わったんだと思うと飯島先輩が俺に対して違う態度だったのは俺を好いてくれていたからだとわかった。
 しかもそれを食満先輩は何でもない顔をしながらも心配してくれていたのだ。
 知ってか知らずか心配する一年たちも俺と飯島先輩が抱きつきあうくらいには仲良くなったのがうれしいのだろう。さっきから離れる様子はない。
「と、富松くん?」
「そう言う飯島先輩も悪くないんじゃないっすか?」
 笑いかけると、飯島先輩は目を潤ませながら俺に抱きついた。
「ぐえ!」
「だからどうしてそんなに無防備なんですか富松くん!今すぐ犯してしまいたくなるじゃないですかっ」
「春哉の癖に大胆な発言だな、おい。ヤるなら部屋でやれよお前ら」
「……一年の前で何言ってんだあんたらはー!!!」
 一年の耳を汚すな馬鹿上級生ども!!



⇒あとがき
 攻だけどオトメンな男主を書きたいなぁと思ったらこんなことに……
 やばいウザイよこの男主。←
 本当は連載にしよかと思ったのを無理やりこんなふうにするために下ネタ妄想が激しい子にしたら更にウ★ザ★イ。
 それを受け入れた(?)富松君は本当男前で心が広いですね!
20100309 カズイ
res

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